#000.転生 「確定SSR嫁ガチャ1000連、ひいてもらうのですよー」
俺、この人生が終わったら、異世界に行って綺麗なカノジョとイチャイチャするんだ……。
生前、そんな死亡フラグみたいなことばかり考えていたせいだろうか。
死んだら、目の前に転生女神(?)がいた。
そしてこう言われた。
《というわけで、確定SSR嫁ガチャ1000連、ひいてもらうのですよー》
はい……?
右を見て、左を見る。
ここはどこかわからない場所。白い床と白い空とが、どこまでも地平の果てまで続いている。
奥のほうにはカウチソファが一個だけあって、ポテチの空き袋が散乱している。
《ちょ! ちゃんとこっち見るですよ! いまタマが話しているのですよ!》
緑の髪の女の子を見た。
白い天使服を着た女の子は、ツインテールで、ザ・妹キャラって感じ。
《わたしはタマエル! 第一級管理女神……代理です。転生者の管理をしてるですよ!》
女の子は、胸を張ると、そう名乗った。
しかしタマなのかタマエルなのか。はっきりしてほしい。まあどっちでもいいのだが。
そういえば天使の名前って、名前の最後がかならず「~エル」ってなるよね。
じゃあやっぱり女神じゃなくて天使なんじゃないの? さっき「代理」とか言ってたし。まあそこはどうでもいいんだけど。
《おまえは死にやがりました。――まず、そこについてはオッケーですか?》
そう言われても自分が驚いていないことに、ちょっとだけ驚いていた。
それはなんとなくわかっていた。
覚えてはいないけど、ここが死後の世界? 的なものだということは、体が理解している。
しかし……。
どうやって死んだのかは、ちょっとよく覚えていない。
転生トラックにでも撥ねられたのだろうか? いやここは撥ねてもらえた、というべきか?
《孤独死っす》
うっわ。やな死にかた。
《36歳、彼女いない歴=年齢で》
うわぁ。そこは触れんといてあげてー!
あと、孤独死するには36歳って早くない?
死んでも誰にも気づいてもらえずに、布団の上で〝染み〟になっちゃったりするのって、80歳とか、そのくらいだよね?
《インフルエンザをこじらせやがりました。電話もLINEも、助けを求める友達もいなくて》
うわぁ。
《カノジョの一人でもいたら、ポカリと食材持ってお見舞いにきてくれて、おかゆを作ってくれて、体を拭いてくれて、そのついでに、あんなこともこんなこともできたかもしれないのに》
〝カノジョ〟なんていう伝説上の存在、自分なんかに、いるわけないでしょ。
それに、もし仮にいたとしても――。
「カゼをひいててそーゆーの現実的に無理でしょ。……したいけど」
思わず、そう突っこんでいた。
《ちょ――! なんで喋るのですか! ふつうは魂は〝はい〟か〝いいえ〟かしか返事できないのに!?》
「しらんがな」
《ひいい! また喋ったぁ! なんですか! なんなんですか! この魂! こわい!》
怖がられてしまった。小生意気そうだったけど、じつはビビリな神様……天使だったらしい。
動かすしゃべらず、なんにもしないよ、とアピール。
ソファの影に隠れていた天使ちゃん――タマエルちゃんは、しばらくすると出てきた。
《事情を説明してやると、ですね》
まさかのノーリアクション。さっきの盛大なビビリは〝なかったこと〟にするっぽい。
《普通のケースでは、魂は一生を過ごして役目を終えたあと、なにもかもすべてリセットして、まっさらの魂に戻して、次の世界に転生させる決まりになっているんですケド……》
「けど?」
聞いてみた。
〝普通は〟と言うからには、今回のケースは普通じゃないっていうことになる。
タマエルはすごく言いにくそうな顔になって、言葉を続ける。
《おまえの場合には、手違いがあって……》
「手違い?」
《いわゆる運命の赤い糸的なものが……ですね》
「運命の赤い糸、ってあれのこと? 人は結ばれる相手が生まれながらに決まっているとか、そういう?」
《ま、まあ……、そういうカンジっすね》
「ははははは。……縁がなかったけどね」
乾いた笑い声をあげると、タマエルが、びたっと固まった。
《う、運命の……、赤い糸は、ですね。誰にも必ずあるもので……》
「いや。なかったから。現に。36年間」
《い、いや……、36年だけじゃなくて……、デスね……。じつをいうと、人生1000回分なので……》
「1000回分?」
《さ、さんまん年……》
「30000年?」
わけがわからないので、聞き返した。
タマエルは目をぎゅっとつぶると、大きな声で叫んだ。
《だ! だから最初に言ったじゃないですか! 確定SSR嫁ガチャ1000回! 回してもらいますって!》
「わけがわからないよ。……説明して」
《タ、タマがちょっと目を離していた隙に……、とある魂が、1000回の実を結ばない無為な人生を過ごしちゃっていて……》
「その実のない無為な人生を過ごした魂って……、つまり? 俺?」
《そ、そうとも言うですね……》
タマエルは、あっちを見て、あさってのほうを向いて……、指先と指先をつっつき合わせて……ぜんぜんこっちを見やしない。
おいこら。こっち向けってーの。
なんとなく、この子に対して、怒るべきなんじゃないの? ……と、思いはじめていた。
《て、天界のバグなんですよ! タ、タマのせいじゃないです!》
「………」
《目……目を離していたせいじゃないのです! エラー表示に気づかなかったなんてことはないのです!》
「………」
《帳尻を合わせておけばいいんですよ! 証拠隠滅するです! そうすればバレないです! エルマー姉さんが帰ってくる前に! おまえが生まれ変わって運命の出会いを1000回してエラー消せば! タマは安全なのです! ノーカウントですよ!》
「いやちょっと待ってって」
ちょっと冷静になろう。整理してみよう。
この女神……じゃなくて、代理天使は、人の人生を司る存在であるらしい。
それがミスをしたせいで、彼女いない歴=年齢の寂しい人生を送らされていたらしい。
しかも今回の人生だけでなく、都合1000回、合計3万年分も、似たような孤独な人生を過ごさせられていたらしい。
そして自分のミスの尻拭いとして、なんかやれ――と、言ってきている。
――と、整理してみたら、ここまではわかった。
………。
これってやっぱり、怒るところだよね?
《お……、おまえはタマの言うとおりにやればいいんですよ! そうすれば安心安全なのですよ!》
「言うべきことが、違うんじゃないかな?」
若い頃だったら、もっとガーッ!! って怒ったのかもしれないけど。
この歳になると、怒っても、せいぜいこんなもの。
《おまえ! 怒ったエルマー姉さん、しらないのです! 姉さんが怒ると、こわいのです! 笑顔で怒るのですよ! ああーっ! ガクブルガクブル! くわばらくわばら!》
いや。知らないし。
《だいたいエルマー姉さんがいけないのですよ! 人間の人生を体験してみたーい、とか言って、人間に生まれ変わって地べた這いずり回る地虫の人生を好き好んでエンジョイしてるのですよ! おかげでタマが苦労して! こんなミスをして――! いったいなにがいけなかったというのですかーっ!?》
「ポテチ食べてたからじゃない?」
《はっ》
いま気づいたのか。
《じ、じゃあ……、こ、これはすべてポテチのせいと……?》
「ポテチのせいっていうか、ぶっちゃけ君のせいなんだけど。まあ原因はポテチにあるんじゃないかな」
《じ、じゃあ……、エルマー姉さんに、ポテチ禁止にされるです?》
「俺が上司なら、まあ禁止にしとくね」
《ひいっ》
タマエルは、短く悲鳴をあげた。
《そ、それは困るのですよー! ポテチはタマの生きがいなのです! ななな――なんとかするですよ! しやがるですよ!》
「なんとかするっていうのは……、さっき言ってた、ガチャ何連がどうとかいう方法で?」
《そ――! そうです! そうなのです!》
「そのまえに、まず、言うことがあるんじゃないのかな?」
《なにを言うですか?》
タマエルは、きょとんと聞き返す。
「ごめんなさい、は?」
《タ、タマ悪くないですよぅ……》
「いや悪くないわけないでしょ。だったらその上司のエルマーさん? ――にも叱られたりしないわけでしょ」
《そ、そうですケド……》
なんで説明してあげているんだろう。説得しているんだろう。
非があるのは明らかに向こうなんだけど。それをわざわざ説き聞かせてあげている。
まあこの歳にもなると丸くなるっていうか。
クレーマーになれる人たちのこと、ちょっと羨ましく感じるというか。
もっとガーッと大声を出せるような性格をしていたら、どんだけ楽かというか。
《と、とにかく! おまえはタマの言うとおりやっていればいいんですよ! しやがれです!》
「そろそろ上司の人、呼んできてもらおうかなー」
《ひぃっ》
反省がないなら、しょうがない。上司の人に叱ってもらおう。
「エルマーさん、だっけ? 上司のひと?」
《だ、だめです! 名前を呼んだら気づかれるです! 絶対に決して! 『エルマリア』なんて真名で呼んじゃだめですからねっ!》
「おーい、女神エルマリアさーん」
《だめーっ!!》
タマエルはものすごい慌てている。ツインテールを振り乱して、もう半ベソどころか全ベソだ。
「じゃ。謝ってくれる?」
そう言った。
36歳で死んでしまったことは、この子のせいじゃないんだろうけど……。
運命の赤い糸とやらと縁がなくて、寂しい独り身の人生を過ごしたほうは、この子の責任で間違いないようだし。
1000回分の前世ってのは、覚えてないから実感が湧かないけど、前の一回分の人生については……。
思い返すと、ため息が出てしまう。
ブラック企業にすり減らされて、ひとりわびしく、真っ暗なアパートの部屋に帰る日々。
「ただいま」を言う相手もいない人生。明かりをつける瞬間が、堪えるんだよなー。晩酌しながらコンビニ飯食って、WEB小説を読んで、そして泥のように疲れて眠る。以後繰り返し。
カノジョかー……。
もしそんな相手がいたら、もう俺、ケッコン? とかもしてたのかな?
「おかえりなさい、あなた♥」なんて言われていたのかなー。いや「あなた♥」のところはいらないから、ただ「おかえりなさい」と誰かに言ってもらえるだけでもいいなー。
いや待てよ……?
36歳っつーたら、コドモ? とかもいる年齢か?
そうなのか? だよな。そういう歳だよ。うっわマジで?
じゃあなに? 嫁さんがごはん作っているあいだ、コドモをお風呂に入れてたりするわけ? それとももう大きくなって、一緒にお風呂入ってもらえない! ガーン! ショック! とかやっていたりすんの?
うわぁ……。すっげえ……。
ああ。くそう……。欲しかったなー……。幸せな〝家庭〟とかいうやつ……。
人並みの……。人生……。
《ご、ごめんなさい……です》
小さな声で、下を向きながらだが、タマエルはそう言った。
「ああ……」
謝罪を受け入れる。
もう終わったことだし。文句言っててもしかたがないし。
《じゃあ!! タマエルに協力してくれるですか! 証拠隠滅に!》
これ……。反省してるのかな? どうなのかな?
《お詫びに! すんごいスペシャルなユニークスキル! くれてやるですよ!》
「ユニークスキル、ねえ……」
そういえば転生してチートスキルをもらって無双するとかいう物語が定番だったっけ。
異世界で敗者復活するやつ。そういうのばかり選んで読み耽っていたなぁ。
《そう! 詫び石的な、ナニカです!》
「うっわ。なんかいきなり俗っぽくなった」
WEB小説がソシャゲに落ちた。
《ソシャゲで運営がバグ出したら詫び石配って手打ちにするですよ。タマは下界を見ていて知ってるのです》
「そんなところばかり詳しいんだね」
《おまえだってソシャゲやって詫び石もらって喜んでいたはずです! 水に流していたはずです!》
ずびし、と指を突きつけられた。
うっ。言い返せない。
でも課金はしてないよ。無課金派なんで。
金なかっただけだけど。
バグで詫び石でウマー、とかは……。よくあったけど。
「転生って、やっぱ異世界へ?」
《現代に生まれ変わらせてやるのもいいですケド、赤ん坊からになるですよ?》
「赤ちゃんから?」
《いきなり一人の人間がぽっと湧いて出て、戸籍もなにも持ってなかったら、大騒ぎデス》
「ああ。なるほど」
納得した。だから転生者っていうのは異世界に行くわけか。
《アト、現代だと重婚禁止ですから、どのみち、今回はだめだめなのです》
「重婚?」
なんでそこ、関係があるのかと、ふと疑問に思ったが……。
《じゃ、とっとと転生するですよ! たったの80年しかないんだから! キリキリとノルマ果たしてきやがるです!》
「あっちょっと待って――!」
80年は〝たった〟じゃないだろ、とか。
〝ノルマ〟ってなんだよ、とか。
そもそもどんなチートスキルをもらえるんだ、とか。
聞きたいことはいくつもあったのだが――。
〝下〟に向かって、ぐんぐんと落ちていった。
毎日19時の更新です。ストック1ヶ月分以上ありますので、しばらく定時更新です。
なお女神代行のタマエルちゃんは、KB部内のGEφグッドイーターに出演している、あの子です。