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わかりきった結末  作者: 早雲
第四部
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上空

 時が止まったかのような夕焼けだったが、否応なしに夜は来る。オレンジ色の景色に徐々に青色が混じってきた。


 ウサミは先程までの激情を抑えて何の気無しに言う。


「そろそろ幕だろう」


 私は慎重に銃をポイントしながら彼の言葉に応じた。


「……そうだな。あと数刻で軍が派遣される」

「君は、どうだった?君は自分に耐えられるか?自分の罪に」

「……分からない。だが、少なくとも責任があるように思うよ、自分せいで変わってしまった、こんな世界に」

「償うつもりか?果たしてそれが、できるかな」

「……少しでも、この世界を良くするように努力するよ。アイの……私の娘が生きる世界だから」


 あるいは、と私は考える。あるいはコウヅキもそんな風に考えていたかもしれない。彼も彼の娘の幸福を願って祖国に背を向け、世界を良くしようとしたのかもしれない。


 あたりが騒がしくなってきた。明度の落ちた世界に白い光の線が奔った。大勢のコンバットブーツの足音に、金属がぶつかる音。


「カイトウさん、下がってください!」


 知っている声がした。私は苦笑した。まったく、案外あいつも義理堅い男だ。


 どうやら、アサクラも国防省の役人と陸軍の部隊と共に現場に来たようだ。私は後ろを振り向きそうになったが、それをこらえ、再びウサミに意識を向けた。


 その時、ウサミが右手を胸ポケットに入れるのが見えた。


 油断はしてないつもりだったが、やはり気が緩んでしまったのだろう。その仕草に驚いた私は彼に向けた銃口をわずかに逸らしてしまった。


 彼は右手をポケットから出した。手には何も握られていなかった。そして、私の銃を掴める位置まで踏み込んだ。シリンダーを押さえ、耳の横に銃を持っていき、流れるように私の手から奪った。


 私は後悔した。警察にいたとはいえ、学者上がりの内勤と現場にいた軍人では余りに素地が違いすぎる。


 ウサミは私から奪った銃をだらんとおろした。私からアサクラや部隊のある方に向かい大声を出した。


「官僚と軍人の諸君!かつての同士よ!今の我が同士たちとこれからどう戦う気だ?インフラ=システムを奪われ、武器を奪われた。そんな諸君らに彼らを抑える術はあるのか?」


 精一杯張り上げた声は、そのまま全てが虚勢と言うべきものだった。少なくともエイロネイアの勢力は元異分子の数より少ない。インフラ=システムが使えなくても、それはお互い様だ。ならば数で上回る国の軍が勝つだろう。


 私は後退りながら後ろを見た。そこには一人の人間を確保するだけにしてはあまりに多くの兵士がいた。およそ一小隊、三十人前後。規律正しく、ウサミに対してライフルの銃口を向けている。


 きっとエイロネイアの中核であるリーダーのウサミはここから逃げる術を持たない。


 ウサミは不意に私の方を向いた。開いた口から出た言葉はどこか行き先を探しているようだった。


「できるといいな」


 彼はそう言って、銃口を上に挙げた。そのままその銃を空に向け、三回引き金を引いた。


 パン、パン、パン。


 三発目を撃ち終えると同時にウサミを狙っていた十数のライフルのマズルフラッシュが見えた。彼が撃ったプラスチックのリボルバーは、撃った衝撃で砕けていた。彼は空の方を向きながら、膝から崩れ落ちた。


 彼が倒れるまで、一秒にも満たないはずだったが、その瞬間は鮮明に焼きついた。


 撃ち方やめ(シーフファイア)と聴こえてくるまでにしばらく時間があったように感じた。彼が倒れた直後に兵士がライフルを構えながらウサミに近づいた。慎重にウサミの脅威判定を行なっていたが、明らかに彼は死んでいた。


「カイトウさん!大丈夫ですか?」


 アサクラがこちらに来て私に声をかけた。私はアサクラに労うように言った。


「ああ。すまなかった。面倒をかけた」

「いえ、無事で何よりです。ひとまずここから離れましょう」


 アサクラが歩き出したが、私は止まったままで、斃れたウサミを見ていた。私は彼に向けて、こう言った。


「きっと、できるさ」


 私はアサクラと共にその場を離れた。彼が何を考えていたか。そこに何を置いたか。最期に何を残したか。


「我々に発砲させるために、銃を空に向けて撃った……自殺ということで、いいんでしょうか」


 アサクラは私に話しかけた。私はそれに応じた。


「そうだな。それと……」

「それと?」


 アサクラは不思議そうに訊いた。


「いや、なんでもない」


 私には、彼が撃った上空への三発が、コウヅキやクサマへの弔いに思えた。それは彼らの鎮魂のための弔銃かもしれなかった。私が撃つべき三発を彼が撃ったのかもしれなかった。


 どこまでも矛盾した男だった。


 だが、どうしても、私には彼を断罪することはできない。


 壊れたリボルバーはまだ彼の手に握られていた。

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