リボルバー
「Ai=system……」
Ai、愛、アイ。アイ=システム。それがこのシステムの名前。それが友人が破棄を頼んだシステムの名前。
私は声を荒げて言った。
「どうして知ってる!?どうやって」
ウサミは私が構えている銃に目を向けた。
「私に向けているそのプラスティックのリボルバー」
彼の目の奥に、仄暗い何かが渦巻いている気がした。
「私は一度それで撃たれたことがある。君の友人をあの異国で殺したときに」
このリボルバーは友人が資料と共に託したデータの中に入っていたものだ。奇しくも、私と友人は同じ人物に同じ銃を向けていたというわけだ。
ウサミは言った。
「左の胸あたりだ。幸いなことに、私にとってだがね、弾は心臓を逸れたよ。手を下ろしていいなら見せられるがね」
私はグリップを握り締める手に力を入れ、無言でウサミに照準を合わせ続けた。
彼は私の態度を見てウサミは言う。
「ふふ、古傷自慢には興味がないか。そのリボルバーの耐久度は低いだろう?せいぜい2-3発が限界なはず」
「それで十分ケリはつくさ」
「……さっきの質問に答えよう。君の友人、コウヅキ サトシが名付けたシステムの名前を如何に知ったか」
私は呼吸を整えた。ウサミは武器を持っていないように見えるが、私が動揺したところを狙って反撃しないとは限らない。
「知っての通り、君の友人は自ら開発した行動予測システムを無効にするために、ヨーロッパの新興国でジャーナリストに接触し、システムの存在と原理の情報をリークした。そして私はそれを防ぐために、ジャーナリストと彼を殺すことになった。同僚であるはずの国防省の別のチームの人間も一緒に」
「正気の沙汰じゃない」
「そう言うのはまだ早いさ。当時私がいた部門、網状組織対策課、通称”対網”は私に当時コウヅキと君が構築しつつあった行動予測システムの奪取を指示していたというのは言ったな。そして、コウヅキが情報をリークすることでシステムが無効化する恐れが出てきたとき、対網ではコウヅキの身柄を確保するよう指示が出た」
「……」
「そして当時、国防省内で独自に開発されていた行動予測システムに精通して、且つ"裏事情"をよく知っていた私にその任務が下った。汚れ仕事をたくさん請け負ってきた、この私に。
私は結局、コウヅキらを殺すことでシステムが公開され無効になることを防ぎ、他国からの非難を防ぐことを選んだ。それは上の指示とも異なる。法を犯すのはまだ構わなかったがね。法律に反しても罪には問われない。君も知っているだろう?」
その通りだ。私がこの十年間行ってきたことはまさにその証だ。私が法に触れることをしても、罰を受けるのは私ではなかった。罪と罰は対でなかった。なぜなら、私の行為は法治国家を司るべき政府に容認されていたからだ。
ウサミは言葉を続けた。
「だが、上層部の指示に反することはすなわち"処理"を意味する。だから私はその任務を機に対網からも離れることにした。そして私が決めた方針を私自身が実行したのだ。
ジャーナリストをとらえ、情報を外に漏らす前に射殺した。そしてFlame Aを別働で入国していた国防省の同僚と君の友人に向けて撃った。君の友人にはその時は逃げられてしまった。
そして彼が逃げ込んだ先に踏み込んで、研究資料の情報を聞き出しそうとした。その時だよ。彼にシステムの名前を聞き、左胸を撃たれたのは。銃を持っていたのに気付かず危うく私が殺されるところだった。そのまま私は持っていた銃で彼を撃った」
記録を見て知っていたはずの事実を改めて、その事件を引き起こした張本人から聞かされる。思ったほどに怒りを持てなかった。そのことを恥じるべきだったのかもしれないが、正当な感情に身を任せるには、あまり多くを見すぎたし、罪を犯しすぎた。私の口から自然に言葉が出た。
「最期の……コウヅキは最期になんと言っていた?」
「『二人とも、アイっていうんだ』と」
二人。きっと”もう一人のアイ”はシステムの中にいる、あのアイだろう。あるいはそれが、システムのすべてだったのかもしれない。コウヅキは、その名前に何を込めたのだろう。私は感慨を振り払って、目の前の男に対峙した。
「なぜ、殺した?」
「ふふ」
「必要のない殺しだったんだろう?上層部も認めていない、法も認めていない、どんな集団の倫理観だって認めていないような行為を、お前はやったんだ。なぜ……」
再び黒い影を落としウサミの顔が見えなくなった。彼は低く鋭い声音で言った。
「そのリボルバーを向け続けろ。銃口を私から離すな。……一つ、昔話をしてやろう。汚い組織と愚かな男の話だ」
先ほどまで赤々と輝いていた日は、水平線に落ちつつあった。




