Exploitation
そこは港だった。大きな倉庫入り組んでいる古い港。夕日がさして、倉庫やコンテナが長い影を何本も落としていた。
一人の男が立っていた。彼は海とその向こうにある夕日の方を見ていた。彼もまた、長く長く地面に影を落としていた。長く長く。
私はふと振り返り、自分の足元を見た。私の足元にも、同じく長い長い影ができていた。
彼が何者かは、ウェアラブル=デバイスに表示されている情報で分かった。軍歴があるのだから、出生やそれまでの経歴は徹底的に調査されている。軍や警察に入る人間は”綺麗な身”である必要があるからだ。インフラ=システムの個人情報のアーカイブにもその調査記録や映像データが残っていた。その記録と目の前の人物の特徴は完全に一致していた。
だが、彼が本当に”何者であるのか”はその調査結果からは見えてこなかった。私は彼の個人情報からカスタムしたインフラ=システムを使い彼の行動を予測した。彼の経歴や身体、精神の特徴から性格や考え方、行動の癖を私の中に組み立てて、彼がこれから何をするかを考えていたのだ。それはすなわち、誰よりも彼を理解しようとした人間と言っていいと思う。しかし、その私でも、彼を調べれば調べるほど、彼が何者であるかわからなくなっていった。彼の矛盾は一体どこから来るのだろうか。
私が立っているところから10mくらい先に彼は立っていた。180cmくらいあり、比較的長身のしっかりした体形。白髪交じりの黒い髪。シンプルで素朴な素材のシャツとズボン。私に対して背を向けていたので、表情は見えなかった。彼が私に気が付いている様子はなかった。
私は意を決して、彼に向って歩き出した。左手にリボルバーを持った。当たり前だが、通常ならば利き手で持つのがいい。しかし、右手はもっと重要なことに使わなければならなかった。
対象から7m。内ポケットに私は右手を入れた。もう一つの銃の持ち手のようなものを掴む。汗がにじむのを感じた。
対象から5m。夕日はどこまでも綺麗に、だけれど、相変わらず私たちに長い影を作らせていた。私と彼の影は似ているように思えた。
2m。目の前の男は、まだ私に気付いている様子はなかった。私より、少々背の高い男の姿があった。
1.5m。罪を犯したのは私一人ではない。彼もまた、罪を犯した。彼は罰を受ける。そしてきっと私も罰を受ける。罪と罰は対ではない。だがそう在ろうと努力するべきだ。誰かが平然と罪を犯して、別の誰かがいわれのない罰を受けることは、ある。だが、そんなことがないように、努力を続けるべきなのだ。
1m。私は速度を上げ、男に素早く近づいた。
0m。これは、正しい罪と罰なのだろうか。私が正しいと信じた道。友人が正しいと信じた道。少女が正しいと信じた道。正しいかわからない。だが、この結末はきっと、少なくとも強く正しくあろうとした軌跡によるもののはずだ。
私は、高い位置にある男の肩口に右手に持っているものを当てて、引き金を引いた。どしゅ、どしゅっと鈍い音がした。
男が振り返った。彼から一歩飛びのいて、私は右手の注射器を捨てて、左手のリボルバーを両手で持った。私は言った。
「手を上に、ゆっくり体をこちらに向けろ」
男は私の言うとおりにした。私は彼に狙いを定め続ける。
振り返った男は、私の顔をじっくり見て、低くよくとおる声で言った。
「初めまして、というのも違うだろうか?だが、ここに来るのは君だろうと思っていたよ。カイトウ マコト」
面長の顔にしわが入った、目つきの鋭い、初老の男がこちらを見ていた。彼こそが、この混乱の中心と言える人物だった。
「悪いが、あなたには投降してもらいたい。ウサミ ショウイチ元陸軍一尉」




