もう一丁
狭いが快適なシェアカーの中で、私は自分が持っている強化プラスティックで出来たリボルバーを見つめる。できるだけ使用は避けたいが、万が一ということもある。いや、もしかしたら使う可能性の方が高いかもしれない。そうなったとき、この銃がどこまで実用に耐えるかは少し不安要素ではあった。
そして、私はリボルバーとは別のもう一丁を見つめた。リボルバーは最悪使えなくても良い。だが、何とか彼にこれを撃たねばならない。
眼鏡型のウェアラブル=ディバイスを通して、私はウサミを追っていた。事務所で組んだインフラ=システムはウサミの追尾専用にカスタマイズされ、ウェアラブルに情報を送っていた。ウサミの現在地として予想されているのは、この都市の郊外にあたる港だった。だが、この情報の確度はそこまで高くない。彼が移動する場合もあるし、あとは運しだいということになる。
クサマ カズキはサエキ ユウジという児童殺害犯を追って、結果的に犯人を射殺した後、自害した。その捜査の責任は私にあった。思えばそこから歯車が狂ったのだろう。サエキの狂気はクサマを飲み込んだだけではなく、友人のコウヅキや私自身の人生をも大きく変えてしまった。そんな風に考えると、サエキ ユウジが事の発端と言っていいのかもしれない。あるいは、サエキに対して持った、クサマや私の怒りがそうなのだろうか。
「お前は…殺したいだけじゃないのか」
私はあの時クサマに問うた。その答えは、後に行動で示されることになった。リボルバーに込められた5発の銃弾でケリをつけてしまった。彼は正しくなかった。だが、彼は少なくとも強さをもっていた。誤魔化しや妥協のない、例え正しくなくても、正しくあろうとする強さを。そして、結果的にコウヅキ サトシとアイを守ることになった。
コウヅキ サトシが昔言ったことを思い出した。
「彼がしたことが、間違いだってことは分かる。だけど、その気持ちが間違いだなんて、あまりに悲しい」
きっとコウヅキはクサマの行動に背を押されたのだと思う。彼がとった行動もまた、誤魔化しや妥協から遠いものだった。その理念が彼を遠い異国の地へ運ぶことになったのだ。そして、ついに私の友人は幼い娘を残して、異国から帰らなかった。彼は自分の命を賭して、彼の理念を私に託した。彼は、立派だった。
私は、一度彼を裏切ってしまった。だからこそ、私がやらねばならない。私は決心していた。これで、終わりにしたい、いや、終わりにするんだ。
目的地に近づいている。彼女と出発前に話したことを思い出した。
○
「その銃、どうするのですか」
真剣な眼差しにまっすぐ応えようと思い、私は彼女をまっすぐ見た。
「いざとなれば私は彼を撃たなければならない」
彼女はしばらく黙っていたが、ゆっくり口を開いた。
「私は、人が死ぬのは望みません。父が死んだとき胸に空いた穴は忘れられません。誰でも幸せを目指すべきです。たとえ父を殺した人間だとしても、その人が死ぬのは望みません。ですが」
私の目を食い入るように見つめて、彼女は言う。彼女の表情に痛みを感じた。
「ですが、彼を殺してください。先生が死ぬくらいなら、その人が死ぬ方がましです」
彼女の痛みは、よくわかった。だから、私はできるだけ、やさしく聞こえるように言った。
「大丈夫、殺さないよ」
私は彼女の肩に手を置いた。
「ただ、このもう一丁、これは彼に確実に打つなければならない」
「これは?」
私は、銃に似たグリップを持つ注射器を彼女に見せた。
「これは、生体情報と位置情報の検知器?」
「そう、それらを異分子の体内に打つための注射器だ。これをウサミに打ち込む」
「インフラ=システムはウサミ元一尉には無効なのでは?彼はすでにシステムを認識しています。それにいずれにしても私のリークでシステムはすべて無効になります」
「だが、システムがなくなっても生体情報と位置情報まで取得できないわけではない。ただ、その情報を基に行動予測ができなくなるだけだ。特に位置情報はインフラ=システムが使えなくても役に立つ」
「どういう……」
「ウサミの位置情報をアサクラ経由で陸軍に伝える。今陸軍や警察は敵の情報がつかめなくて大混乱に陥っている。彼らはこの犯罪の首謀者であるウサミの居場所を目を皿にして探しているはずだ」
「陸軍にウサミ元一尉を抑えてもらう……」
「その通りだ」
「それなら……」
「大丈夫、殺さない。そして」
一拍置いて、言葉を続けた。
「必ず生きて帰る」




