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わかりきった結末  作者: 早雲
第四部
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プリンタ

 私はアサクラに連絡をとる。彼はすぐに電話に出た。


「カイトウさん、どうしました?」

「今街から逃げているところなんだが、安全なルートの情報が欲しい。監視システムは復旧してるか?」

「いえ、まだです。修復の目処すら立ってませんね」

「軍で使ってる監視システムは?彼らも自軍の制御の為にインフラ=システムを使ってる。それに付随した監視システムがあったはず」


 電話越しでもアサクラが顔をしかめるのがわかった。


「インフラ=システムは警察省と軍で共通ですよ。インフラに使ってる監視システムも同様です」

「俺が警察に居たときと運用は変わってないんだな」

「そうです。軍のシステムは武器装備の管理も請け負っていたので、今もどの程度の武器と装備が敵勢力に渡っているのか不明です」

「了解した」

「カイトウさん……何か隠していませんか?」


 今度は私が顔をしかめる番だった。アサクラとの付き合いも長い。私が何かを企んでいるかは自然と伝わってしまったのかも知れない。


 私は誤魔化すように言う。


「ただ逃げるための情報が欲しいだけだ」


 電話越しに、彼のため息を聞いた気がした。どことなく、苦笑というニュアンスを含んでいる。


「では、そういうことにします……カイトウさん」

「なんだ?」

「その……面倒をかけました。今まで、カイトウさんに色々なことを背負ってもらい過ぎました……システムを苦しみながら完成させたこと、民間として汚れ仕事をしていたこと。本当は私にも出来たことや背負えたことがあったはずだと、そう思ってました」

「そうか」


 私は自分の顔に笑みが浮かぶのがわかった。確かに大変なことが沢山あったが、同僚にこんな風に心配されているとは知らなかった。私は言った。


「アサクラ」

「はい」

「今からでもやれることあるが」


 多分、一瞬アサクラは引き攣った表情をしたと思う。


「いまなんて?」

「悪いがやってもらいたいことがある」

「いや……」

「さっき言ってくれた事は嬉しかったよ。そこでやってもらいたいことがある。まさかさっきの言葉、冗談だったということは無いよな」


 アサクラは今度こそ笑って、こう言った。


「あははは、カイトウさんも変わりましたね」

「前は変わらないと言ってくれたがな」

「いや、昔はこんな風に人に頼ったりしなかったじゃないですか。ずいぶん、"甘え上手"になりましたね」

「四十路の男に気持ち悪いことを言うな」

「乗りますよ、カイトウさんの頼み事。なんでも言ってください」

「ひとつ、聴きたい。国防省と陸軍のシステムは連動しているのか?」

「連動しています。今はどちらもダウンしています」

「わかった。恩にきる、悪いな」

「いえ」


 私は考えた。アサクラは国家公務員だ。もしこのままインフラ=システムの情報をリークしたら、この国の国際的信用は落ちるだろう。彼にとっては、全く不利益な話だ。


 少し逡巡した後、私は言った。


「さっきは思っていた事を話してくれてありがとう。本当に嬉しかったよ。だが、これから俺はお前にとって、いや、国にとって不利益になる行動をする。その時になって、俺を恨みたかったら、恨んでくれ」


 監視システムがダウンしているとはいえ、こんな話を電話でするのは、あまり賢くないことだ。だが、言っておくべきことは言わなければならない。アサクラは間を置いて、はっきりと言った。


「恨みません」

「ありがとう」

「ご武運を」


 私は通信を切りながら考えていた。正しさを成そうとすることの、なんと傲慢なことかと。だが、恥知らずでもいい、私は何としてもそれを成さなければならない。でなければ、何も報われないだろう。



「情報のリークの道筋は通した。国防省のシステムに侵入して、彼らの職員が匿名で内部告発したことにする」


 少女は神妙な面持ちでこう言った。


「そうなると、組織の誰かが責任を問われることになるんでしょうか?」

「おそらくは立場の弱い者がスケープゴートにされるだろう。だが、そんな事をしても関係がないくらいには国防省自体が、いや、この国がバッシングを浴びるだろうな」

「そうですか……」

「今まで、彼らはこのシステムで自国民の自由を奪ってきた。ならば、そうなったとしてもそれは当然の報いだろう」

「先生……リークするレポート、私の署名をしてはいけませんか?」

「何?そんなことをすれば……」

「身の危険がある、ですか?」

「わかっているなら……」

「確かに国防省がシステムを使っていた責任はあります。ですが、この情報をリークする私にも責任があると思うのです。この国を混乱に陥れることになるかも知れない。その責任者の所在は、私の名前にしなければならない……」


 私は自分の馬鹿さ加減を呪った。彼女の言うことは真っ当だ。まだ私には負け犬根性が染み付いていたらしい。私は言った。


「わかった。だが、署名は私の名前にしてくれ」

「え?」

「始めたのは私だ。私が君のお父さんを巻き込んで始めたんだ。もし誰か責任を負うべき人間がいるとしたら、それは私に他ならない」

「先生……」

「大丈夫だ。なんとか昔とった杵柄を使って、安全を確保するさ」


 実際どうなるかは正直言って自信がなかったが、だがこれで落ち着くべきところに落ち着いたと言えるだろう。私は話を続けた。


「匿名ではなくなったにせよ、リークを成功させるには監視システムがダウンしている国防省のサーバーを経由することには変わりない」

「そうですね」

「作業に入ってくれ。かなり大仕事になるが」


 少女は気持ち胸を張って言う。


「お任せあれ!」

「ふふ。ああ、任せたよ」


 彼女の子供っぽい仕草に笑いつつ、私も作業に入る。こちらも大仕事が待っている。



 事務所にあるコンピュータ類を、少女が使う分を除き全て集めた。これからするのは、インフラ=システムを事務所内に組むこと。相手はシステムの存在を知っている"異分子"だ。それゆえにシステムでは高精度の行動予測は不可能だ。だが、手動でパラメータをカスタムし、なんとか彼の情報を元に行動を予測しなければならない。それには専門知識と経験、加えて運が必要になる。専門知識と経験は十分だろう。そもそもこの十年、異分子の行動予測を生業としてきたのだから。


 先ほど立てた二つの達成目標の内、システムの公開は少女に任せている。私が行うのはエイロネイアの武装解除だ。それには、まず組織のトップであるウサミを抑えるべきだろう。軍歴があり、システムに詳しく、エイロネイアを発足させるに至った求心力もある。彼はこのゲームのキーマンだ。彼を抑えることがこの仕事の肝になるはずだった。


 インフラ=システムの構築とカスタム以外に必要なことはもう一つある。武器を作ることだ。


 事務所の3Dプリンタを起動させる。過去のアーカイブからデータを呼び出した。このデータもコウヅキが持っていて、私に託したものだ。


 3Dプリンタの素材設定は最高硬度にする。だがそれでも不安は残る。


 少女が私の様子を見て話しかけた。


「先生、どうしましたか?」

「出来るだけ硬度が高いものとはいえ、この素材は脆い。おそらく2-3発。ロードした弾全て撃てれば御の字だろう」


 彼女は私のモニタをみて驚いた様子で聞いた。


「その銃、どうするのですか」


 モニタには古臭いリボルバーの映像が浮かんでいた。今まさに"印刷"している代物。


 真剣な眼差しにまっすぐ応えようと思い、私は彼女をまっすぐ見た。


「いざとなれば私は彼を撃たなければならない」

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