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わかりきった結末  作者: 早雲
第四部
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帰り道

 我々は非常事態宣言下の街を歩いた。街はあの公園と比べて、驚くほど静かだった。太陽は昇りきって、空は再び夕暮れに向かっていた。


 不思議な気がした。逃げる選択を選んでいたときは、それが一番賢い選択にも関わらず、自分がどんどん馬鹿になっていったような感覚を覚えていた。それが、今はどうだろう?闘うと言う愚かな選択を取ったのにもかかわらず、私の思考はクリアで、よく周りが見えた。


 これは単なる生理的な反応だと思う。たとえば闘争・逃走反応は、強いストレス環境下で複数のホルモンが産生されニューロンや特定の受容体に作用することで、興奮して攻撃性が高くなったりする。あるいはそれを抑えようと正常性バイアスという自分を冷静に保とうとする作用が働くこともある。今の私に起こっていることは、ただの生理反応だ。こうして自分を分析することですら、高尚な意思の力が介入しているわけではないだろう。


 しかし、もしかしたら、このどこかに少女が言っていた、科学でも掴めない純真があるのかもしれない。なるほど、少なくとも私では掴めそうにない。それに結局、圧倒的な現実、生物同士の奪い合い殺し合いの前には、そんな美しいものは役に立たなかった。


 いや、違う。これは役に立たせる物ではない。きっと、私たちは、そうあらなければならないのだ。そう在ろうとしなければならないのだ。もしかすると、さっき彼女が落としそうになったものを、私が拾わなければならないのかもしれない。彼女が信じようとしているものを、私が先導して、行動して、示さなければならないのかもしれない。


 相反する思考が私の中に渦巻いていた。だが、この身体や頭脳は今やすでに一つの選択をして、動き始めている。私はすでに選んでいるのだ。それが、どのような結果をもたらすか。もしかすると、我々の敗北という、わかりきった結末を迎えるかもしれない。


 しかしあるいは、と私は思った。しかしあるいは、わかりきった結末に向かうのだとしても、私たちの取る選択は、きっと間違っていないだろう。


 静かな街を、我々は歩いた。



 いつもの事務所だが、それゆえに、いつも雑然と無機質に感じる事務所に暖かさを感じた。まったく、こんな時に何を考えているのやら、と自分をたしなめると、少女が言った。


「こういうときに、まるで実家のよう、と言うのでしょうね」

「実際に、この事務所は本当に君の実家なんじゃないか?幼い頃から何年も住んでる」


 彼女はいたずらっぽく微笑んだ。


「だとしたら、私たちは家族ですね」


 つい先刻の自分の言葉が思い出されて、私は少々恥ずかしくなった。


「あー、今朝のことは、まあなんだ、忘れてくれ」


 すると、少女は私の正面に立って、真剣な眼差しで私の顔を見据えた。


「忘れませんよ。私たちは、家族です」


 私は恥ずかしさとうれしさがまじりあった、何と奇妙な感覚を覚える。まったく。こんな時になんてのんきなんだろう。私はごまかすように少女に言う。


「とにかく、これからどうするか、具体的な作戦を立てよう」

「ええ」

「やるべきことは、2つだ。システムの公開とエイロネイアの武装解除。それによって社会の公平性と秩序の回復をなす」

「わかりました。役割はどうしますか?」

「君は諸国のメディアにシステムの情報をリークしたまえ。資料は既にまとめてある」


 私がそう言うと、彼女は驚いた表情を見せた。


「そうなのですか?先生はシステムの公表に反対されてたのに」

「いや、実は……」


 私は彼女から顔を逸らし、少し言い淀む。この資料をまとめて、私に託したのはコウヅキだ。そして、その資料を使って私はシステムを完成させてしまった。その後ろめたさは今も消えていない。


「この資料は、君のお父さんがまとめたものだ」


 彼女が何を思うか、それを知らねばならない。そう思い、意を決して彼女を見る。


「私は……」


 すると少女は私を諭すように言う。


「先生、その話は後にしましょう。この仕事をやり終えて、お互い無事だったら」

「……わかった」

「たっくさん、言いたいことありますよ。覚悟しててください」

「ふふ、わかったよ」


 少しだけ心が軽くなった気がして、私は思わず微笑んでしまった。


「さて、では話の続きだ。君には資料をリークする先の選定もしてほしい。コウヅキは一応リーク先のメディア会社のリストを作ってはいるが、もう十年近く前だ。中には無くなっている会社もあるだろう。現状を踏まえて新しくリーク先のメディアを選んでくれ」


 彼女はうなずく。私はさらに言った。


「それと、情報をリークする際のセキュリティの確保だ。コウヅキの時はわざわざ海外に飛んで情報の引き渡しをしようとしていた。だが、我々にはその時間がない。ネットを通して情報を流す他ないが、それには危険が伴う」

「政府から目をつけられる可能性がある、と言うことですね」

「そうだ。政府はこの事実を公開されることを国家への反逆だと捉えるだろう。システムの無効化もさることながら、自他の国民を監視して作り上げたシステムだ。国際的な反発は必至だろう。そんな危険物のような情報を流した人間を政府は放っておかない」

「確かに」

「しかし、この状況は好機でもある。インフラ=システムに付随している監視システムがエイロネイアによって妨害されている。いわば監視の抜け穴だ。その抜け穴を通って、政府に知られず情報をリークする」

「ですが、どうやってその抜け穴を見つけましょう?スクリプトを組んでどのセキュリティが停止しているか情報を集めますか?」

「いや、もっと簡単にできるさ」


 私は思わずニヤリとした。まあ、今まで割といいように使われてきたのだから、このくらいは返してもらおうではないか。

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