ノイズ
シェアカーの窓から、夕日を反射したビル群が見えた。あまりにも嘘のようにきれいなオレンジ色の世界をこの街に落としている。
私はため息をついた。この景色に感嘆したわけではない。この状況で周りの景色を楽しんでいる自分にあきれたのだ。早く、少女を探さねばならないこの時に。
だが、探す、という観点ではすでにほとんど仕事は完了しており、あとはその場所に行くためにシェアカーに乗っているだけ、というこの状況で手持無沙汰になるというのも、ある種仕方がないのかもしれない。
インフラ=システムも今は正常に戻っているが、念のため、彼女の現在地をログとしてとった。現在地の情報は行動予測された情報ではないが、行動予測の材料になるデータだ。そのため、インフラ=システムにアクセスすると必然、対象の現在地を知ることができる。先ほどのバグでは、その現在地すら、二人分の情報を示していた。行動予測の結果のみならず、インフラ=システム全部の情報を疑った方がいいかもしれない。
眼鏡のグラスに着信の表示がされた。ウェラブルデバイスの通話アクセス。発信元はアサクラだった。
私はアサクラからの着信に応じる。
「カイトウさん、今どこに」
「インフラ=システムにアクセスしていないのか?俺の位置情報は表示されているはずだが」
「それが」
なんとなく、何が起こっているか予想できた。
「バグか」
「はい……。現在政府関係機関で使用しているインフラ=システムの一部がダウンしています」
すでに、ウサミらが行動を開始している、という事だろう。彼ら”ゴースト”がシステムに予期できない行動をとることで、社会全体の行動秩序というべき法則が破られつつあるのだ。
「アサクラ。私の行動ログと会話ログを今から送る」
「でも、傍受される危険がありますよ」
「その傍受のシステムも今から崩壊するかもな」
「どういう事です?」
「昔国防省の対網に所属していたウサミという人物が元異分子を組織してインフラ=システムを破壊しようとしている」
「……わかりました。ログを送ってください。こちらでさらに解析して事態の対処にあたります」
「彼らはシステムをすでに認識している。ゆえにシステムによる行動予測が効かない。十分に注意する必要がある」
「警察はシステムに頼って犯罪の予防・対処を行ってきました。そのシステムが効かないとなると……」
確かに、警察のみならず、今まで政府は国民の行動を予測しそのデータを基に管理をしてきた。自由市場における計画経済を水面下で実現して、再びこの国は経済大国になった。この国の役人は、人の行動を読むことが可能だから、ある種安心を得ることが出来た。システムを脅かす存在に対しては、完全に行動を管理するという、思い重税をかしてきた。あらゆる手段でシステムとそれによってもたらされる秩序を守ろうとしていたのだ。そのシステムが効かないとなれば、国のお偉いさんの恐怖は如何ほどだろうか。
私はそのような思考を止めて、アサクラに尋ねた。
「時間がないだろうが、一つ聞きたいことがある」
「なんですか」
「このシステムのバグだが、一人の対象が、二人として認識される、という現象は起こっているか?」
「行動予測テーブルの話ですか?」
「それに加えて現在位置の情報だ」
「それはさすがにあり得ないと思います。行動予測のバグがあるので、今はシステムにアクセスできないだけであって、現在位置の情報は正確でしょう。現在位置、と言っても厳密に言えば過去の情報です。すでに起こった過去の行動のログは一意になります。二人分になるのはあり得ません」
「だが……」
私は言葉を飲み込んだ。アサクラが旧知とはいえ、簡単に自分の情報をすべてさらけ出すわけにはいかない。特に少女の現在地を政府の人間に抑えられるのはうれしい事ではない。
「わかった」
私は言った。
「とにかくこちらのログを解析してくれ。調査の概要も一緒に送るから、何かわかったら教えてほしい」
「了解です」
アサクラはそう答えた後、少し躊躇うように言った。
「カイトウさん。国防省に伝手があって、少し耳に挟んだんですが……」
「なんだ?」
「このインフラ=システムのバグの他に、陸軍の基地の監視システムも一部ダウンしていると……」
「……つまり、基地にあった武器の監視も解かれていると……」
「発覚してすぐに対処を試みたそうですが、かなりの数の武器が行方不明のようです」
「……」
「今、市街地に陸軍の連隊が展開しています。場合によっては、そこが戦場になるかも知れません」
ウサミは三日、と言っていた。彼らが何を引き起こすつもりなのかは、大体想像できる。システムを破壊し、国に復讐する。おおよそそんなところだろう。もしかすると、人を焼き払うためのオモチャを持って。
私は彼らを止める気はなかった。システムも国も別に私が守るべきものではないのだ。
あるいは責任があるとすれば、少女だけだ。だが、その想いすら正しい事であるという確証は、私には持てなかった。




