ふたり
「ひとつ、聞きたいことがある」
「なんでもどうぞ」
「なぜ殺した?」
「……」
「なぜ、コウヅキ サトシを殺す必要があった?」
「……さっさと比べて随分落ち着いているな」
「コウヅキは行動予測システムを公表しようとしていた。それはつまり、システムの無効化を意味する。ならば、あなたの目的と同じはずだろう」
「……」
「目的が同じなら殺す必要はない。むしろ、コウヅキの好きにさせればよかった。あなたは、矛盾だらけだ」
「君はどうだ?」
「なに?」
「君こそ矛盾じゃないかね?なぜ、君は死んだ友人の研究資料で、彼の遺志と真逆の事をする?」
「それは」
「ふふ。なぜ、君が誘拐犯の事件には憤り、君の友人が死んだことには冷静なのか、当ててやろう。君は、後ろめたいんだ」
「……」
「後ろめたくて、たまらないのだ。自分と友人が正しいと思っていたことと真逆の事をするのが。自分の生存のために、正しさを踏み躙るのが。正しいと思っていることと真逆の事をする……それこそを、人は矛盾と定義しているのではないかね?」
「お前と一緒にするな」
「……コウヅキを殺したのは、公表では困るからだ。破壊でなければならないのだ。公表ではなく」
◯
ウサミの拠点から出た後、私は自分の家へ戻った。まず、最初に行ったことは通信のセキュリティの確認とインフラ=システムの起動だった。
彼らの拠点にいる間、システムはウェアラブルデバイスごとシャットダウンさせていた。そうでなければインフラ=システムを現在進行で使っていることがバレてしまう。もし、システムに少なからず恨みがあるであろう元異分子の彼らに知られたら、何をされるかわかったものではなかった。
インフラ=システムを起動して、特定の個人を入力する。対象はコウヅキ アイだ。
彼女はシステムの存在を知っている、即ち異分子だ。そのため彼女に対してシステムによる行動予測は不可能だ。しかしながら行動予測はできなくとも、インフラ=システムを使えば彼女の生体情報や位置情報などにはアクセスできる。
私は今まで、身内にインフラ=システムを使用したことはない。他の大勢のプライベートを覗き見してきたくせに、私は自分に関わりがある人間には極力システムを使うことはしなかった。
だが、今回は少女を探すためにシステムが必要だった。彼女はこの元異分子事件の真相を調査した後、システムの存在ごと公表するつもりだ。システムの公表はウサミに狙われてもおかしくないとい。それに加えて、あと三日間という警告。はっきりした危機が迫っていた。
既に事件の大筋は掴んだからには、少女を探しだし、どこか危険のないところへ逃げなければ。
インフラ=システムを起動すると、眼鏡に少女の基本情報と、そして行動範囲を示す地図が表示された。私は地図を拡大させ、彼女がどこにいるかを確認しようとして、訝しんだ。一体なんだ、これは。
「アイが、二人いる?」
地図情報によると、コウヅキ アイという人物が二人同時に存在していた。同姓同名かと一瞬考えたが、年齢、性別、身体的特徴、遺伝型まで同じの同姓同名の人物など二人といやしない。
行動履歴のテーブルを確認すると、こちらも同じコウヅキ アイという人物が同時に別々の行動をしていることを示していた。もしこれが、行動"予測"のテーブルならば話はわかる。異分子である少女を正しく予測できないと結論づけられるだろう。
不可解なのは実際にとった行動の記録まで、全く異なる行動を同一人物が同時に行なっていることだった。一体どう言うことだろうか?
「バグか……だが、こんなことは…」
しばらく行動履歴のテーブルを見ていると、先程まで表示されていた二人分の表が、いつの間にか一つになっていた。
予想外の出来事だったが、とにかく今はなすべきを成す必要がある。
私は二人分から一人分になった少女の現在位置情報を参照し、シェアカーを手配した。




