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わかりきった結末  作者: 早雲
第四部
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自由はあるか

「我々の組織に入りたまえ。システムの破壊のために」


 デスクに座っている男はか細い声でそう言った。姿をみたことはないが、それを言わせているウサミの尊大な態度を想像すると、目の前の光景に激しい隔絶を感じる。


 私はゆっくり告げた。


「ウサミ元一尉、あなたの経歴は知っている。国防省の網状組織対策課に所属しながら、同省の職員を何人も殺した。そして私の友人も。なのに、私を勧誘するのか?私が頷くと思うのか」


 怒りはなかった。怒りを持つには、私はこの十年であまりに擦り切れてしまった。


 私の問いかけにデスクの男はこう返した。


「……私の仕事を知っているようだが、いくつか、抜けている。いつぞやの、児童誘拐犯がいたな?君も知っているだろう?」


 もちろん知っていた。サエキ ユウジ。三人の児童の誘拐をし、暴力の末に殺した男。私がシステムを導入し、現場に出向いた事件。その事件で警官一人が負傷し、もう一人の警官と、その犯人が死んだ。忘れるわけがない。そうか、確かあの事件は……。


 デスクの男は一呼吸置き、慎重な様子で言った。おそらく、ウサミの言葉を聞き間違えないようにしようと思っているのだろう。


「あの誘拐犯、サエキに武器を渡して、コウヅキ サトシの研究資料を奪う作戦の指揮をとっていたのは、私だ」

「事件は偽装……」


 そう、十年前に友人も指摘していた。あの事件には国防省が噛んでいる可能性があると。


「驚いていないようだな。既に知っていたか?」


 今更ながら気が付いたが、この古ぼけた事務所には監視がついていて、ウサミに映像を送っているのだろう。私は再びゆっくり言った。


「コウヅキ サトシが事件の後、可能性を指摘していた。あの火炎放射器、Flame Aは軍のものだ。そして軍の武器のID管理は国防省の管轄だ。サエキが自力で陸軍から武器を盗んでIDを外せるとは考えられないからな。国防省がコウヅキの研究資料を奪うための口実作りのために、サエキをけしかけた。そうだろう?」

「正解だ」

「当時、警官一人が重傷、もう一人はサエキを殺した後に自殺した。お前達のクソみたいな作戦のせいで」


 男は神経質な笑い方をした。これも指示されたものなのだろうか?


「ふふ、はは。さっきまでの冷静さはどうした?」

「お前は、お前達は何がしたかったんだ。コウヅキの研究資料なら、他の方法でいくらでも奪えたはずだ」


 無音が続いた。男は段々と落ち着きをなくし、周りをキョロキョロ見渡した。しばらく指示ないことに困惑しているようだった。


 そして、一分は経とうとした時、ようやく口を開いた。


「まず、前提をはっきりさせておかなければならない。当時の私と、国防省では目的が違ったのだ」

「どういうことだ?」

「国防省、特に対網は当時警察省が保持していた行動予測技術を欲しがっていた。技術奪取作戦のためのチームが編成された。その中には警察省の技術部に潜り込んだ者もいる」


 私は当時、部下として技術部に入ってきたコンノという人物を思い出した。


 男は続ける。


「そして、そのチームの指揮を執ったのが私だ。対網は、サエキを司法取引で唆し、コウヅキ サトシの家を強襲させることで、技術資料を奪おうとしていた。サエキが資料を、持って帰れればよし。持って帰らなくても、犯罪捜査を理由にコウヅキの家の家宅捜索は可能だからな。そのために警察省には何人か国防省の人間を置いていた」

「そして、サエキは暴走し、死傷者が出たんだ」


 私の言葉に男は引きつった笑みを浮かべた。まるで、指で無理やり口角を上げているような笑みだ。


「サエキには"何も教えず、武力も持たせない"と言うのが、上の方針だった。当時は行動予測技術を国防省が完全に手に入れていたわけではなかったが、君も知っているコンノという男が警察省の技術部にいたことで、一応行動予測技術にアクセスすることはできた。サエキの行動を管理していたのだ。武器はIDロックがかかった、言わばダミーを渡したのだ。もちろん、国防省としても対網としても、奴にFlame Aなど撃たすつもりは無かった」

「……なんだって?それならなぜ……」


 現実には、サエキの行動は予測不能になり、火炎放射器による死傷者がでたのだ。一体……。


「"私が"サエキにシステムのことを教えて、行動予測を不能にし、やつの武器のIDを外したのだ」


 さらに男は言葉を紡いだ。


「行動予測技術を抹消する。これが私の目的だ。だから、上が立てた作戦に乗じて、コウヅキの家の資料を燃やすつもりだった。サエキを誘導することでな。作戦主任の立場なら、そう難しくはない」

「なぜ……」


 私は言葉に詰まる。火炎放射器を浴びたクロダのことを思い出した。顔面が紫に腫れて、そこに銃弾4発をくらったサエキを思い出した。リボルバーを口に突っ込んで、最後の一発を自分に放ったクサマを思い出した。異国の地で、私に研究資料とメッセージを託し、死んだ友人のことを思い出した。そして、彼の娘の顔が浮かんだ。


 甲高くか細い声が聞こえた。


「なぜか?いいだろう、教えてやろうとも」



 果たして人は最初から自由を持っていたか。


 もちろん反語だ。自由など存在しない。自由の定義が乱数性とイコールなら、少なくとも地球上の物理法則で表すことのできる我々は自由ではない。


 それだけではない。人種、身体的才能、知的才能、芸術の感性。いかんともしがたい遺伝子や環境要因で決まる。


 人は、成りたいものになどなれない。そうだ、人は最初から自由などではない。


 しかし、私が許せないのは人の行動を人が縛ることだ。ばかげた感性じゃないかね。すでに不自由な我々に、滑稽な政府の役人がさらに不自由を強いようとするのだ。なるほど。絶対的な物理法則なら降参しよう。私の体の奥底にあるアルゴリズムであれば納得しよう。しかしどこぞの他人に、そしてその他人も所詮縛られるだけの人間だ、その他人に自分の行動を監視され、予測され、予測と異なれば排除される。許せることではないとは思わないかね。


 君はどうだった?他人を縛ることに快楽を覚えたか。社会の異端者を切り捨てる仕事に誇りを持てたか。もしも君の誇りがそこにあるのであれば、私はこういわざるを得ない。なんて愚かだろうと。

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