エイロネイア
後ろからした声に振り向いた。
そこにはさっきまで追っていたはずの男が立っている。遠目から見た時よりも長身で、顔立ちは整っている。ゆったりしている服は首元が開いており、肩の地肌を見せていた。
「何か用でしょうか?カイトウさん」
「……」
男が何か武器のようなものを手に持っているのが見えた。私はそれが何かを確認する前に、咄嗟にあたりを見渡した。狭い路地裏だが綺麗に整備されており、特に身を守れるようなものはなかった。
男は私の様子を見て、何かを察したらしい。気軽な感じで手の中のものを見せた。
「すみません、別に争うつもりじゃないんです。このスタンガンは念のため、持ち歩いているだけで。なにせ普段から危険の多い身ですからね」
どうやら、男はすくなくとも私と対話する意思があるらしい。その証拠に、男は私に見えるように武器を地面に置いて、横に蹴った。私は言った。
「さっき私の名前を口にしていたな。私のことは省内で調べたのか?」
大袈裟に首を捻る動作。なぜそんな疑問がでるのか分からない、という仕草をしているらしい。
「省内?もしかして、カイトウさんは私の所属を知ってて後をつけていたんじゃないんですか?」
「……」
インフラ=システムに表示された見たこの男の個人情報は全て『不明』だった。ここから、インフラ=システムで個人情報を表示できないということは、国防省、少なくとも、政府関係者だろう。
問題はこの男が国防省内のどちらの派閥かということだ。旧『対網』か、あるいは保守派か。
情報を探る、というにはあまりに間抜けな状況ではあるが(なにせ尾行対象に後ろを取られている)、私は男に尋ねた。
「君が国防省の人間だろうということはわかるが、所属はどこだ?」
私が言った途端、男は笑い出した。長身の美形には似合わない、引き笑いだった。
「国防省!何故そんな勘違いが起きるのか、理解しかねますよ」
「どういうことだ?インフラに表示されている君の個人情報は全て『不明』だ。この個人情報が隠されるのは国防省の人間、システムの運用側の人間だからではないのか?」
男は一通り笑ったあと、どこか得心のあった表情をした。ふと不敵に口角があがる。
「なるほど、確かに。勘違いの理由はよく分かりました。ふふ、賢い人は勘違いをする時も論理的ですね。ですが、まあ、情報が足りない状態での推論は、時に驚くほど滑稽な答えを導き出します」
先ほど大笑いしたのとは打って変わって、男は淡々と言葉を続けた。
「私はただの案内人です。あなたを、私たちのボスに会わせます」
「ボス?」
「あなたのような、民間人にもかかわらずインフラシステムにアクセスできて、何よりその技術開発に関わった人間はほとんどいません。貴重な人材なら、リクルートしない手はない、と言うのが方針でして」
淡々と話している男を見ながら、私はある事に気がついた。
肩のところに、わずかに掘ったような切り傷がある。ちょうど、埋め込まれた異物を取り出したような……。男は口をひらく。
「私たちは、謂れのない罰を自覚した者達、『エイロネイア』です」
そして、こう続けた。
「私たちは、元『異分子』です」




