追跡
『不明』の文字が男の頭上に踊る。
インフラ=システムは膨大な個人情報をもとにヒトの行動予測をしている。だからシステムに接続していることは即ち、その個人情報にもアクセスできるということでもある。特に、無制限の使用を許可されている場合ならなおさら。
私はその男の行動予測の表示を個人情報に切り替える。ウェアラブル=グラスの文字が切り替わる。
『性別:不明』
『所属:不明』
『年齢:不明』
『学歴:不明』
『心理学主要5因子:不明』
『IQ:不明』
『遺伝型:
セロトニン受容体のコピー数:不明
オキシトシン受容体のコピー数:不明
etc.』
私は思わず吹き出してしまう。こんなに身分を隠そうとしているのに、かえって明らかすぎるだろう。どう考えても、この国の政府の人間だ。
男は私が尾行していた高校教員に近づいた。私はシェアカーを降りて、男を目で追った。175-180cm、細身、黒髪。ゆったりした服に、バケット・ハットを目深にかぶっている。男の行動予測の表示は変わらず『不明』のままだ。
男が高校教員の耳元でなにかを囁いている。その直後、高校教員の行動予測の表示にノイズがかかった。彼の行動予測の表示も、『不明』という文字が現れた。
ビンゴ。かなり時間を要すると思っていたこの調査だが、思いの外素早く進展があった。ややもすると、インフラ=システムの許可された使用制限時間を超える可能性もあった。だが、どうやら追い風が吹いているらしい。
私はその男を追うことにした。この男がどこに所属し、何の目的で動いているのかを確認する必要がある。もしもアサクラの仮説が正しくて、彼が"対網"の局員で、且つ元"異分子"を殺そうとしているのであれば、それは防がねばならない。
姿を見失わないよう、尾行する。彼は狭い路地に入り早足で歩く。尾行に気がついているのだろうか?疑念が頭をよぎった。
そんなことを思っていると、後ろから声がした。
「カイトウ マコトさん。何の用でしょうか?」




