その依頼
「先生、お客さんはどうでしたか……?」
アサクラが帰った後、少女が応接間に入ってきた。
私は彼女を見やって、大きく深呼吸をした。嫌なことはできるだけ端的に伝えるのが吉だろう。
「元"異分子"が政府に殺されているかもしれないそうだ。その調査を依頼された。違法な手段を使えとのことだ」
彼女は怪訝な顔をする。
「違法な手段、とはインフラ=システムのことでしょうか」
「そうだ。"異分子"に対してはシステムは効かないが、すでに生体情報をモニタリングされている元"異分子"ならシステムで行動予測ができる」
「そうですが……」
私の懸念を彼女も感じているのだろう。私はそれを口に出す。
「問題は大きく二つ。一つ目はこの仕事を受けることで、私が政府に使い捨てられる危険が増すこと。現状でも危ういんだ、こんな仕事をすればなおさらだろう」
「二つ目は?」
「二つ目は技術的な問題だ。もし、政府の人間が元"異分子"を殺しているのなら、インフラ=システムを使っても予測できない。なにせ、政府の人間も"異分子"なんだからな」
「どういう事でしょうか?」
「つまり、インフラ=システムの存在を知っている政府の人間は"異分子"という事になるから、その行動はシステムでは予測できない。そして政府の人間="異分子"が元"異分子"を殺すとしても、同様にシステムでは予想できない。少々ややこしいが」
彼女は少々思案顔をした後、私に訊いた。
「それで、先生。どうするのですか?」
「断ったさ。これ以上危ない橋を渡っても仕方あるまい。それに技術的にも難しいとくれば、それは十分断る理由になるだろう」
私は彼女がなんとなく渋っているように見えた。彼女はインフラ=システムや今の政府を良しとしていないはずだ。なら、私と同じく、彼女もこのインフラ=システムを使う調査の依頼を断るという意見のはずだ。
だが、彼女は私の予想と異なることを言った。
「その依頼、受けませんか?」




