ずいぶん遠回しな言い方
「お久しぶりです、カイトウさん」
長らく会わなかったかつての同僚は、ずいぶん歳を取って見えた。昔はスポーツマンのようなガタイをしていて、表情も良くも悪くも新米のものだった。
だが、今の彼はずいぶん痩せて、シワも増え、その表情にはどこか達観や諦念とでも呼べそうなものが見えた。もしかしたら成熟という言葉があっているのかもしれない。
私がアサクラに抱いた印象とは対照的に、彼は私の顔を見て、こう言った。
「変わりませんね」
自分でもわかるほど、私は顔をしかめた。
「変わったさ。俺が警察省を辞めてから十年だ。お互い老けた」
私自身の話をすれば、変わらないはずないのだ。友人は死に、汚れ仕事を続けながら、彼の娘の面倒をみている。たとえ見た目がそこまで変わらなくても、中身は完全に別人になっていると思う。
そういった諸々を省いて私は言った。
「それで、どういった用件だ」
青い封筒には彼の署名と簡単な挨拶、そして今日この時刻に私の事務所に伺うと言う旨が記載されていた。これはおそらく自分の行動を隠すためのプロトコルだ。この面倒な手順を踏んでわざわざ会いたがった理由が気になった。
「警察省に動きを悟られないように俺とコンタクトを取りに来たのはどうしてだ?十中八九厄介ごとだろうがな」
アサクラは目を伏せた。なにかを言い淀んでいる。
「カイトウさんは今のインフラ=システムについてどう思いますか?」
違和感を覚えた。私と私の友人が作ったシステムだか、その実権は既に政府に奪われている。さらに私の友人、コウヅキ サトシがこのシステムを無効にしようとして死を遂げたこと、そして一方で私はこのシステムを完成させ、汚れ仕事でこの仕組みを補完していることはアサクラも知っているはずだ。どう思うか、と私に聞かれても一言で表す事が出来るはずがない。
「なんだ、ずいぶん遠回しな言い方だな。なにが言いたい?」
意を決したようにアサクラは顔を上げた。
「カイトウさん。今あなたが生業にしている生体情報の取得。これは"異分子"と呼ばれる人間たちの行動をシステムで予測可能にするために行なっている事です」
「そうだ。システムで予測しえない、システムにとっての"異分子"。人の行動を予測して制御することで安定を得たこの国にとって、今や"何をするかわからない人間"は大きなリスクだ」
だから彼らは罪を犯してなくても、奪われ続ける。
することなすこと、それに伴う感情を全て生理学的な言葉で丸裸にされる。例えば。
帰省して久しぶりに母に会うとき。
友人と酒飲み、馬鹿話をするとき。
小説を読んで感動するとき。
アダルトサイトをみて自慰行為をするとき。
"異分子"は身に覚えのない罪状で、意識できない罰を受ける。
アサクラは頷きつつ、探るような声で言った。
「カイトウさんは、どう思われているんですか?」
「だから何の話なんだ?」
「私たちも、"異分子"なんですよ!?」
大声が響いた。
「インフラ=システムで予測できない人間は"異分子"だ。そしてシステムの存在を知る者はシステムによる予測ができない!ならば、システムの存在を知る我々は"異分子"になる!」
「落ち着け、アサクラ。隣の部屋に子供がいる。大声を出すな」
彼は自分を恥じたように謝った。
「すみません、少し興奮してしまいました」
私はため息をつきそうになったが、眉をしかめるにとどめた。
「確かに我々も"異分子"にあたるが……それは今に始まったことではないだろう。政府関係者でシステムの運用に関わる者はどうしても"異分子"になってしまう。だからといって政府の人間が生体情報を取られることはないし、なんらかの処罰を受けるわけでもない」
「そうですが……」
「現に私も民間人で且つ"異分子"だが、それでもシステムの運用上必要だから排除されたりはしていないだろう。君のような警察省の人間ならなおさらだ」
確かに気になる問題ではある。"異分子"たちに対する処遇を見ていれば、同じ目に遭う事を恐れる気持ちもわかる。実際、生体情報を取られた後の"異分子"は必要以上にプライバシーの情報を採集され、時にそれが脅しの材料になったりする。つまり、ある役人が元"異分子"に対して、幼女趣味をばらされたくなかったら政府に協力しろ、というようなことだ。現実にはもっと強烈な"ネタ"による脅しもあるらしい。
だが、アサクラの心配は杞憂だろう。政府当局の人間まで取り締まっていたら誰もシステムを動かせる人間がいなくなってしまう。
そういうことを説明したが、アサクラの表情は晴れなかった。私は不思議に思った。
「どうした、まだ何かあるのか?」
「……偶然かもしれないんですが……」
「なんだ?」
深く息を吐いて彼は言った。
「元"異分子"が処理されているかもしれないんです。政府が彼らを殺しているかもしれない」




