月曜日の9:50の電車の若い女性
エナメル加工の靴、色の薄いジーンズ、青い迷彩のカバン、色白、濃い化粧、モバイルに映っているミュージックビデオ。月曜日の9:50の電車の若い女性。
観察によって得られた情報を言語化し、統合すると、二限目の講義に向かう女子大生という像が浮かぶ。
正しいか正しくないかはわからない。だが、彼女が降りる駅は有名な私立大学がある。
「先生、私というものがありながら他のうら若き女性に見とれるのは感心致しませんわ」
私は軽口に応じずに言った。
「高校教育までは実際に対面する授業はほとんど姿を消したのに、大学はその限りではないな」
「たしかに今でも大学に”登校”される学生さんは多いですね。考えてみれば不思議です」
「まあ、高校までと同じく登校せず、バーチャルな授業を受ける生徒も多いようだが。まあ一番の理由は未だに理系の学生は研究室に行く必要があるからだろうが」
警察を辞してから十年後。
私は友人の忘れ形見である、コウヅキ アイという少女と行動を共にしていた。私の"探偵業"を少女が手伝いだしてしばらく経っていた。
少女はふと思いついたように言った。
「そういえばいつだったか、高校の先生の生体情報をとったことがありましたね」
「もう二年くらい前になるか」
二年前。私が高校教師の生体情報をとった時のことを思い出した。その時と比べて、彼女は少し大人びたと思う。だがそれ以上に変わったことがあった。
少女は話を続けた。
「あのときも思いましたが、学問関係の方は"異分子"になりやすいのでしょうか?」
異分子、というのは政府で運営されているシステムでも行動予測が不可能な人物のことである。このシステムは友人が開発し、私が完成させ、結局政府、それも国防省が運用している。
私は答えた。
「アカデミアに限りはしないが、基本的に情報に対するリテラシーが高い人間はかえって異分子になりやすいな。自分の情報を必要以上に開示しないから、システムでの行動予測は難しくなる」
少女は対象の女性に視線をやりつつ言う。
「賢いことが結果的に自分に害をなす。非常に興味深いことですが……」
その続きは聞くまでもなく、わかった。だが彼女の言葉を遮ることはしない。私にその権利はないのだから。
「このままでは、いけませんよ。これは正しくないことですから」
この二年間で一番の変化。それは、彼女の中の罪の意識だ。私が作って私達が負った罪。それを是正しようとする彼女と、現状維持を望む私。
彼女の目は以前ほど爛漫な光を宿していない。
私と彼女、その差はいずれ臨界点に達するだろうか。




