慣れないこと
襲撃の予兆はあった。
「武器の手配をしましょう」
荒川が言う。僕は考えつつ答える。
「このドクトリーヌ国内に持ち込むことは可能なの?」
「強力なものは無理ですが、単純な構造のものであれば手配は可能です」
「武器の密輸なんて、一発でばれそうだけれど」
「3Dプリンタで大部分の部品を"印刷"できる銃が国防省で開発されています。火薬類も少量ならこの国で調達できるでしょう」
僕はあきれた。
「祖国がそんなアグレッシブな火器の開発にいそしんでいるとは知らなかった」
どこまでも暗殺やテロに向いたテクノロジーだ。
荒川は言った。
「データの送信を本部に要請します。少しお待ちください」
彼らとしては、僕が宇佐美と対峙して、共倒れというのが一番面倒が少なくてよいと考えている。それならば火力の小さい武器を僕に渡そうとするのもうなずける。僕としては荒川たちも戦闘に巻き込めるのが都合がいいと考えていた。おそらく国防省の主流派たちも職員が危険にさらされるような環境なら、”対網”と交渉するなり、応援をよこすなりするだろう。そうすれば宇佐美を止められる可能性が上がる。
そんなことを僕が考えているうちに、ホテルの壁紙が極彩色に変化した。
次いで、やたら耳につく音が響く。
カン、カン、カン。
「え」
僕はこの音を知っていた。誠の捜査資料にハッキングをかました時に会った映像データで聞いたのだ。この音の後にどのようなことが起こるのも見ていた。
まずい。
「これは」
荒川はそういった直後に青い何かを浴びた。
数秒後、彼がどうなっているかは見なくても分かっていた。
僕は窓に向かって走っていた。視界に宮下と山口が青色に包まれている様子をとらえたけれど、僕はなりふり構わず窓を割って、外に飛び出た。
部屋は二階にあって、落ちた先はコンクリートだった。かろうじて足から降りることができたが、かなりの激痛が走った。もしかしなくても骨折しているだろう。
痛みで思考がクリアになる。宇佐美正一の襲撃があったのだ。軍事用の火炎放射器"Flame A"で。
逃げなければ。
〇
今、僕は街を遠く離れて、手記を書いている。
逃げて、引きこもっている。何故そうしたかと言えば、僕が徹底的に負けたからに他ならない。
人を殺す。その点に関して僕の認識は甘すぎた。経験として他人の命を奪ったことがない僕が、少なくともカールを殺した男と対峙するのにすでに差がありすぎたのだ。そしてその認識の甘さが、僕を殺すことになる。
荒川達は死んだ。
もう、思い出したくない。自分のために命を落とした人間の数が増えていくのは、最悪の経験だった。




