表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わかりきった結末  作者: 早雲
第三部
49/90

美しい

 あたりはまだ暗かった。それなのに未明の空は、丑三つ時なんて言葉を吹き飛ばすほどに煌めいていて、とても綺麗だった。希望がなくなった時こそ、世界は美しく見える。僕がもはや得ることの叶わない世界はこんなにも輝くものなのだ。


 事の顛末をここに記すには、あまりに時間がない。

 

 嘘だ。


 本当はほんの少しだけ、余裕がある。


 ただ、昔いた数学者みたいなのに憧れていただけ。死地に赴く前の、若い天才に憧れていただけだ。


 大量の殴り書きの方程式。そのすぐ横にはフランス語で『僕には時間がない』。


 そんなことを夢想するくらいには、余裕があった。


 それでも、所詮その程度の時間。


 僕は何が起こったのかを記しデータを任意の人に送る程度の時間はある。あるいはちょっとしたプログラムを書くぐらいもできるかも知れない。だけれど、その程度の時間なのだ。


 外を見ると、相も変わらず、空は煌めいていた。その意味を僕は正確に読み取った。


 そこには希望が、これっぽっちもないということ。

 

 僕は自ら死地に赴かなければならないということ。

 

 二度と誠に会えないこと。

 

 二度と愛に会えないということ。


 世界は美しく見える。



 カールが死んだ時のことを書くのは、正直心苦しい。


 僕のせいで彼は死んだ。もちろん、僕が彼のこめかみを45口径で撃ち抜いたのでもなければ、その後に遺体を山に放ったわけでもない。


 だが、こんな陳腐な言葉を使うのを、怠惰に言葉を使うのを許してほしい。


 彼は僕が殺したも同然だった。



 僕は宇佐美が電話をかけてきた時、一つの結論に達しつつあった。僕が目的を果たすには、宇佐美を殺さなければならない、と。


 海外のメディアに情報をリークしようとしたのは、祖国の役人たちの行動を抑止するためだ。僕は自分の母国政府に属している人間が国際問題になりかねない無茶を決してしないと考えていた。例えば、他国のジャーナリストを殺害する、というような無茶を。国際的な地位を保っているドクトリーヌを選んだのは、そんな理由からだ。


 だが、思惑は外れて、国防省に所属しているはずの宇佐美は、カールを殺した。他国の政府に所属している人間に自国民を殺される。これは十分に国際紛争の火種になる。


 もしもこれが、国防省の”対網”の意向だとすれば、これが何を意味するか。


 ”対網”は宇佐美を捨て駒として使っている。


 軍歴に犯罪歴。政府がシラを切るのにうってつけの人材。汚いことを請け負わすのに、最適な人材。


 宇佐美は僕を殺すとみて間違いない。政治的な牽制はもう不可能だ。最大限の牽制を、力ずくで破られたのだから。


 一方で、希望はあった。宇佐美は”対網”にいざとなれば切り捨てられる人間だ。そして、もしも宇佐美が任務を果たせなければ、”対網”は僕を殺すのを、ひいては行動予測システムをあきらめざるを得ないだろう。宇佐美のような人材がそうそういるとは考えられない。能力が高く、いざとなれば責任を押し付けられるような人間が他にいるとは。それは、彼を亡き者にすれば、僕がこの国で目的を果たすのに十分な時間を得られることを意味する。

 

 希望というにはあまりに薄汚れた、ほの暗い期待だった。人殺しをして、初めて僕の目的がかなうとは。


 あらゆる目的は、手段に優先しない。僕の目的は、僕が殺人を犯すことの免罪符にはならないだろう。


 僕の頭には愛の顔が浮かんでいた。彼女に誇るべき行動をしなければならない。なのに、僕には他の選択肢を見つけることができなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ