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わかりきった結末  作者: 早雲
第三部
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致死

 カールに流した情報。僕の祖国の自由を守る最後の砦。


 宇佐美はそれを奪うつもりでいる。”対網”はよほど行動予測装置に執着しているらしい。


 荒川と名乗った男は僕に視線を向けた。


「我々としては、宇佐美正一の動きを止められれば良いのです。たとえ行動予測技術が無効になろうとも。仮にもわが国の役人である宇佐美がこのドクトリーヌで強硬策をとれば、国際問題になるのは目に見えています。協力してください」


「どうやって協力すればいいのかな?悪いけれど、すでに僕はこの国のジャーナリストに情報を流してしまっているよ。今更、囮にもならない」


「”対網”はあなたが既に新聞社の人間と接触していることは掴んでいません。我々があなたの現状を知ることができたのは本国の製薬会社の人間が我々にリークしたからです。自分のIDが何者かに使用されている、と」


 僕は出国する際に昔のクライアントから得た、製薬会社の社員A、もとい荒川明利という人物のIDを使用した。そして、その荒川氏は自分のメタデータを見て驚いたらしい。行ったこともその予定もまったくないドクトリーヌという国への航空券が予約されていたからだ。


 その話を訊いた時、僕はかなり訝しんだ。航空券の予約をする際に、その情報が本人に行かないように工夫したが、完ぺきではない。メタデータを普段の生活で確認しようとは思わないだろうと高をくくっていたのは確かだ。だが、なぜその情報が即座に国防省に流れるのだろうか?


 そんな僕をみて、荒川と名乗った男は言った。


「その製薬会社の社員は私の弟です」


「え」


「弟がその荒川利明です。私に気味が悪いことが起こっていると相談がありまして。それで弟に心あたりを聞いたのです」


「本名だったんだね。僕の偽名が荒川利明だから牽制のためにそっちも偽名を名乗っていると思った。まさか兄弟とは」


「弟の心あたりは、会社が非公式に行っているヒトゲノム情報を使った疾病の研究と、外注している遺伝子回路の設計者でした。あなたです」


「ふうん。で、実際に僕を見つけたのはいつだったの?」


「あなたがジャーナリストに会った後でした」


 まあ、すでにカールに情報を渡せたところにはまだ救いがあるとはいえ、僕は自分の爪の甘さを呪うべきか、偶然だと諦めるべきか迷った。いずれにせよ、状況は変わらないのだけれど。


 それとはべつに気になったことがあった。


「対網はどうやって行動予測装置を無効にする報道を止める気だろう?」


「わかりません。ただ‥‥‥」


 荒川は声を低くした。


「対網は元軍人で犯罪者の宇佐美をこの国に入国させています。彼は公式な国防省の職員ではありません。もしかすると‥‥‥」


 もしかすると、僕やカールを亡き者にしてでも、目的を果たすかもしれない、という事か。


 暗澹たる気持ちに拍車がかかる。僕はうんざりしてきた。


「それで?どうやって僕は君たちに協力すればいいのかな?」


「情報をまだ流していないふりをしてください」


「どういうこと?」


「まだ、宇佐美はあなたの行動をつかんでいない可能性が高い。あなたがすでに情報を流していることを知らないのであれば、あなたを狙うために現れるはずです。そこを我々が確保します」


 僕の行動がこんなに早く読まれていたことについて言えば、この役人たちは優秀だと言える。たとえ偶然が多分に関与しているにしても。だが、この作戦は良くない。


「多分だけれど、すでに宇佐美元一尉は僕の情報を把握していると思うよ。この部屋に入った跡があったから」


 壁の指紋は宇佐美正一のものだった。この部屋をすでに特定しているなら、もしかすると‥‥‥。


「ねえ、君らって本国に報告上げてたりする?」


「直属の上司に報告していますが‥‥‥」


「君らの組織の構造は分かんないんだけれど、対網も国防省の一組織なんだよね?」


「情報が対網にも流れているというのですか?ありえません」


 ありえない、と強い口調で荒川は言ったが、普通に考えてあり得るだろう。同じ組織内だ。人的にも物理的にも近いもの同士が情報を得ようと思えば、たとえ対策はしていても完璧ではないのではないだろうか。僕が完璧でなかったように。


 そんなことを考えていると、僕のモバイルにメッセージが入った。


 カールからの電話だった。


 僕は慌ててデバイスを操作する。


 役人たちが何事かと僕に視線を向ける。


 スピーカにしたデバイスの向こうから、知らない男の声がした。日本語だった。


「はじめまして。上月聡。このモバイルの持ち主だが、今私の隣に座っている」


 炸裂音が鳴った。


「座っていた。過去形になったな」

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