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わかりきった結末  作者: 早雲
第三部
39/90

好きな小説を思い出す

愛を育てたのはただの好奇心だった。そして、もしかしたら同情だったのかもしれない。


そのどちらも多分、人を育てる人間としては、正しくない感情だったのだと思う。だけれど、それに関係なく僕は愛を大切に育てた。僕が人を育てようとした動機も彼女を選んだ理由もそんなに重要じゃなかった。重要だったのは、僕が愛に何をしてあげられるかだけだった。


僕は行動予測装置の情報をリークするための準備に入った。


傍受の可能性を考えると、通信によるデータの受け渡しはできない。


アメリカ政府で働いていたエドワード・スノーデンという人物がいる。百年くらい前の人物だ。彼はアメリカ政府が国民に対して大規模な監視ネットワークを構築していることを全世界に公表した。彼は情報を母国のアメリカではなく香港で記者に渡した。監視されていることを前提に動くのであれば、当然の処置だろう。


それから約一世紀経った現在、結局政府の監視は続くことになった。いくつかの戦いがあった。多分それは、格好いい言い方をすると自由のための闘争だった。でもその戦いはすべてサイバーテロと認定されるようになってしまった。私権保護法はただ体制側が情報を搾取するだけの法律になってしまった。


監視社会は巧妙に隠されるようになった。政府だろうと何だろうと違法行為には違いない。だが、その仕組みは複雑になる一方だ。誰も正しく評価することができなくなっていた。たとえ政府の関係者であっても自分の行為が違法であることを認識している者は、専門職に就くごく限られた者だ。誠はその一人だったが、その行為が違法であることを容認しつつ、社会的な効用が上回ると信じていた。彼はルールより人や倫理、正義を上に置いていた。だからこそ、違法な技術開発を僕に依頼し、彼も責任をかぶる覚悟をしていた。それが犯罪者を減らし、よい世界を作ることを信じて。だが、彼のような、ある意味立派な人間はそうそういるものではない。複雑な監視の仕組みとその犯罪性も知りつつ、ただ惰性のまま仕事を行う人間たち。自分の頭で考えろ、なんてことは僕は言わない。人は驚くほど自分の脳みそを使って計算することが苦手だ。ルーティンと本能でほとんどの生活を完結することができる。仕事だって、例外じゃないだろう。つまり、監視行為に関してほとんどの人間はそれを告発するための知識がないか、知識があってもなし崩し的に認めている人間がほとんどであるということだ。それは結果的に監視社会を隠すことになる。


何が言いたいかと言えば、この時代で生きる上では常に行動を把握されているということが当たり前であり、いちいち文句を言っても始まらない、ということだ。


だから工夫を凝らさなければならない。


それにしてもだ。僕は超監視社会を生み出す行動予測装置の情報をリークするために、外国の記者に会おうとしている。


歴史は繰り返すという故事はどうやら正しいみたいだ。


事前にコンタクトをとることはできた。僕は時々研究の発表で海外に行くことがあったから(もちろんその時発表するのは合法の研究成果だけだ)、同じ分野の研究者とは面識があった。概要だけは出国前にメールを打ってあるが、全容を理解してもらうには直接会って話し、資料を渡すのが一番だ。資料は膨大だけど、小さなハードディスクに収まるものだし、直接会うことができれば解決する。問題はどこでいつ会うかをどうやって敵に悟られずに、記者に伝えるかだ。敵は我が国の政府であると同時に、ドクトリーヌ政府でもある。犯罪者引き渡し条約が提携されていないとは言え、通信の傍受に協力するくらいはするだろう。


もちろん、暗号化した通信を行えば一応のセキュリティは保てる。だが、それは一昔前の話だ。暗号化の強度は、つまるところ素因数分解にかかる時間に依存している。多分だけれど、各国政府は量子コンピュータを実現していて超高速の計算能力を得ている。だから、その気になれば政府はいくらでも僕たちのカギを開けることができる。


一瞬、エニグマを使うことを思いついたけど、すぐに思いなおす。エニグマは第二次世界大戦で使われたドイツ軍の暗号で、かなり連合軍を苦しめた代物だが、解き方は確立している。もしそれを使うのであれば、情報を傍受する人間がエニグマ自体を知らない、ということを期待しなければいけないが、そんな勉強不足の人間はいくら何でも政府にいないだろう。趣味で作ったエニグマの暗号生成スクリプトは役に立たなそうだ。


仕方がなく、僕は知人の研究者が好きな小説を思い出すことにした。確か、彼はサリンジャーの「フラニーとズーイ」が好きだったはずだ。


僕は骨董品のキーボードに文字を打つ。

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