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わかりきった結末  作者: 早雲
第三部
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ジョン=ドウ

「それはわかったが」


彼はコーヒーをすすった。


「どうやってバイオメトリックス群を通り抜ける気だ?それがいちばんの問題だろう」

「そうだね……僕はよく考えるんだけれど、自分を自分として証明するのは現代に近づくにつれ簡単になっていってると思うんだ。逆にどうだろう?自分を他人として偽装するのはテクノロジーの発展に伴って難しくなっていってる気がしないかい?」

「確かにな。今の時代、近くに人が越して来てもすぐにID検索で略歴を知ることができる。逆に千年前だと、もし見知らぬ人間が近くに越して来たって、その人がどこの誰かというのは真の意味で知ることはできないだろうな」

「そうとも。だけどその新天地に来た見知らぬ人だって、生活はしないといけないわけだ。生活するために必要な食料やその他物品を誰かと取り引きしなきゃいけないけれど、見知らぬ人と取り引きしたがる人はいない。信用ならないからね」

「金を持ってれば話は別だがな」

「そうさ。僕らはお金によって見知らぬ誰かと取り引きできるようになった。ねえ、これは自分の証明についての問題と似てるとは思わないかい?」

「どこがだ?」

「つまりさ、その見知らぬ人は自分の経歴や人となりを証明するとこで取り引きするに足る人物だと示すよりも、自分はお金を払うという人物であるという一点を示すことで信用を得たんだ。自分を証明するのもお金を払うのもどちらも信用を得るためだ」

「いや、それは違うだろう。お金は取り引きの対価だ。信用を得るというのは取り引きの前提であってお金と等価じゃない」

「そんなことないさ。君はさっき僕にコーヒーを入れてくれたろ?後で僕にお金や物品を要求するかい?」

「いや、しないな」

「信用はそれ自体が対価足りうる。そしてお金が開発された後はお金が信用の担保を担って来た。お金自体が何かの対価のフリをしているけど、それは虚構だよ。銀行が客の預金を投資するように、株でレバレッジをかけるように、噂で原油価格が変わるように、お金は虚構の上に立つ。ならばそれは対価ではなく、信用に変換されて初めて対価足りうるはずだ」

「信用に足らなくなった国の金は確かに価値をうしなうからな」

「でも、元々は自分を手っ取り早く信頼させる装置として働いていたお金に代わって、自分を証明するのはテクノロジーが担保する履歴になった」

「半世紀以上前にから人生の一部を切り取ってネットに共有するようになった。そしてそれ自体が自分の証明書になって久しい」

「そう。いまやテクノロジーはお金に変わる信用を担保するものになったのさ。面白い話だと思わないかい?」

「確かに歴史としては面白いが……」

「別にこれは僕が言い出したことじゃないよ。半世紀以上前に暗号通貨の理論が発表されて以来、信用はテクノロジーによって大きく支えられている。僕らの社会ではいまやひとにスコアをつけることが当たり前になっている」

「そうだな。経済学者や心理学者、社会学者が開発したヒトの指標」

「正直ね、僕からしてみたらこの状態から僕以外にヒトの行動予測装置を実装した人が今までいなかったことが不思議だよ」

「遺伝学と生理学と生体制御に社会学、心理学、経済学の全部をカバーしている人間が他にいなかったんだろうよ」


彼は皮肉っぽく言った。僕はそれに構わずコーヒーを飲む。薄いコーヒーだが、慣れれば悪くはない。


誠は続けた。


「それで結局どうやって生体認証の森を抜ける気だ?」

「さっきの話は、信用の担保がお金からテクノロジーに変わったっていう話だよね。テクノロジーに脆弱性があればそれは崩壊する」

「それはわかるが、それをどうするかという話だろう?」

「でも崩壊させないで目的を達成する方法もある。ちょっとのズルと勤勉さで」

「何を言ってる」

「つまり、僕は日陰ものだけれどたくさんの信用を得ているということさ」


誠は渋い顔をした。当然といえば当然である。僕は沢山の法を犯して自分のビジネスを行なっているのだから。だが彼は気がついたようだ。もっと渋い顔になった。


「ゲノムデータと一緒に受け取った個人情報を使う気だな」


僕のビジネス相手も僕が法を犯していることを分かっていて仕事を発注する。お互いがお互いの弱みを握りあっている。


彼らが送ってくるゲノムと個人情報のデータをつかって僕は新しい遺伝子回路や新薬を設計するのだけれど、そのゲノムは取り引き相手の社員であることがほとんどだ。


そして僕の取り引き相手は表向きは社会貢献に一生懸命で、つまりはその社員も信用スコアがとても高い。


「そう。僕は今からドクトリーヌまで行く間、製薬会社の社員Aになるよ」

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