長い付き合い
「どこで話す?」
友人は人差し指を上に向けた。
「俺の家?」
私は不安になった。いくら何でも、すでに彼らー対網とかいったかーが盗聴器なんかを取り付けているとは思えない。とはいえ私の家の住所は省内に記録があるし、今までの事を考えれば、彼らが私の家をすでに知っていて、見張っていても不思議ではない。
私の不安げな表情を見てとったのか、友人は言う。
「心配ないよ。このドアのセキュリティを破れるように僕は君の部屋のセキュリティを守れるから」
「クラックしたのか」
政府にマークされたと知っていて尚、友人の法律を無視した唯我独尊ぶりを見せられて、私は呆れた。
「とにかく僕と話した内容が漏れることはないよ。それに僕と接触したって言う事実も知られることはない」
「どうして?」
「いや、街頭の監視カメラもちょっといじったので。あとは君に打たれた行動予測装置は無効になってるから大丈夫。ダミーがちゃんと働いてる」
友人がこう言うなら大丈夫なんだろう。
友人は多分、政府の技術者の誰よりも優秀だ。その証拠に、私を含めた政府の技術者が束になっても行動予測装置を完成させられなかった。
だからこそ、友人が国防省の対網に目をつけられているのだが。
◯
私の部屋に入った友人の第一声は「つまらない部屋だね」だった。
確かに友人の家には、クリーンベンチやらシーケンサーやらヒトの癌細胞やらスパコンやらがある。それに比べたら面白い部屋なわけがなかろう。
ただ、少々腹が立ったので友人に出すコーヒーは思いっきり薄くしてやった。
「さて、僕に話があるんだよね。まず聞こうか」
私はコンノさんから得た、国防省内の対網という組織が主にシステムを狙っていること、彼らが私と友人をリクルートしたがっていること、私がそれを表面上受理したこと、友人の今までの推理が当たっていたことなどを話した。
友人はコーヒーを飲み、時々「薄いね」と言いつつ話を聞いていたが、あらかた説明が終わったあと、こうコメントした。
「不思議なのは暴力的な手段と穏当な手段をごちゃ混ぜに用いていることだね。犯罪者にフレームAを持たせたかと思えば、君と僕を拘束せずリクルートする。まあ、人を働かせるならモチベーションを上げるために無理矢理感を無くすのは定石だけど、それにしたって変だ」
「まあ、拘束をチラつかせて脅させれてはいるんだが」
「まあ、その対網っていうのも一枚岩じゃないのかもね」
友人は椅子に背をもたせて足を組む。破れたジーンズに黒いシャツを着ていて、どこぞのミュージャンのようにも見える。
「じゃあ、僕のほうも話をしようかな」
友人はぼうっとした姿勢のまま言った。
「あのシステムだけど、海外のメディアにリークするよ」
私はあっけにとられた。
「待て、流石に」
この危険がわからない友人ではないはずだ。私が想定していたのは国内でのリークを切り札に国防省≒対網と交渉することだった。国内のメディアであれば政府の干渉が効きやすい。彼ら対網にとってコントロール可能だが油断できない、そう思わせるようなラインで交渉すべきだと考えていた。
しかし海外メディアにリークするとなれば、話は違ってくる。リークすればまず必ず報道がなされる。この国が海外のメディアに報道規制をかけることは事実上不可能だからだ。これは交渉材料にするにはあまりに脅しが効きすぎている。もし友人が海外メディアにリークする事を、先に対網に知られれば、最悪、殺されることだってあるかもしれない。
そのような諸々のことを考え、私は言った。
「それは駄目だ」
友人はこちらを真っ直ぐみて言う。
「このままの方が危険なんだよ。彼らはすでに国の役人としては常軌を逸してるよ。このままズルズル行けば僕達の破滅は必至だ。彼らの言う通りに国防省のポストにつくかい?それでなにが待ってる?完全な管理社会だ。それも殺人犯に軍の武器を持たすような奴らが管理するんだよ。そんな奴らに一生飼い殺しにされるかい?」
「君の行動は命の危険を伴う」
「どのみち、だよ。いずれにせよ命をベッドするべき事態だ。僕はね、この国の人々の自由を奪う責任を取りたくない。でも、もしも行動しなければそうせざるを得なくなるんだ。開発した技術に責任があるんだ。それに、生きているからには、そこに起こった出来事には責任がある。そう思ってるし、そう娘にも教えてる。ならばそうすべきだ」
義を見てせざるは勇なきなり。
そんな故事が浮かぶ。そして、私はそんな正論を振り払う。
「君の娘はどうするんだ?君が危険な目に合えば、彼女も危険だ」
友人が一瞬どもる。先ほどの勢いを無くして、言いにくそうにする。
「あのさ、アイのことなんだけど」
「なんだよ」
「僕にもしもの事があったら、お願い出来ないかな。お金は沢山ある」
私と友人は長い付き合いだった。そうだ。多分10年になるだろうか。その中で彼はこんなお願いをしたことはなかった。自分の問題は全部自分のものだと言う、ある種の傲慢さがあった。誰かを頼る男じゃなかった。私が沢山の厄介ごとを持ってくるにもかかわらず。
普通なら怒るんだろうな、と私は思った。娘も私も危険に晒されるし挙句には、その娘の面倒を見ろという。
私は言った。
「任せてくれ。反対して悪かった。必要なこと、全部言ってくれ」
そもそも私が巻き込んだのだ。私が彼にシステムの開発を依頼しなければこんなことになってない。彼がつけようとしているケジメは私のケジメでもあるのだ。それを自分でつけずに人につけさせておいて、見て見ぬ振りはないだろう。
友人はニコニコしていた。
「君はいい奴だな。必要なことは今言った、アイのこと、よろしく頼むよ」
「他にはないか」
「そうだな、まあ、じっとしててくれると一番いいな。今の流れに逆らわず、情報が入ればその都度無理なく教えてくれるのがいい」
「それで、どこなんだ?」
リークするなら影響力があるメディアでないといけない。それにどの国でコンタクトをとるかは重要だ。もしこの国と犯罪者の引き渡し条約が結ばれていればそれが致命傷になる可能性がある。
「メディアはね…」
友人はイギリスの有名なメディアの名前を挙げた。元は新聞社であり歴史も古く、権威がある。
「彼らとコンタクトをとる国は?」
私の質問に友人はどことなく自慢気に答えた。
「ドクトリーヌ。ヨーロッパの新興国だよ」




