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わかりきった結末  作者: 早雲
第二部
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古巣

「カイトウさん」


 後ろから同僚に声をかけられる。


「ああ」


 私は生返事をした。


「…なんて言ったらいいか、大変なことになりましたね…」

「そうだな」


 省内はざわめいていた。先日の事件を担当していたのは私たちの部署だったので、それも当然と言えた。


 同僚は、少し言いづらそうに言った。


「聞きましたか?この事件、警察省自体が管轄を外されるって…」

「聞いたよ」

「そうですか…」


 今まで私たちが請け負っていた事件だったが、警察官が被疑者を射殺するという結末になってしまった。


 警察官が罪を犯した。故に警察省が事後検証をする事は出来なくなった。つまりクサマが起こした行動は、警察省内の組織的な問題が原因ではないのか、と難癖をつけられているのだ。その難癖は実のところ正鵠を射るものだった。何せ保釈されたはずの被疑者を尾行し、あまつさえ射殺すらしたのだ。そしてそれは警察省の認識のもとで行われた。


 この事件はもとより外務官の息子が起こしたものだった。外部から圧力を最初から受けているという点において、この処置は確かに予想し得るべきものであった。


「不可解なことは、後釜が公安ではないということだな」


 かつて、公安は警察の上位組織であったが、警察庁が省に格上げになった時、その関係は横並びになった。横並びになったというのは、当然ながら制度上の話で、建前上の話だ。実際には公安は警察省に影響を持ち続けた。今回のケースも当然公安が事件を引き受けるものと思われていた。公安であれば、独自の捜査組織も持っている。


「まさか事件を引き受けるのが国防省とは思いませんでした」


 そう。国防省がこの事件の回収に乗り出すことになったのだ。軍の兵器が使われたのが、その理由だったし、確かに筋は通っているように思える。


 だが、それでも通常はありえない措置だ。国防省は国内に対する捜査組織、あるいはそれに準ずる組織を持っていない。憲兵隊は軍内の事件を取り締まるし、諜報部は国外の情報を収集するが、どちらも国内の事件を捜査することは異例だ。


 私は確かに友人よりも頭脳面で劣っているとは言え、馬鹿ではないと自負している。異例づくしの今回の騒動は、いよいよ国防省の陰謀である可能性が強くなってきた。


 そして、現在私はかなり危険な立場にいる。


 どのように穏当に考えても、犯罪者に打つべき行動予測装置を、自分の体内に打たれている事は、平和的とは言えない。それも、私が所属する部署の全員だ。そして、児童殺人の容疑者だったサエキが軍の火炎放射器で、私と一緒に装置を作った友人を撃とうとした。これが危険でなく何が危険だろう。


 友人の言った通り、国防省は技術の奪取が目的だろう。


 同僚が顔を寄せた。


「あの件なのですが…」

「装置の話か」

「はい。その、少し不安で」

「大丈夫だ。何回かシュミレートしたが、”自分の行動が予測されていると認識した時”はこの装置は無効になる」

「はい…そうなんですが…」

「それに位置情報に関してはダミープログラムを走らせてある。体に装置が埋め込まれているのは不気味だが、この件が終わるまで我慢してくれ」


 行動予測装置は生体情報と位置情報の装置に分かれている。行動予測を認識しているときは生体情報のデータをいくら分析しても予測が出来なくなる。


 位置情報の装置はそのまま機能させておくと街中にある監視カメラが連動して勝手に情報を集めてしまう。そのためこちらは、ダミープログラムを走らせて情報を取らせないようにした。


「ええ。あの、まだ部署内の人間にこのことは言わない方がいいんですよね?」

「ああ。内部の人間にしか、行動予測装置を職員に打つというような芸当はできない。ひとまず信頼できる人間を見極める必要がある」

「…」

「どうした?…やはり黙っているのは気が咎めるか」

「それもなんですが、国防省の人間が部署内全員に聞き取りを行ってるって話があるんです。この装置の開発経緯について…」


 私は気持ちを暗くした。確かに今回の件に行動予測装置は深く関わっている。そしてその開発は私が友人の手を借りて不正に行ったものだ。


「そうか…。まあ俺が責任を取らされるかもな」


 たとえ不正に開発した事がばれなかったとしても、この事件の主担当だった私が責を負うのは不思議ではない。


「いや、そうじゃなくて、どうも技術者の引き抜きをしようとしているようなんです」

「なに?」

「ミタライさんが遠回しに国防省内のポストに興味がないかと言われてたみたいで」


 ミタライというのは同じ部署の技術者で、私の部下に当たる。情報工学が専門で、プログラムを書くのが部署の中で一番うまい。


「…」

「いい気しないですよね…」


 そういうことではなかった。確かに平素であれば不平の一つでも口にしたろう。だが、国防省の技術奪取の目論見を持っている可能性がある中で、政治的な人材流出で潰れる面子のことなど考えられなかった。


 もし、悪い可能性が全て当たっているのであれば、国防省内の一部(あるいは全体)は私の部署職員の体内に行動予測装置を取り付け、児童殺人犯に軍の武器を持たせ私の友人を撃たせようとし、私と友人の開発した行動予測装置の技術を使って、さらにウチの部署から技術者を引き抜き、この国を統べるシステムを作ろうとしている。


「ありえない、と思いたいが」


 私は独り言ちた。同僚がなにか言ってくると思ったが、なにも言わず黙っている。


 不思議に思い同僚を見やると、同僚は私ではなく、私の後ろの方に視線を向けていた。


 同僚の視線の先の男が言った。


「カイトウさん、アサクラさん、お疲れ様です。お二人ともこの後は時間がありますか?」


 後ろにいたのはコンノさんだった。


 装置ができてから赴任してきた新任の技師。友人が気をつけろと言った男。…私に技術者の矜持とその道をすすむ苦さを語った、とてもスパイには見えない人。


 私は言った。


「どうしました?」


 コンノさんは、なんでもないように言った。


「いえ、実は私は以前、国防省に籍を置いていまして。古巣からの要請があったのでお二人を取り調べなければならないのです」

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