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わかりきった結末  作者: 早雲
第二部
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とある警察官(3)殺したいだけ

 なあ、俺は間違っているだろうか。


 誰も答えなかった。


 社会に所属している俺。個人の俺。どちらの行動原理も間違っていない。そう思っていた。規律を乱しても、法を犯しても、俺には正義があると思っていた。取り調べた男の頭を何度も壁に打ち付けたって、怒りを感じこそすれ、罪悪感など持たなかった。


 今は、そうは思えない。


 誰か、答えてくれ。


 俺は、間違っているんだろうか。



「武運を」


 電話口からの声に軽くうなずき、カイトウは通信を切った。


「今から前の車に緊急停止命令が出る。停車を確認次第、対象の男を確保する」

「理由は?」


 カイトウは質問に答えず、自分の端末のモニタを見ていた。クロダさんも言う。


「たとえクズだろうと、個人をしょっ引くには理由がいる…。どうするつもりです?」


 カイトウはしばらくモニタから目を離さなかったが、やがて顔を上げた。


「特定通信秩序保護法を適用する」


 俺は驚いた。カイトウが言ったのが、まったく殺人と関係ない罪だったからではない。通信秩序保護法は適用が難しい罪だからだ。


「適用可能なんですか」


 特定通信秩序保護法はネットでの発言が社会に一定以上の負の影響を与えることで立件される。十数年前に機械学習を使って捜査が行われ、何百人もの人間が逮捕された。だが、そのほとんどは相次いで無罪になった。陪審員のほとんどがたかだかネットで人の悪口を言っただけで逮捕されてはたまらないと思ったのだ。実際にはそう言った発言で自殺や殺人が起きることがあるが、陪審員たちにとって、自分たちも犯すかもしれない行為を有罪にするのは都合が悪かった。


 現在は、この法律の適用はよっぽど悪質なものでない限り、行われることはない。

 

 カイトウは俺をまっすぐ見ていた。


「さあな」


 俺はその返答を訊いて直感した。こいつはいざとなれば証拠をねつ造するつもりだ。そしていま追っている犯罪者を逃すつもりはない。


 クロダさんが前の車両を見ていた。


「あのドラックストアの駐車場に停まります」


 俺はシェアカーに命令を入力した。これであの車両の前にこの車が停まるはずだ。


「逃がしてたまるか」


 シェアカーが減速し、クズの車の前に停まった。こちらの端末に送られてくる向こうの車両の監視カメラの映像では、男はほとんど動じていない。そして、武器も携行していない。


 俺たちは車を降りて、すぐに対象の車を囲う。俺とクロダさんは自分の武器を確認した。グリップに掌紋認証とハンマーの少し下の位置にカメラが付いており、虹彩認証を行う銃だ。ID確認のテクノロジーはともかく、銃自体は昔ながらの火薬を使うものだ。まれに起こる不正IDでの銃の使用も、硝煙反応で犯人が分かることがある。


 車が停まったドラックストアの駐車場はかなり広かった。これなら多少、大立ち回りになっても、周りの人間を巻き込む心配はないだろう。武器を持っている俺とクロダさんはシェアカーに近づいた。クロダさんは車両後部、俺は男がのっているドア近くだ。


 いざとなれば発砲許可は下りているが、もしクズが丸腰なら撃つわけにはいかない。そんなことをすれば、俺は向こう十年、臭い飯を食って過ごすことになる。


 見覚えのある男が車の窓越しにこちらを見た。線は細く、比較的高価そうな服装に身を包み、整った顔立ちの男。それなのに据えた匂いがしそうな笑みを浮かべて、強者にへつらう男。そして、何より、自分より力がない子供をおもちゃのようにいたぶった男。


 現場報告書は嫌というほど読んだ。実際に現場にも行った。俺が現場に行ったときには、すでに部屋のほとんどのものは証拠品として押収されていた。押収されたものの中にはビデオカメラがあった。そのカメラは子供たちがその部屋に監禁されてから、ずっとその様子を映していた。


 それを俺は見た。


 ずっと自覚はしていた。この男を射殺しようとすることに俺は罪悪感をおぼえていない。俺が刑務所にぶち込まれることで、一人のクズが消える。単純な計算だ。ここで殺さなければ、機会は巡ってこない。それは正義ではないが、それでも現状よりも、マシな道ではないだろうか。


「おい」


 車両後部から飛んできた声で俺は思考を止めた。クロダさんは車内に目をやる。早く確保しろという意味だ。確かに今はするべきことをしなければならない。


 俺はどんっ、とシェアカーの窓を叩いた。


「警察省だ。車両から出ろ。」


 男は反応しない。もう一度窓を叩こうとしたが、妙な音がして、俺は動きを止めた。


 カン、カン、カン。


 なにか固いものを軽くぶつけたような音がする。特別大きな音ではないが、なぜかいやに耳につく。


 カン、カン、カン。


 あたりを見渡した。半径50m以内に我々以外は誰もいない。ほとんど遮蔽物もなかった。


 カン、カン、カン。


 音が大きくなる。


「なんの音だ!?」


 クロダさんが大声をだす。


 シェアカー内で男を車内カメラで監視していたカイトウが慌てて、外に出てきて叫ぶ。


「離れろ!!」

「は?」

「車から離れろ!そいつ、軍の武器を…」


 すでに遅かった。


 とん、と澄んだ音が聞こえた。音がした方を見た。先ほどクロダさんがいた位置だ。しかし、クロダさんの姿は見えず、代わりに赤茶色と灰色がまじりあったモノが見えた。


 それはゆっくり倒れた。あまりに人型に近く見えるが、まさかそれが自分が知っている人間であるとはどうしても思えない。


 脳の表層では認識している。正しく現状を把握できていたといえる。だが、まったくと言っていいほど、何が起きているのかわからなかった。それなのに、俺の体は、持っていた銃を対象の男がいるシェアカーに向けていた。


 5発。一回の装填で撃てる限界まで連射する。シェアカーは防弾仕様になっていた。俺は銃床で窓を殴った。この間、一切の感情を感じなかった。


 窓を十回ぐらい殴ったところで、急にシェアカーが動き出した。俺は自分のシェアカーに戻って、ゴミくずの車を追うように指示を出そうとした。


 腕をつかまれる。


「おい!冷静になれ!」

「冷静だと?同僚が消し炭みたいにされて、冷静になれってのか」

「まだ生きてんだ!勝手に暴走するな」

「…本当か?」

「さっきのは陸軍で使われている武器だ。表皮を焼き払って、かなりむごい姿になるが、人体の機能的には不可逆な欠損はでない。手術を受ければ大部分は回復する」

「なんでそんなもの」

「もともとは相手の軍勢の士気を下げたり、負傷者を手当てするのに人手を使わせるものだったんだろう。とにかく、一刻も早く病院に運ぶ」

「…あいつを追う役が必要だろう?」


 俺は、皮膚が焼けただれて、正体がなくなった男を見た。こうなった今、武器を持っている俺の方があの男を追うのに適任であるはずだ。


「…あの男は野放しにできない。クロダさんをこんな風にした武器を持って町中をめぐっているならなおさらだ」


 カイトウは携帯端末の通話機能を起動した。


「救急車を頼む。場所は今送った。負傷者は1名。火炎放射器を受けて、全身の表皮が焼けている。車内から壁越しに撃ったのを見ると、武器は軍事用の“フレイムA”だと思われる。今のところ命に別状はないが、長く放置するのは危険だ」

「10分以内に到着します。その間、延命措置をお願いいたします」


 通話をしながら、カイトウは俺を見た。俺は反射的に身を固くした。静かな声が聞こえた。


「お前は…殺したいだけじゃないのか」


 答えられなかった。俺は一方的に要求を告げた。


「クロダさんを頼む」


 一人でシェアカーに乗って、あの男の追跡指示を車に入力した。すぐにカイトウ達は見えなくなった。


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