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わかりきった結末  作者: 早雲
第二部
19/90

リア王

 それから2週間がたった。


 モニタにはタイムテーブルが表示されている。


 外交官の息子が次の一週間どのような行動をとるのかその予測だ。


2085/1/20(本日)

8:50 起床(85%) or 睡眠(14.5%) 〔東京都新宿区ホテル〕

9:10 朝食(55.3%) or 電話(30.2%) or 睡眠(14.5%) 〔東京都新宿区ホテル〕

10:50 性行為(30.2%) or 自慰行為(60.2%) or 睡眠(9.6%) 〔東京都新宿区ホテル〕

11:20 外出(98%)〔東京都新宿区ホテル→東京都渋谷区カフェ〕

11:40 昼食(70%) or 電話(19.9%) or ゲーム(10.1%)〔東京都渋谷区カフェ〕


 この予測値と実際にとった行動。そしてその際にモニタリングしている生体反応と体内の化学物質。これらを総合して、予測精度を上げていく。


 私はモニタの表示をできるだけ見たくなかったが、危険な兆候を見せれば警告が鳴るシステムを作っているとはいえ、自分の目で確認を怠るわけにはいかなかった。何せ、未来の行動を予測しているのだ。そこに完全性などは持たせようがない。


 だが、やはりこんな早朝に殺人犯の予定なんて見たくないものだ。


 私が嫌々モニタを眺めていると、同僚が声をかけてきた。一つ年下のがっしりした体形の男だ。


「カイトウさん、少しいいですか」

「どうした」


 同僚は親指で部屋の外を指した。


 誰にも聞かれたくない話なのだろう。


 連れだって廊下まで出てきた。てっきりそこで話すのだと思ったが、同僚はそのままエレベータの方へ向かう。


「どうしたっていうんだ」

「すみません、でも」


 そこまできて、このガタイのよい同僚がひどくおびえていることに気が付いた。


 確かにこの同僚は見た目の割には繊細ではある。しかし、大の男を、ましてや現場にはほとんど出ないとはいえ、警察官の男をここまでおびえさせるものは何だろうか。


 エレベータが地上に到着するなり、同僚は建物の出口に一直線に向かう。私はついていくが、不吉な匂いがぬぐえない。


 やがて、建物の外の広場についた。同僚はこちらを向く。今にも泣きだしそうな顔をしていた。


「カイトウさん、例の行動予測システム、取り付けられてるのはあの犯人だけですよね?」


 あの犯人とは例の子供たちを殺した外交官の息子を指しているのだろう。


「そのはずだが?」

「僕、見つけちゃって。あの。ファイルを」

「大丈夫か。落ち着け。なんのことだ」


 同僚はどう見ても大丈夫ではなかった。だが、私は取り乱す同僚と対照に自分が冷静になるのを感じた。


「多分、僕らの部門の職員、全員、あのシステムを埋め込まれています」


 私は冷静だった。冷静に思った。最悪だ、と。


 同僚は言う。


「あの犯人の行動予測のタイムテーブル。あれの過去のデータを調べようと思ったら、その途中で隠しフォルダを見つけて。中を見たら、僕たちの…」


 つまり私たちの行動予測のタイムテーブルのファイルを見つけたということだろう。


 同僚は不安そうに続けた。


「僕、自分のファイルを見たんです。3日前に予測されていた一昨日の僕の行動、ほとんど当たっているんです。彼女と会うのも、風呂や飯の時間も、AV見ることまで」


 やはり最悪だ。ここまでできるということは完全に装置を埋め込まれている。


 私は言った。


「君が見たのは我々の部門の職員のデータだな?他にはなかったのか」

「はい、我々の部門の12人の名前のファイルを見ました。他にはありませんでした」


 そしてすまなそうに同僚は付け加えた。


「あと、すみません。何人かほかの人のファイルを見ちゃって。カイトウさんのファイルも見てしまいました」

「構わない。なんて表記されていた?思い出せるか」

「えと、4日前ですけど目黒区の住宅街に行くっていうことが書いてありました…。カイトウさんの家は台東区だから不思議に思って…」


 私は暗澹たる気持ちに包まれた。目黒区の住宅街は友人の家がある場所だ。そして確かに私はその日、彼の娘に誕生日のプレゼントをするために友人の家に行った。まだ自分の相手が誰なのかさえもつかんでいないのに、すでにこちらの行動を把握されている。


 おそらくこのシステムを盗みたい人間が、開発者の動向を把握したかったのだろう。だが、すでに私の開発した技術は省内に共有されていて、いずれほかの機関にも伝わる。一体何が目的なのだ?


 また、どうやって装置を埋め込んだというのだろう。そもそも本当に装置は埋め込まれているのだろうか。と考えたところで、先日のコンノさんに渡された缶コーヒーを思い出す。私は味の違いが判らないが、もしかしたら睡眠薬が混入されていたのか。確かにそのあと強烈な睡魔が襲ってきた。そのあとに装置を埋め込まれていたのだとしたら。


 くそっ。


 この事態に私は適切な対処を判断することができなかった。とは言え、こちらが情報をつかんでいる、と相手に知られるのは良くない。


 私は同僚の肩をつかんだ。


「このことは他の誰かに話したか」

「いえ」

「この話はしばらく我々の間だけに留めておこう。状況からして、内部に敵がいる。信用できる人間を見極めて、徐々に結束するべきだ」


 コンノさんは、すでに有力な容疑者だが、そのほかにも裏切り者がいないとも限らない。


 同僚はうなずいた。


「よし。まず新任の分析官は信用するな。次に…」


 私がそういったところで、ズボンのポケットから振動音があった。


 別の同僚からの電話だ。携帯端末を取り出し、通話機能をオンにする。


「どうした?」

「カイトウさん、どこにいますか」

「省の目の前の広場だが」

「すぐに戻ってきてください、例の犯人が」


 そこまで言われて、私は建物に向かって走り出した。同僚は唖然としていたが、気を使っている場合ではない。


 エレベータでの移動が遅く感じる。一体何が起こっているんだろうか。


 エレベータが目的の階に止まる。私はモニタがある部屋に走っていった。


 部屋に入ると電話をかけてきた女性の同僚が立っていた。


 私はその同僚を見るなり、訊いた。


「何があった」

「さっき急にアラームが鳴って。今日の犯人の行動予測のタイムテーブルの表示が急に変わったんです。今までこんなことなかったのに…」


 私はモニタを見る。


 そして、最悪と言えるうちはまだ最悪ではない、と知る。


 そういえば、と先ほどの会話を思い出す。目黒区には友人宅がある…。


 今は9時20分。あと2時間とちょっとでこの予測は現実になる。


 そこにはこうあった。


2085/1/20(本日)

8:50 起床(85%) or 睡眠(14.5%) 〔東京都新宿区ホテル〕

9:10 朝食(55.3%) or 電話(30.2%) or 睡眠(14.5%) 〔東京都新宿区ホテル〕

10:50 性行為(30.2%) or 不明(60.2%) or 睡眠(9.6%) 〔東京都新宿区ホテル〕

11:20 外出(98%)〔東京都新宿区ホテル→東京都目黒区住宅街〕




11:40 殺人(97%)〔東京都目黒区住宅街〕


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