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わかりきった結末  作者: 早雲
第二部
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自由意思

 眼前には彩度の低い景色。


 無色透明なはずなのに、風までくすんだ色に見える。


 その日、私は友人とだだっ広い国立公園で散歩をしていた。冬が本格化した寒い時期に、男二人で、公園でデートときたものだ。絶望的な状況と言えよう。


 だが、心情的な面を無視すれば、公園で歩きながら話すというのは秘匿性という面で優れている。それゆえにあまり公にしたくない話をするのにはうってつけだ。これらの事情を踏まえ実務的な文面で誘いのメールを送ったが、友人からは「おしゃれしていくのも悪くないね」と浮かれた返答が届いた。


 おそらく研究のし過ぎで大脳新皮質周辺の細胞がアポトーシスでも起こしたのだろう。


 そんなわけで、私は、なかなか派手に着飾った友人と散歩するという憂き目にあっていた。


「やあ、浮かない顔だね。木枯らしの景色に同化しそうじゃないか」


 上機嫌に友人は話しかけてくる。


 私はあきれて応答する。


「景色から浮くよりましだ」


 彼は真っ青なコートをなびかせながら歩く。私が着ている地味なコートとは対照的だ。何が悲しくて原色をまとった男と歩かなければならないのか。


「僕らの発明品ちゃんはどうやらうまく働いているらしいね」


 友人はいきなり言った。相変わらず話題の切り替えが早い。


「ああ、正直ここまで正確な予想ができるとは思っていなかった」


 先日から、例の外交官の息子を対象とした行動予測システムの検証を行っていた。


 彼に埋め込まれた生体情報取得装置から送られてくる情報を分析していく。すると彼の心理状態がつまびらかになる。


 低次の欲求である食欲や睡眠欲、性欲はもちろん、好意、安堵、憐憫、歓喜、軽蔑などの高次-とされる-心理状態も、我々のモニタに表示される。送られてくる生理反応。心理状態。位置情報。時間帯。周囲の子供の有無。それらを総合して彼の次の行動が予想される。


 そのデータを蓄積し、連鎖させる。


 一か月間、データを集めて分析した結果、次の一週間の彼の行動を予測できるようになった。

そして、予測した行動の中に、子供たちがいる場での殺意や欲情が混じればすぐに警報が鳴るようにシステムを組んだ。


 私は友人にその報告をした。


「君のおかげだ。これで対象が事を起こそうとしたら、今度こそ取り締まれる。」

「それは重畳だね」

「このシステムだが、省内でも評価を受けている。分析官が足りなくてな。俺のほかにも新しく分析官が着任したよ」


 すこし友人の顔が陰った。


「ふうん。ちなみにどの省から?」

「…?新任ということだったが」

「そうか…」


 私は一応彼にねぎらいを伝えたかったので、あまり暗い顔をされては悪い気がする。


「なにか気になることが?」

「まあね。ちなみにその人の前職はわかるかい?」

「新卒っていう年齢じゃないからな。聞いてみたら民間にいたということだったが」


 それを聞いて友人はさらに顔をしかめた。自分の開発した技術をなるだけオープンにしたくない、ということだろうか。


 友人が不機嫌そうにするのに耐えられなかったというわけではないが、今回友人と寒空の下で散歩する原因になったもう一つの懸念事項を話すことにした。


「話は変わるが最近、どうも防犯関連の経済活動が活発なんだ。防犯設備や警備事業は基本的に我々が管轄していて、規制も多い。だから市場原理だけで勝手にGDPが上がるということが考えづらいんだが」


 友人は興味深そうに答える。


「へえ、じゃあ違法を働いて防犯設備に大量投資している人たちがいる、ということかな」

「いや、それはあり得ない。このGDPとして計算されるのは、法規に則った企業なり個人の経済活動だからな。非正規であればこのような動きにはならないはずだ」


 しばらく沈黙があった。そして友人はさもおかしそうにくつくつ笑った。


「ふふふっ、なるほど。君は結構愉快な推測をしているのか。すると国防省が何やら危ないことをしている、と言いたいのかい」


 その通りだった。防犯関連の法規制に引っかからず事業が可能なのは警察と国防省のみだ。


「まあ、危ないことをしているとは限らないけれどな」


 私がそう言うと、友人は本格的に笑いが止まらなくなった。


「あっははは。本気で思っているのかい。危ないことじゃない訳ないじゃないか。国防に関する予算の使用の内訳は必ず公表されている。確かここ数年は防犯に関する予算なんてなかったはずだ。本来警察の管轄だから当然さ。それなのに管轄を超えて、こそこそ隠れてお金を大量に使っている。これでもし、慈善事業なんかしていたら最高の冗談だけれどね」


 私もまあ、そう思ったからこそ、この話を友人にしたわけだが、ここまで盛大に笑われるとは思っていなかった。少し面白くなかったので、文句を言ってみる。


「国防省が危ないことをやる理由が見つからないんだよ」


 友人は笑いが収まってきたようで、手の甲で涙を拭きながらいう。


「そうだね、実は僕も商売柄、いろんな方面からうわさを聞くんだよ。僕のお客さんは製薬やら医療機器の企業が多いんだけれどね」


 友人の商売に興味があるのは、国と共同研究を結んでいない企業だ。国がヒトの遺伝情報をすべて“閲覧禁止”にしてしまったので、それらの企業は、違法にヒトゲノム情報を保有している友人を頼ってやってくるという。


「この前うちに来たお客さんが言うには、最近、国防省から、企業の研究者を引き抜きたいって旨の通知を受けたらしい。研究内容はゲノム情報を元にした行動予測。僕の研究と極めて近い。もっとも動物実験がメインらしいけど」


 それに、と友人は続けた。


「それに、分析官が新しく来たんだろう?状況からすればその人は多分、国防省の役人だろう。新技術の分析官についこないだまで民間にいた新参者が着任するなんてありえない。まあしばらくすればそれ相応の動きが出ると思うよ。」


 私は話が呑み込めず、返答に困った。


「それがどうしたと」

「わからないかい。まあ、わからないのも無理はないかもしれないな。前提の情報の差があるからね」


 友人は少し言葉を選んで、こう言った。


「つまり、国防省はヒトの行動予測を基にした“国民管理システム”を作っているんだよ。それも国民には知られないようにして」


 私は言葉を失いかけたが、かろうじて尋ねる。


「なぜそう思う」

「ここ数年、監視カメラが増設されているんだよ。一応僕も日陰者だし、監視カメラには極力映りたくなくて、この街のカメラの位置をマッピングしていたんだ。そしたら、この5年間でカメラの数が約3倍になった。」

「それが防犯関連の経済活動を活発にしていたのか」

「全国とはいかないまでも、GDPが上がっているなら、だいたいの主要都市部は同じく監視カメラが増えてるんじゃない?」


 私は驚いたが、納得した。しかしそれと行動予測機構による国民管理。どう関係がある?


 友人は続けた。


「僕が君にあげた行動予測のプログラム、どうやって作ったと思う?特定の人物のゲノム情報と監視カメラの映像を機械学習で組み合わせたんだよ。まあ、それだけじゃないけど、大まかにはそんな感じで。お客さんが持ってくる特定の人の生体サンプルのフルゲノムを読んで、その生体サンプルの提供者の行動を街の監視カメラをハッキングして映像を盗んで、最終的なシステムをくみ上げた」


 そして、溜息を吐く。


「僕の仕事は確かに”違法”だけれど、小規模なもんでさ。ヒトのゲノム情報なんて数十サンプル程度しかもっていない。だから、僕が誰かの行動予測をして悪さをしようと思っても、たかだか数人のプライベートを覗き見るぐらいのものだ。」


 この前の仕事は確かにヒトの行動予測を可能にするものだが、特定の人物のみを対象にしたものだ。


「でも、もし同じことを、全国民のゲノムを保有している政府の機関がやったらどうなるかな。サンプル数は増す。精度は上がる。それも”合法”に。そして、全国民の動向を管理できる」


 枯葉が風で舞った。平時なら寒さが堪えるが、今はそれどころではなかった。


「行動を予測できるということは、流れに沿ってやれば誘導もできるということさ。ある変化に対する行動変化も予想できれば造作もないんだ」


 風が一層強くなる。


「だから、このシステムが完成したら、誰も彼も自由意思を持っていると錯覚しつつ、政府に行動を握られることになる」


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