最善手
「依頼は、犯罪防止用の行動予測システムの開発だ。今、私が手がけているこのシステムを完成させるのを手伝ってくれ」
私の仕事は犯罪行為を起こした者の監視、制御、更生のための技術開発だ。主に刑期が終わって釈放された人間を対象にした技術だ。
我々の部署が作ったいくつかのガジェットはすでに現場に導入されている。例えば、医学的な機器で検知できない位置情報取得装置がその一つだ。
その位置情報取得装置は裁判で執行猶予を受けた者に埋め込まれるという措置をとられている。
そして、今回の事件の犯人に対しては、私が開発した犯罪防止用の行動予測システムを使用するという決定がなされていた。さすがにここまでの犯罪者を野放しにするのは当局組織の中でも危ぶまれたのだろう。
不起訴にしている以上、大々的な監視措置は取れない。だから秘密裏に対象者の身体に監視システムを埋め込む。
問題は私が開発したシステムは、まだ未完成という点だ。
心拍数、血中の心理マーカーとなる物質数。いくつかの要素を交えて対象の心理状態とそれに伴う次の行動を予測する。
だが、予測精度は犯罪行為を予防できるほど高くなく、早くもなかった。
「君がそんなシステムを作っていたとはね」
「未完成だがな」
「君の仕事にケチをつけたくはないが、何故未完成品が実用化されている?」
それはもっともな話だ。
「それ以外に方法がないからだ」
私だって最善手が他にあればそちらを採用したい。
「不起訴である以上は、人を付けることはできない。非公開ならある程度人材はさけるが、24時間365日とはいかない。一応、血液サンプルを取る際に位置情報の取得装置は埋め込める。それと一緒に開発した未完成品を埋め込む。この未完成品だが、現状の最先端はこの装置だ」
ほとんど電源をつけないというテレビの方を向きながら友人は言った。
「僕に依頼したいのは、その未完成品を完成させること、かな?」
「そうだ。予測精度を向上させてほしい。期限は一週間だ。その時の任意同行で犯人に装置を埋め込む」
しばしの逡巡があった。そして口を開く。
「僕も一応は商売だ。君は友人だし、融通を利かせたいが、いくら払えるかな」
私は数字を書いた紙を見せた。
前払いと成功報酬額を書いてある。私のポケットマネーだから、莫大な額とは言えないが、合計すると普通のサラリーマンの年収ぐらいの額だ。
「ふむ。その条件だと飲めないな。前払いも成功報酬もいらないから、時給制にしてくれないか」
不思議な要求だったが、はねのける訳にはいかないので、先ほどの数字を一週間、168時間で割って、紙に書きなおす。
「一日24時間働く計算になっているね」
「実態がどうにせよ、この仕事を受けてもらったらつきっきりになるだろ?一日何時間働こうとこの額を払うよ」
一応、私なりに誠意を示したつもりだった。
友人はゆっくりうなづいた。
「これで契約成立だね。この仕事は時給制だ。普通、時給は契約成立後の労働時間で給与が決定するね」
「何を当たり前のことを」
そこで友人はいたずらっ子のような笑顔を見せた。
「僕が受け取る金額は0円だ」
「どういう…」
「もう完成しているよ」
私は天を仰いだ。
「俺がこの仕事を頼むことを見越してすでに作っていたと?」
「まさか。もともと興味があって、この手法の開発に取り掛かっていただけさ」
確かにこの友人の専門を考えればすでにそれなりに知見は持っていると読んでいたが、完成されているとは思わなかった。
「とはいっても、君の物とはアプローチが違うけどね。僕は対象者の遺伝情報からその挙動を予測するプログラムを作っていた。でも、それだけでは足りない。リアルタイムの生体情報とバイオマーカーの情報が必要だ。そして、それは君がすでに作っている。だから君の技術と合わせて完成だ」
私は友人を見た。いたずらっ子の笑みは消えて、真っ直ぐこちらを見ている。
「今回は、お金はいらない。僕にも許せないものはある」
「恩に着る」
「着なくて構わないよ。その代わり、今度は高いお酒でも持ってきてくれ。一緒に飲もう」
私は笑った。
「俺は強くないぞ」
「だからこそさ。楽しそうだ」
さて。これで私は問題の解決策を得た。この問題は、社会の道義に照らし合わせたものだろうか。それとも、私憤だろうか。
いずれにせよ、最善手を打つだけだ。社会に所属している私。個人の私。どちらの行動原理も間違ってない。
だからこそ、どちらも達成するために最善手を打つ。
いつの間にか、友人が台所から、コーヒーのおかわりを持ってきた。
「あとで僕が作ったプログラムの説明をするとして。その前に会いたくないかい、僕の家族に」
一見すると可愛い女の子が、友人のかげに隠れて立っていた。




