135cm
「今回はどんな感じなのかな」
「まあ、さっきも言ったんだが、割と深刻だ。ニュースは見てるか」
「どのニュース、と聞くのはきっと愚かだろうね。会話をしているときは言語に囚われがになるけれど、想像力を駆使しないといけないな。おそらく、あの外交官の息子がおこした誘拐と監禁と殺人のことを言っているんだろう」
友人は続けた。
「そして、何やら不思議な政治的力学が働いて、犯人が釈放になったと」
「その通り」
私は博士課程を修了したあと、この国の警察機構で働くことになった。この仕事はベテランというほど長くない。だが、シンプルな論理はこの組織であまり力を持たない。力を持つのは、徒党を組んで猿山の大将になる者だ。
短い勤務期間で、それはよくわかった。
「最初は確か、事故の可能性があるからという理由で、名前が伏せられていなかったかな」
「そうだ。骨のあるニュース局が実名を報道して、大騒ぎになった」
大騒ぎになったのは、無論我々、政府の関連部署だけだ。マスコミには大いに圧力がかかったから、後追い報道はなく、世間ではほとんど騒がれなかった。その実名報道を行った”骨のある”ニュース局は代表取締役が何か曖昧な罪で逮捕され、株が一気にさがった。多分資金繰りが厳しくなり、そのうち倒産か安値で買い叩かれることになるだろう。
「なんにせよ、一度実名報道されては何かしらの法的な手続きをとるはずだと思うけれど。司法は存外世論に弱い」
私はこの馬鹿げた一連の事実をある程度知っているが、それを些細に説明する気にはならなかった。だから出来るだけ簡潔に言う。
「証拠不十分で不起訴だ」
友人は目を伏せた。伏せていてもわかる。怒りだ。
「僕は報道でしか知らないが、その事件は3人の子供が被害者のはずだ」
一人目の男の子は通学路で誘拐された。下校途中、友達とわかれて一人になった後に近寄ってきたバンに引き込まれた。
二人目の女の子はショッピングモールで母親とはぐれた時に誘拐された。母親が目を話した時間はわずか3分程度だったらしい。
三人目も女の子だった。犯行時には目撃者がいなかった。だから詳しい状況は分からない。しかし、かなり抵抗したことは後の調査で確認された。
いずれの子供たちも10歳に満たない。
監禁された場所は住宅街の一軒家だった。外見は普通の家だったが、一部屋だけ、異常な防音措置がなされていて、その部屋で子供たちは監禁されていたものと思われた。
三体の遺体は全て海に、簀巻きにして、遺棄されていた。
検死により子供がどのような目にあったかが確認された。
私は報告書を見たとき、脳みその神経細胞が焼ききれるような感覚を覚えた。
検死報告によると、一人目の男の子は、うなじの位置から鋭利な刃物で切れ込みを入れられ、そのまま背中の皮を剥がれた。背中以外にも腕、脚、頬の皮を剥がされ、それらの傷には大きく時間差があった。気まぐれに、思いつきで子供の体に刃を入れたらしい。
二人目の女の子は半田ごてのようなもので全身を穴だらけにされていた。髪を焼き、爪を焼き、その後、頬に穴をあけたようだ。痛みで気絶したら、起きるまで待ち、拷問を再開する。損傷は大きなもので計45カ所に及んだ。
三人目の女の子は一番外傷が少なかった。目立った損傷は両手の平、両足の甲に釘のようなものを打ち付けた後があったことだ。犯行現場と思われる部屋の壁には、ちょうど135cmの身長の人物の手足の位置に来るように釘穴があった。どうやら拷問を見させていたらしい。
そして三人の遺体の声帯から出血が見られた。何時間も叫んだせいだ。
犯人は直ぐに特定され、逮捕された。遺体が遺棄された周辺に設置された監視カメラに映像が残っていたためだった。まるで証拠の隠蔽など思いつきもしない、と言った風情の犯行だ。
すでに非公式扱いの事情聴取の記録では犯人は拷問マニアを自称していた。
拷問マニア。拷問マニアだと?
その部分まで、報告書を読み終えるまでに、私は、普段吸わないタバコ一箱分とコーヒー7杯と舌打ち38回、歯ぎしり553回を必要とした。その期間は、私が開発したストレス傾向を測定する装置を試験的に使用していた。報告書を読んだ時は、つけっぱなしにしていたので、正確な記録とそこから予測される精神状態が表示されていた。
装置の表示には”殺意”とあった。
この男の全身の皮を剥いで、半田ごてで両眼を潰し、そのまま、市街地に晒したって何も償えやしない。
そんな風に思っていた矢先に、犯人の父親である外交官が裏で手を回しているという話が漏れ聞こえてきた。その数日後、犯行現場の近くにいたが、直接手を下した証拠はない、という”ご意見”が検察上層部から降りてきたらしい。
そして、不起訴になった。
ご立派に、”推定無罪の原則”だそうだ。
友人は言った。
「それで、君は僕に何を頼みたいのかな」
友人の目には先ほどみた怒りはもうない。彼は自分が感情的になることが事態を好転させないことを、よく知っている。少なくとも、現実的な対策を取らねばならない時は、感情に流されないことが必要だと強く認識している。
私は言った。
「これから被害者が万に一つも出ないことが優先だ。そのために力を借りたい」




