友人
事の始まり、なんてものを紐解こうとすると、一世紀はさかのぼって政治やテクノロジーの歴史から語り始めなければならない。
だけれど、極めて個人的な事の始まりは、そんなに遠い昔ではない。
私にとっての事の始まりは、十年前にさかのぼる。
これは私と、私の友人の、罪の話だ。
〇
私がその家についたとき、あたりは夕闇に占められていた。
住宅街と呼べなくもないが、閑静が板につきすぎていて、この時間帯に散歩道に選びたいとは思えないような、そんな場所だ。
何となく落ち着かなくて、私はポケットに手を突込み先ほどコンビニで購入したキャップ式の缶コーヒーを取り出す。とてもあたたかい。飲み口が広くなっているのでコーヒーの芳醇な香りが楽しめるそうだ。正直なところを言えば、インスタントコーヒーだろうが、缶コーヒーだろうが、挽きたてだろうが、あまり気にしない。水分とカフェインと何となくの安らぎを採れればよい。おっと。道端で電柱に寄りかかってなんだか恍惚とした表情をたかだか130円のコーヒーにさせられている黒いコートと黒いスーツの30近い男は、ご近所づきあい的な価値観からするとよくないらしい。今、通りすがりのおばさんにものすごく不審な目をされた。
さて、本分を果たすとしよう。私は目の前のなんの変哲もない一軒家のインターフォンを押す。出ない。私がもう一度呼び出しをしようかとボタンに指をおいたときに、家のドアが開いた。そこには白シャツと洗いざらしのジーンズというシンプルな身なりをした、私と同じくらいの歳の男が立っていた。おとなしいそうな見た目で、やわらかい声で私に言う。
「ふうん。友達に会いに来るにも、なんだかたいそうな格好をしているね。国の役人さんは。飲み物は粗末だけれど」
居間に通された私は旧友のすすめられた席に腰をおろす。テレビがあるがスクリーンには何も映っていない。聞けばほとんど映画を見るためだけにしか使わないそうだ。私の部屋ではいつもテレビが付きっぱなしなのだが。
「さて、君がさっき飲んでいたものより幾ばくかましなものを淹れてきたよ。ご賞味あれ」
嫌みな野郎だが親切ではある。
「飲料メーカーの日々の努力をなめるんじゃねえ。缶コーヒーうまいぞ」
友人は取り合わない。どうも缶コーヒーをコーヒーとして扱われるのが嫌らしい。お前はコーヒーのなんなんだ。彼は私の缶コーヒーの擁護を無視し、話を進める。
「僕のところに来たってことは事態は深刻だってことみたいだねえ」
「そうだよ」
「事態が深刻になるまえに来てくれればいいのにっていつだって思うよ」
「最近できた法律が厄介なんだよ。下手したら実刑くらう」
「行政の民営化がトレンドじゃないか。君らの部署もそれに習えばいいと思うけれどね」
「たとえ俺の部署が民間に業務を委託するとしても、君の所には頼まないと思う」
「なぜ?僕の能力は君の知るところだし、これでも結構名は知れていると思うけれどね」
「あまり友人にこんな言葉を使いたくないが、君が犯罪者だからだ」
そう。彼は犯罪者だ。そして彼に依頼をする私も、罰せられる可能性がある。私の行為は国家公務員法第100条に抵触するし、もっと悪い場合は特定秘密保護法が適用されるかもしれない。そうなれば、おそらくは実刑判決が出るだろう。彼も逮捕されればおそらく言い逃れはできまい。なぜなら、彼の家の地下には大量の証拠が眠っているからだ。隠滅するにはかなり骨が折れるだろうから、その前に抑えられれば手の打ちようがない。だから、私と彼は好む好まざると限らず一連托生だ。
「そうだよ。僕は犯罪者だ。でも、僕の罪はなんて名前なんだろう?」
「法的に言えば、私事権保護法に違反している」
「なんだ。ちゃんと名前の付いた罪なのか。あまり同業者がいないと思っていたけど、既成の概念からはみ出るのは難しいね」
「きっと、近い概念としてはクラッカーだな」
「4進法のコンピュータ専門のね」




