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machine head  作者: 伊勢 周
10章 新しい日常
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無限大の構図


 その後、宗助と不破は場所を多目的トレーニングルームに移して、ドライブの訓練へと取り掛かり始めた。他の面々は、それぞれの仕事や訓練に就いている。


「ほんじゃあ、イメージが固まった所で、実技の時間だ。前に風船割りを課題にしておいたが、あれから練習してるか?」

「……あ、すいません、全然やってませんでした」

「……。お前な……。ま、あんだけビシバシやられてりゃやる時間もないか。ホレ、風船だ。今やってみろ。あんだけ訓練してるし、前よりかは結構いい線いくんじゃねぇの?」


 不破から風船を手渡されると宗助は素直に受け取って、以前同様手で風船を膨らませる態勢をとる。通常の口で膨らませるというのではなく(世の中には鼻や耳で膨らませる人間も存在するが)掌から空気を放ち膨らませる為の態勢。


 宗助は深く息を吸い込み、少し息を止め、そして大きく吐きだした。深呼吸を終え集中力を高めて、宗助は右の掌に力を込める。


――近頃の宗助へ宍戸が課し続けた激しい訓練の数々。確かに肉体は以前とは見違えるほど鍛えられたが、副隊長・宍戸の狙いはまた別の所にあった。


 ドライブは精神力の強さが物を言う。精神力とは簡単にいえば、自分の力への確固たる自信に他ならなくて、その自信が折れた時にそれは薄っぺらの紙同然となってしまう。自分の力への確固たる自信を得るのに必要なのは、普段からの弛まぬ努力、そして努力が直結した結果。この二つが揃わなければならない。

 努力だけで結果が出ないというのではかえって自信を喪失してしまうだろうし、運良く結果だけが出ても努力が伴わなければ本当の意味での実はつかない。今の宗助にとって『努力』とは厳しすぎる訓練そのものであり、『結果』とは当初は終わった後にはその場で倒れていた程の厳しい訓練が、徐々にではあるが『こなせる物』になりつつあるという実感。たったそれだけなのだが……『自分は日々強くなっている』という実感を宗助の頭に強くこびりつかせるには結構な代物で、そして――


 バァンッ!


 一瞬で膨れ上がった風船はすぐに激しい破裂音が響かせ、たちまちズタボロのゴムきれになり、そしてその先には不破の呆けた顔があった。


「……は?」

「やった!」


 顔を綻ばせて目の前の結果に喜ぶ宗助を、不破は暫く呆然とした表情で眺めていた。


「どうですか、不破さん! 割れましたよ!」


 と宗助が声を弾ませると、ようやくフリーズから回復してぎこちなく動き始めた。


「あ、ああ。……えっと、まぁまぁだな。うん、まぁまぁだ」

「まぁまぁですか!」


 そこにあるのは、微妙に動揺している不破と、素直に嬉しさを表に出している宗助。


(驚いた。……なんて野郎だ……まだ教えて二ヶ月しか経ってないっつーのによ……)


 不破は恐ろしい物を見るかのような目で宗助を見る。


(宍戸さんの特訓のおかげか? いや、多分……それもあるんだろうが、それだけじゃない……)


 そして、宗助の尋常ではない成長速度の速さに、ただただ感心させられていた。


「よし、そうだな……幸先良く風船も割れたコトだし、次の段階に行ってみるか。どのみち今日やるつもりだったが……ちょっとだけ予定繰り上げだ」

「次の段階?」

「ああ。続きはVR訓練室だ。ちょっと慌ただしくて悪いが……秋月にも話はつけてる。行こう」

「了解です」


 不破は、宗助が瞬時に風船を割った事に対して未だに動揺しているようで、少々ぎこちない発音で宗助に指示を出すと、自らも多目的トレーニングルームの出口へと向かう。宗助もそれに続き、訓練室を後にした。




 VR訓練室。宗助にとってはおよそひと月ぶりとなるその部屋では、相変らず秋月が忙しなく機械類をいじくっていた。相変わらず、彼女一人で全て管理しているとは思えないほどの膨大な量の機器が宗助を圧倒する。部屋に入ってきた不破と宗助の姿を確認すると、秋月は機械を弄るのを止めてそちらに向き直った。


「あら、随分予定より早いじゃない。どうしたの?」

「いや、な。嬉しい誤算って奴だ」

「ふーん。……ま、生方君の才能は眩しいくらいに輝いているから、予定繰上げなんてこれから幾つでも起こるでしょう。私、楽しみだわぁ」


 不破のその一言で概ね何があったか把握できたらしく、秋月は腰に手を当ててしなを作り、宗助を楽しそうな目つきで見つめる。そんな視線と言葉に宗助は照れくささと具合の悪さを感じ、誤魔化す為に笑を作ってみせた。どう見ても宗助のそれは苦笑いにしか見えなかったが。


「でも、悪いんだけどもう少しだけ時間がかかるの。その辺でゆっくりとしといて頂戴。出来る限り急ぐから」

 二人にそう言うと、彼女は再び機械類の操作へと手を動かし始めた。その言葉に従い、宗助と不破は機器類から少し離れた、座席スペースに二人同時に腰掛けた。せっせと働き続ける秋月を見ながら、不破は小さめの声で宗助に話しかける。


「なぁ宗助。秋月は、ああ見えてもドライブ能力の研究や実験もやっているんだ。なんつーか、まぁ、結構そちら関係の話もためになる……場合もある」

「ちょっと不破君、聞こえてるわよ。ああ見えてって何よ、どういう意味? 私はいつだって有益な事しか話さないし」


 不破のセリフにジト目をした秋月から小言が飛んでくる。


「……………。それでな、ドライブ能力の基本は全部天屋前隊長が教えていたんだが、その能力を科学的・生理的・肉体的だとか……まぁ、沢山のデータを出して数字としてはじき出して、効果のある訓練だとか食事とか生活リズムだとか、色々とそういうのを研究しているって訳さ」

「へぇ」

「そのせいで、あいつにはお前の数値が通常と比べて優れた数字を示しているってのがわかるんだってよ。性格上の事もあるしな、あいつが『才能がある』って言うのはお世辞なんかじゃないって事だ。自信にしていいと思うぜ」


 不破の説明を聞きながら宗助は、引き続きせっせと手際よく機械類を操作する彼女を見る。すると秋月が自らに向けられる視線に気付いたのか宗助の方へと視線を返し、ぱちっと一つウィンクをして見せた。そんな彼女の仕草に宗助は頬を少しだけ赤くして、咄嗟に視線を外す。


「おい、どした?」

「いえっ、なんでもありません」


 隣の不破が怪訝顔で宗助を見つつ尋ねるが、宗助は雑念を振り払うかのように目を瞑り早口で無事である事をアピールするのであった。



          *



 一方その頃。

 稲葉は、アーセナルの情報部へと足を運んでいた。情報部とは宗助がアーセナルに担ぎ込まれた当時に、彼の素性を殆ど丸裸にした例の部署である。

 名前の通り膨大な量の情報を収集・管理をしている部署で、その性質から当然誰もがそこで働けるという訳ではなく、元々アーセナルで勤務している者の中から選定され、その上で一年間の研修を経た後に、様々な関連資格を取得させられ、その上で更に、最終的に七次に及ぶ各種面接を通過した者のみが働く事の出来る部署である。そこで働く者にとっては、その部署で働くことは相当な昇格であると見なされているが、殆どの者にとっては気苦労の方が多そうというイメージがあって敬遠されがちである。

 ちなみに不破が苦手としているのは情報『処理』部の方であり、そちらの方はアーセナル全体の運営システムを作成したり、そのシステムが異常をきたした時に於いてメンテナンスをすることを主としている。

 稲葉は情報部にて、リル・ノイマンとジィーナ・ノイマンの二人、そしてゼプロ・イヤンクという今回の事件の犯人について調査を依頼していた。しかし、世界中の戸籍名簿へとアクセスできる程の情報力を持つ部署を以てしても彼らのデータを収集する事は出来なかった。どの名簿にも、彼らの名前は『存在しない』から。

 そんな状態で今までどうやって暮らしてきたのかは気になるところではあるがそれはさておき、稲葉はある程度その結果を予測できていた。ブルーム然り、ミラルヴァやフラウア、シリング然り、名簿に載っていない人間は彼らが初めてでは無かったから。


『無戸籍の孤児か、或いは偽名か。それとも……』


 様々な憶測は飛ぶが、どれもこれも決定打にはならず。

 稲葉が彼女たちに幾つかの質問を直接ぶつけても彼女達はただ謝るばかりで自分達の事を話そうとはしなかったし、稲葉としても、彼女達の正式な生い立ちが判るまでは命を預け合おうとは思っていなかった。

 稲葉がこれまでのこの件について考えるに、共通する事項と言えば、皆一様に外国人の様な名を持ちながら、外見を見ても、肌や髪の色は多少差異があるものの殆ど平均的な日本人のそれで、言語も流暢に日本語を話すという事だ。文字もしっかりと書けている。

 現在出揃っている情報を頭の中で整理しつつ、膨大な資料が管理されているその室内で稲葉は一人の情報部職員と話をしていた。


「余程の訳あり、というのは大前提でお話を進めなければなりません」


 情報部所属職員の一人、黒岩絵里は柔らかい口調で稲葉に話しかける。


「それ程までに話したくない理由があるのでしょうね。ましてや、出会って一週間も経たない人に、ぺらぺらと自分の素性を話す事が出来ないと思います。自分がもし彼女達の境遇だったらと置き換えて考えてみますと、余計に」

「そうだな……。彼女達に全てを話してもらえるほどに心を許してもらえるよう、根気よく対話を続ける必要があるだろう」

「ええ。そうですね。人と人との距離を縮めるのに、近道も遠回りもありません」

「まぁ、彼女たちは一応こちらからすすんで保護したという形だから、無理矢理聞き出そうっていうのは正しい形ではないと考えている」

「おっしゃる通りです」

「距離を近づける事が必要というのは、今の所宗助と千咲が一番期待は出来るんだが……。なんにしろ、情報部でも手掛かりゼロって事は、彼女たちの素性がわかるのはもう少し先って訳か」

「はい。お力になれず申し訳ありません」

「いや、いいんだ、謝らないでくれ。いつも助けてもらっているよ。そう毎回毎回頼りきりというのもムシが良すぎる」

「助け合うのは当たり前のことです」


 平静な顔で稲葉に反論すると、稲葉は参ったという顔で「その通りだ」と言った。そして続ける。


「そもそも俺は、彼女達はブルームやマシンヘッドとそう関係が強くないんじゃないかと見ている。実際にミラルヴァはリルを狙っていたレスターの事を知らなかったからな。それに、マシンヘッドは命を奪う。レスター達の言う『リルを故郷に連れて帰る事が目的』というのとは、大きくかけ離れてしまっている」

「……確かに、彼女達とマシンヘッドを結びつけるのは少々無理がある、とは感じます。実際に、彼女達の周囲にマシンヘッドが現れた、という事例がある訳でもありませんし」

「うむ……。ま、今はあの二人はそっとしておく事にするよ。スワロウへの勧誘もしない。宍戸が、捕縛中の三人から上手く聞き出してくれると良いんだが……」


 稲葉はそこで、小さく溜め息を吐いた。真実と隠し事、どちらに到達するのにも、まだまだ道は遠そうだ。



          *




 ――同時刻、某所。


 ミラルヴァは、ただ静かに『機械を作り続ける機械』を眺めていた。金属と金属がぶつかり合う音が甲高く響き、ところどころで火花が散っている。煙があがり、これまた鉄臭い熱風が大きな室内を走り抜ける。部屋中に張り巡らされたパイプや電気コードの類が、一層独特の鉄工場くささを際立たせる。

 機械が機械を作る。機械を作る機械を、機械が作る。機械を作る機械を作る機械を、機械が作る。以下エンドレス。部品さえあれば、無尽蔵に増えていく機械。もちろん、彼がスワロウから奪い持ち帰った鉄材も、その部品に該当する。

「どうした? ぼんやりして。風邪でもひいたか、ミラルヴァ」

 名前を呼ばれて振り返ると、そこには白髪交じりの中年の小男が軽い笑みを交えて立っていた。ミラルヴァの隣に立つと、倍ほどの身長の差があるのではないかというほどその二人の大小はハッキリしていた。


「……ラフター。新タイプのシーカーの設計とやらは終わったのか」

「あぁ、概ね。お前さんのおかげで、私の作品達がまた一つ進化を遂げそうだよ。礼を言う」

「及ばんさ」

「なら、勝手に感謝しておくことにするよ」

「そうしてくれ」

「ブルームは、お前さんの今回の資材収集の内容をもう少し詳しく知りたがっているようだが……」

「奴が知りたがっているのは、厳密に言えば、例の生方宗助についてだろう。その件なら、既に話した内容が全てだ。もう話すことは無い」


 そう言って、ミラルヴァは口を一文字に閉じて黙る。ラフターは少し訝しげな顔をして、ミラルヴァの表情を読み取ろうとしたが、その表情からは何も感じ取ることが出来なかった。そして。


「……。まぁ、そう言うならそれでいいが……。ミラルヴァよ、あまり、ブルームの奴の機嫌を損ねるなよ」

「……」

「何もご機嫌を伺えと言っている訳じゃないんだ。私だって、奴に味方している理由は尊敬しているだとか、同じ目的があるだとかでは無い。利害が一致しているだけ。ギブ&テイクって奴さ」

「知っている」

「……ただ、逆撫でするべきではないと言っているんだ。奴を怒らせて、得な事等何一つないだろう。……お前さんの力なら、確かにブルームに対抗するのも難しくは無いかもしれんが」

「……」

「だがな……奴は、とことん狂っている。そして、何より冷たく黒く、あまりに深い。そして心のたがが外れている。制限というものが感じられない。『目的』を達成する為なら、なんだってするだろうし、何だって平気で斬り捨てる。奴のあの部分は…………あまりにも危険だ」

「それも知っている。だが、そんな奴に合わせるのならば、自分達もまた狂わなければならない。一定の線引きは必要だ」


 ミラルヴァはそう言うと、特に表情を変えることもなくラフターの横を通り抜けて、機械が機械を作る部屋の出口へと向かう。


「何万何億の命を犠牲にしてでも過去を取り戻そうとするなど、狂っていると言う他ない」


 そう言って彼が出口に差し掛かろうという時、ラフターはミラルヴァに声をかけた。


「おうい!」

「……なんだ」


 ラフターの呼びかけにミラルヴァは立ち止まり、しかし振り向かずぶっきらぼうに返事をする。ラフターは特にその態度に気を悪くすることは無かった。


「そう言えば、お前さんは、一体何のためにここにいるんだ。私は聞いていないぞ」


 数秒の間が空く。室内では相変わらず休むことなく金属のぶつかり合う音が響いており、熱風が絡みつく。


「……理由など、とうの昔に忘れてしまった」


 それだけ言い残して、今度こそミラルヴァは部屋から退出した。



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