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machine head  作者: 伊勢 周
9章 オブジェクトダイバー
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オブジェクトダイバー 7

「……今更離しても遅いっての。あんたが握っていたそのナイフ――」


 千咲は、ゼプロが慌てて投げ捨てたナイフをチラリと見る。それは未だ湯気を立てて、周囲の空気も歪めて、更には自身が持つ熱のせいで柄の部分は若干溶けて変形を始めていた。

 ブレイジング・ドライブ。それが彼女の能力の名前。燃え上がるような灼熱。彼女の手が触れた物は、触れてから発動するまでに数秒のラグがあるものの、凄まじい高熱を帯びる事になる。

 その温度はというと。


「一〇〇℃とか二〇〇℃とか、そんなヌルい温度じゃ…………って、聞こえてないか」


 熱と痛みに悶絶するゼプロを見て、千咲は少しつまらなさそうに話を切った。



          *



 ゼプロの今までのクールな態度や表情は千咲の熱によって溶けるどころか破壊され、彼は悶絶の表情を浮かべながら、右手を包む焼き尽くさんばかりの熱と激痛にのたうち、呻く。

 右手から黒い煙を吐き出しながら、大慌てで川に向かって走る。

 熱い、の一言で済ませられるようなものではない。まるで右手を何万本もの針で同時に串刺しにされたような痛み。そして同時に激しい電撃を浴びせられたような衝撃。

 指が痙攣を起こして自由に動かず、掌は全体が赤黒く変色している。皮膚はただれ、例えるなら熟れ過ぎたトマトのようであった。ゼプロはなりふり構わず川に自らの右手を突っ込む。周囲の水が急激に熱されたことによりジューッという音を鳴らして蒸気と化し、湯気がわきあがる。


「はーっ、はーっ、うぐっ……クソッ……はーっ、はーっ……」


 荒い呼吸の中に時折呪詛を交えながら、川の水に手を浸し続ける。激痛を少しでも和らげるためか、或いは誤魔化すためか、左手で右手首のあたりをぎりぎりと音が聞こえてきそうな程強く握りしめている。一体どんな温度で焼かれればこんな状態に陥るのだろうか。

 どれだけ水で冷やそうとも手の中の灼熱は消えてくれず、彼の体中からは汗が吹き出し、出すつもりのない呻き声も勝手に喉から漏れていく。


「戦闘中に川でパチャパチャ水遊びとは、なかなか余裕がおありのようで」


 少し嫌味っぽい声と台詞は千咲のもの。彼女は、必死に川に右手をつっこむゼプロのすぐ背後に立っていた。


「……ふーっ、はーっ……ふーっ、はーっ……」


 ゼプロは汗まみれで、苦しそうに肩で呼吸をして身体を揺らす。そして声に振り返ることなく、背後の千咲の存在を感じていた。


「ふーっ…………」


 そして次の一呼吸の瞬間。ゼプロは振り返り、左手一本で千咲に飛びかかった。目は見開き、歯を食い縛り、それはまさしく必死の形相だった。だが千咲は特にそれに動揺することなく、彼の拳が届く前に、刀で彼の左わき腹を思い切り振りぬいた。鈍い打撃音と骨が折れる音が幾つか響き、ゼプロは吹き飛び、まるでラグビーボールのように地面を転げまわる。


「あれ? 服とかに潜って避けないの?」


 何故か攻撃した千咲自身が、意外そうに攻撃した相手にその対処のまずさを問うが、ゼプロはその時、能力に集中できるほどの精神力を持ち合わせていなかったのだ。

 ゼプロは左手を地面について起き上がろうとするが、今しがたの千咲の攻撃によって左胸肋骨を数本骨折し、更にそれを覆う皮膚にも重度の火傷が負わされていて、上手く力を入れる事が出来ず、呻き声をあげて再び地面に這いつくばった。


「……ザマァないね。自分で本気出せとか言っておいて、ちょっと力出したらこの始末。まぁ、相手が弱いに越したことはないけどさ」


 ゼプロは体の無事な個所を上手に使い、よろよろと起き上がる。ジィーナを痛めつけていた時のあの物静かな様子・態度はナリを潜めて、苦痛と悔しさと怒りを顕にした瞳と表情で千咲を睨みつけた。


「えー、まだやる気なの?」


 睨まれた千咲は、いかにも驚いた、という表情で言う。言葉はなくとも、ゼプロの様子を見れば彼が今どういった精神状態をしているかある程度図り取れる。


「あのさぁ。もうそろそろ私の仲間が来るよ? ジィーナさんも助けるし、リルは今頃保護されてるし。残念ながら、もうあんたに勝ち目なんて欠片もないね」

「……確かに、俺が今から、目的を果たすのは、相当難しいようだ……認めよう」


 ゼプロは未だに息が荒く、途切れ途切れで言葉を話す。


「だが、お前との勝負は別だ……!」


 ゼプロは歯を食い縛り、痛みをこらえながら両手で自らのズボンに触れた。するとまるでマジックかなにかのように、彼の両手それぞれに複数のナイフが現れたのだ。

 合計して七本。今、七本のナイフが彼の両手にある。


「……ほんと、何本もってんのさ」


 千咲が苦笑いを浮かべる。


「っていうかむしろ、よくその手でナイフ持ってられるなって感心するわ」


 呆れた風に言う千咲に対して、ゼプロは先程からずっと変わらぬ殺気を放っていた。


「この攻撃で……。この攻撃で、お前との勝負に、決着をつけてやる! 覚悟しろ……!」

「……なんか、キャラ変わってるよ、あんた」


 おどけて言いながら千咲は、剣を構えなおす。

 そんな彼女の首筋にも、決して軽傷とは呼べない程の傷と出血があり、それは未だに彼女の衣服を血で染め続けていた。しとしとと、また少し雨の勢いが増した中、二人は静かに睨みあう。

 五秒。

 十秒。

 今度は、先に動いたのはゼプロ。

 手に持った無数のナイフを、千咲の頭上へ向けて一斉に投げた。投げた速度はそう速くはなく、ナイフは夜の空へ向かい、次第に緩やかな放物線を描く。


「??」


 千咲はその攻撃の意図が掴みきれず眉間に皺を寄せるが、一瞬後、その同時ナイフ投げの意味を理解する。投げられて今まさに自分の周囲へ降り注ごうとしているナイフ。

 それ自体は千咲にとってさほど恐怖では無い。避けられない攻撃では無いから。上空を飛ぶナイフから視線を少し下げる。ゼプロがいない。姿を消した。


「成程」


 小さく早口で呟いて、千咲は数歩後ろに下がる。ナイフ投擲のコントロールはバラバラで、千咲への危害となったのはほんの二本のナイフだけ。他は全て千咲に当たるどころか彼女の半径二メートルに掠ることすらなく地面に落下し、キン、と高い金属音が幾つも連続して鳴った。

 しかし千咲はむしろ、拡散したナイフに厭らしさを感じていた。

 複数のナイフを投げる事によってどのナイフに潜ったかを識別できないようにして、注意を拡散させてその隙を突くつもりだという事はすぐに読むことができた。だが、それが読めたからといって今、彼女から出来る攻撃というのは存在しないのだ。


(あの火傷と怪我なら、普通よりもドライブの持続力も鈍りそうなもんだけど……)


 千咲は目だけを動かして、地面に転がるナイフの位置を全て確認する。


(追い詰められたことによって、更に精神力を生み出してくる可能性もある)


 相変らずゼプロは姿を現さない。あるのは、雨の音が作り出す静の景色だけ。

 ここでまた考える。自分がゼプロならばどう攻撃するだろうか。


 逃走だとかジィーナを連れ去るという行為をするのには、今の複数のナイフ投げはあまりに非効率的な行動であるので予測から外す。勝負をつけると言った以上、ゼプロはあくまで自分を倒して、そのまま一旦退避するつもりであるはず、と。


 それを前提に、千咲の頭には二つシミュレーションが出来上がっている。


 一つ。散らばる幾つかのナイフの中に未だ潜んでおり、そこからまた小刻みに石だとかボールを投げて懐に潜り込んでくる方法。


 もう一つ。ナイフから既に地面へと乗り移っており、足元から攻撃を仕掛けてくる方法。


 大きく分けると、そんなところ。

 そして彼女は、そこで考えるのを止める。

 あらゆる場面に対応する為の心構えと柔軟性は必要であるが、ここまで来たらやる事は一つ。


『姿を現した瞬間、ボコボコに叩きのめす』。


 単純明快だ。



 そして数秒が経つ。決着の時へ。


 千咲の左後ろ方向から二個、こぶし大の石が飛来する。これを弾かず、後方に軽く跳んで避けた。そして千咲が着地したとほぼ同時に、ゼプロが千咲の背後に全身を現していた。

 ここまではゼプロの狙い通り。千咲がこの戦闘の中で、ゼプロの投じた物が自分の衣服等に接触することを嫌い少し大げさに避ける事を見通して、陽動の石を投げ、それを避ける為の跳躍動作により出来た隙を突くという物。

 手だけを出して足元を狙うなどという狡い攻撃ではなく、会心の一撃を心臓という急所に突き立てる為の、防御を捨てた全身を出現させての攻撃。

 静かなる一撃が、千咲の背に突き立てられようとしていた。

 ゼプロの左手に逆手で握られたナイフが妖しく光る。

 急所攻撃の正確性を僅かでも高める為にナイフを引く動作は最小限にされているが、それでも切っ先が少しだけ震える。ゼプロにとっての正真正銘最後の一撃。

 次の瞬間――。


「くyぶっ!」


 この低くどこか間抜けなうめき声は、当然千咲ではなくゼプロの物。ゼプロのナイフは最後まで彼女に届かず。逆に千咲の刀の柄尻が、ゼプロの顔面にめりこんでいた。


「ダメよぉ、そんな簡単に姿を現したら気配ダダ洩れ。ただでさえ攻撃が見え見えなのにさ。ワンパターン野郎さん」


 振り向きざまの、遠心力が効いた重たい一発にゼプロは後ろによろめき倒れそうになるが、千咲はそれさえ許さずに倒れる前に右手でゼプロの髪の毛を鷲掴みにする。先程彼がジィーナにしていたように。


「勝負を急いだら良い目はでない。これ鉄則」


 髪の毛をぐいっと引っ張り引き寄せて膝蹴りを一発鳩尾に打ち込み、掴んでいた髪の毛を離す。蚊の鳴くような呻き声と共に崩れ落ちるゼプロ。だが、千咲は彼が倒れる事さえ許さない。

 千咲は更に身体を捻り、野球やゴルフと見間違うほどの綺麗でのびやかな一閃を、崩れ落ち行くゼプロの腹部に打ち込んだ。


 会心の一撃を喰らったゼプロは鉄砲玉のように吹き飛んで、それはもう、彼がジィーナを付け回した時に潜っていたボールよりもよっぽど地面を跳ねて、転んで、回転して、地面の石ころを跳ね飛ばし。


 そのままの勢いで土手に激突して、ゼプロ・イヤンクは完全に意識を失った。


【設定資料】


【ゼプロ・イャンク】


年齢不詳。身長173cm。黒髪のモジャモジャ頭で、ナイフファイティングが得意。

物体に潜行する事ができる能力を持っており、石つぶてや野球ボール程の大きさが潜行できる物体の大きさの下限。また潜行していられる時間はそれほど長くなく、人間が水の中に潜っていられるのとほぼ同じ時間が限界の長さであり、それを過ぎると本人の意志は関係なく潜行が解除される。

潜行している間は無敵で、物体自体を破壊しても本人にダメージはないが、破壊されて物体自体の大きさが下限を下回ると強制排出される。


リル・ノイマンとジィーナ。ノイマンの身柄を狙っていた(理由は不明)。


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