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machine head  作者: 伊勢 周
9章 オブジェクトダイバー
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オブジェクトダイバー 6


 ジィーナとゼプロが交戦する少し前。生方宗助は少し草臥れた顔で、アーセナルのオペレータールームに向かっていた。


「……ほんと、なんなんだ急に……」


 宗助がそうぼやくのは何故かと言うと。

 少し前に、いきなり千咲から宗助の携帯に連絡があったのだが、スピーカーから流れる彼女の声はなかなか焦っていて、どこかを走っているらしく足音と吐息が入り混じった物だった。肝心の内容はと言うと『今すぐリルの所にいって、あの子の傍にいてあげて』といったもの。

 自分の記憶が正しければ、彼女は今、リルとジィーナの護衛&監視の任務に就いている筈だ。それにも関わらず、彼女の口から発せられたのが『リルの傍にいてあげて』とはこれ如何に。


「じゃあお前は今何処にいんだよ、って話だ」


 ここにいない彼女に対する当たり前の疑問。宗助はそんな独り言を呟いた。だがしかし、隊員として頼られるのもまんざらではないようで、宗助は疲労の色は隠せていないが、それでも少しだけ急ぎ足で、稲葉に外出の許可を貰うためにオペレータールームに向かっていた。

 そのオペレータールームが、少々慌ただしい事になっているとは露知らず。



 一方で、時間は戻り千咲が居る河川敷では。


「生きている物に使いたくない……?」


 ゼプロは千咲の台詞を、下らない物を見聞きした後のような態度で復唱する。


「そ」

「意味の解らない事を。今こうして命の奪い合いをしている時に使わずに、何時使う?」

「それは企業秘密」

「ならば、もったいぶったまま死ね」


 ゼプロは早口気味に言って、姿を消した。どこかに潜っているのだろうが、音も気配もしない。


「お断りするわ」


 千咲は姿の見えない男に向かって、吐き捨てる。

 ぽつりぽつりと雨が降り始めた。降りてくる雨粒の一つ一つを肉眼で捉えることが出来る程度の小雨。


(多分、私の読みは間違っていない……この潜行する能力は、それ程の持続性は無い)


 一文字千咲の集中力は、限界知らずで上昇していく。今の彼女の眼は暗闇の中のほんのわずかな動きも捉え、耳はほんのわずかでも人為的な音は拾う。相手の動きを幾通りも一瞬で予測する。


(そして私の勘が正しければ、あと数秒以内に必ず攻撃を仕掛けてくる……筈。そして)


 僅かな、金属と石の擦れるチリチリという音が耳に触れた。

 千咲は反射的に上空へ跳ぶ、まるでチーターかなにかのように軽々と三メートル程上空まで跳びあがって、眼下に広がる暗闇の河川敷を見ると、地面から生えたナイフを持った手が行き場を失い佇んでいた。


(やっぱり、『見えていない』……と考えていいのか)


 物体に潜行している、というのが、その能力者にとってどういう状況なのかは千咲には想像できない領域ではあるが、出来うる限りで想像してみた時に思った事があった。


『果たして潜行している間、外は見えているのか?』


 ゼプロがあまりにも正確に彼女の居場所を突き止めてくるので、千咲は最初、特にそこに疑問を持つことは無かった。

 そこで先程の『何故いちいち姿を現すのか』という疑問と併せて考える。彼女が立てた最初の仮説が、先程ゼプロ自身に対してカマをかけたような『潜行していられる時間に限りがあり、それはそう長くは無いのではないか』という物。

 そして今彼女の中に生まれた新たな仮説は、『潜行中は視覚が封じられ、聴覚や優れた空間把握能力などで相手の位置を突き止めているだけであり、潜行時間が長引くと正確に相手の位置を探るために姿を現して肉眼で確認せざるを得ないのではないか』という物だ。


(……あるいは、その両方……!)


 千咲の人間離れした跳躍が最高点を迎え、そして重力に従い地面へと降下しようとした時、ゼプロは全身姿を現した。彼はまだ、千咲がどこに移動して避けたのかを気付いていないようで、視線を左右にきょろきょろと彷徨わせている。上空で刀を両手で握り、狙うはゼプロの右肩部。刃を逆転させたまま、千咲は刀を軽めに握る。そしてそのまま、ゼプロへと刀を振り落した。

 だが。

 彼女の刀が叩いたのは、またしてもゼプロの着ていた衣服だけ。まるで旗を翻すように刀が服をひっかけて、雨を攫う。


「――くッ!」


 ゼプロは彼女が攻撃する寸前に上空からの攻撃を察知し、服の中に身を隠し、そして。今その服に、千咲の刀が接している。それが意味するところは、先程の二の舞だ。


「なんのつもりだ? その刃の向きは」


 そんな声が聞こえて、一瞬後。ナイフが刀から千咲めがけて飛び出した。刃が彼女の頬を掠り、そこに赤い線が走る。


「……そりゃあんたは服ごと刀に入ってんだもん、ナイフだって入るって話よね!」


 ギリギリ避けた千咲は、またしてもその投げられたナイフの中にゼプロが潜行しているであろうと予測し、ナイフが飛んで行った背後へと注意を向け、振り返ろうとする。だが。


「舐めるのも大概にしておけ」

「え?」


 低く冷たい声は、千咲自身が持つ刀から発せられた。ゼプロは千咲の刀の中に潜ったままだった。刀から今度は拳と腕が飛び出す。咄嗟に刀から両手を手放し、喉と心臓部を同時に隠すように両腕をクロスさせて防御すると、まさにその腕が交差した部分にゼプロの拳が激突した。

 再びガチン、と骨と骨がぶつかる痛々しい音が鳴り、千咲は衝撃に耐えきれず後方へ二、三歩よろめいた。刀が地面に落ちて、再びカラカラと石畳の上を回り踊る。

 プロセスは違えども、先程と全く同じ結果。千咲は、地面に転がる自分の得物を今ばかりは恨めしそうに睨んで、殴られた左腕を右手でひとつ撫でた。


「まだ、本気になれないか?」


 ゼプロは地面に落ちた刀から姿を現すと、千咲に言う。足元の刀を軽く蹴って、千咲の方へとやった。千咲の刀はカラカラと音を立てて地面を滑り、彼女の前で止まる。その目は冷たく無慈悲で、しかしどこか苛立ちを孕んでいるようにも見えた。


「………………。はぁ~~~~……」


 言われた千咲は少し間を置いてから、盛大に溜息を吐き、足を大きく一歩前に踏み出した。


「……わかった。もう、わかったって。そんなにご所望なら……存分に味わっていってよ。そんで――」


 更にもう一歩、ずいっと踏み出して、顔に浮かべるのは彼女お得意の不敵な笑み。


「後で、じっくり後悔したらいいわ」


          *


 千咲やジィーナが潜行すると表現しているが、ゼプロ本人は、自らの能力を『憑りつく』と表現している。物体の体積によって憑りつけるか否か分かれ、ナイフやボールなどがゼプロにとって限界の小ささである。その他にも、ナイフ等の小物を他の物体に憑りつかせて隠しておくことも可能。

 だがゼプロ本人が物体に憑りつく場合は、その時間に限りがある。およそ人間が水の中に素潜りしていられる程度の時間で、その時間を過ぎてしまうと本人のコントロールを外れて強制的に物体の外へ排出されてしまう。そして水の中に潜っている時と同じように、一度外に出たなら、再び中に入るにはちょっとしたインターバルが必要である。


 恐るべきことに、この数回の攻防だけで、千咲はその特性と弱点を掴もうとしていた。更には、ゼプロが身を隠してから攻撃に移るまでのテンポやタイミング、思考パターン等。細かくデータを収集している訳では無い。彼女はそれらを本能的に感じ取っているのだ。



 相変らず、雨が降っている。雨音さえ聞こえない、気にしなければ雨とも思えない程の静かな霧雨へと変わった。張りつめた空気が漂う中、千咲は場違いと思えるほどの緩慢な動きで、地面に落ちている刀を拾いあげ、刀身を撫でた。

 二人の距離は、ほんの三メートル弱だろうか。どちらかが大きく一歩踏み込めば、たちまち千咲の刀の攻撃範囲だ。さらに一歩詰めれば、今度はゼプロが支配する攻撃範囲。


「一応、加減はするけどさぁ……」


 千咲の言葉に、ゼプロの眉が、ピクリと動く。


「死なないでよ? こっちはあんたを生け捕りにして、聞きたいことがあんのよ。色々とね」

「……随分と威勢がいいな。大口を叩くのは、一撃でも俺に喰らわしてからにしろ」


 低く尖った声で反論すると、千咲は無言でまた不敵に笑う。ゼプロもゆっくりと背に手を回し、ナイフを取出す。


「好きねー、ナイフ。……あと何本持ってんのさ」


 千咲が笑みを崩さず言ったが、ゼプロはそれには特に反応することなく、ナイフを千咲に付きつけて、戦闘の構えをとる。


「……。はっ!」


 先に仕掛けたのは千咲。息を吐きながら、相変らず刀の刃を返したまま一歩右足を踏み込んで横なぎ一閃。

 ゼプロは特に先程までと変わり映えの無いその攻撃を不思議に思いながらも、自らの服の中に潜って千咲の剣撃を回避する。千咲の攻撃は不発、宙を舞う服を刀がひっかけてはためかせるのみ。

 そしてゼプロは当然、服から千咲の剣へと乗り移ろうとする。

 だがしかし。次の瞬間、千咲の刀から言いようのない、膨大な『エネルギー』のような物を感じ取り、同時に圧倒され、反撃に転じる事を思いとどまった。特に何か奇策を仕掛ける訳でもなく、千咲の剣とゼプロの潜る服が離れると、そのまま服の内側に再び姿を現し上着を着なおすと、素早く後方へ跳び間合いを取った。


「……!?」


 ゼプロは初めて感じた妙な感覚に冷や汗をかく。何人たりとも侵略できるはずのない物体の『中の世界』に、それを脅かす何かを、間違いなく彼女が仕掛けた事がわかったから。

 雨のしずくが一滴千咲の刀の刀身に落ちると、その水滴はじゅ、と小さい音を立てて、白い蒸気となって夜の空気に溶けた。ゼプロが目を凝らし良く見ると、彼女の持つ刀の付近の空気がゆらゆらと歪んでいる。彼自身が先程潜った衣服を素早く脱ぎ表面を確認すると、暗い上に黒い服で判別がつきにくいが、線状に焦げた跡が残されていた。

 ゼプロは慄いた。間違いなく、彼女のドライブは発動されている。その正体はすぐに理解できた。彼女のドライブ能力は―。


「……熱か…………! 剣に凄まじい高熱を宿しているのか?」

「さあ。たまにはコソコソ隠れずに、自分の手で確かめてみれば? ま、火傷じゃすまないかもしれないけど」

「……成程な。しかし、触れられなければどうとういうことは無い」

「あ、そ」


 千咲が揺らめく空気を纏った刀を持ち上げて、右足をすり足で踏み込みつつ第二撃を振り下ろす。ゼプロは服に隠れず地面に潜行する。千咲の攻撃はまたしても空を斬った。


「またそれ……?」


 呆れたように呟いて、千咲は自らの周囲の地面に警戒を向ける。

 そして間もなく、ジィーナの時と同様、千咲の背後の石畳から静かにナイフを持った腕が生え、千咲のふくらはぎに狙いを定めて振り上げられる。川のせせらぎの音も手伝って、ゼプロの攻撃は無音と言ってもいい。

 だがその奇襲に対し、千咲は人間離れした反応を見せた。ナイフが彼女の肌に達するまで五センチという程の所で、ナイフと自らの足の間に刀を挟んで、刀身で防御したのだ。


「そういう卑怯なマネは、私には通用しない」


 千咲が言ったが、しかしゼプロの攻撃はそれで終わりでは無かった。石畳の中からこぶし大の石が飛び出してきたのだ。もちろんゼプロが石畳の中から投げた物で、そしてそれと入れ替わるようにゼプロの右腕は再び姿を消した。


「……………っ!」


 千咲にもその石の意味は解った。間違いなく『中に潜んでいる』。

 石は千咲の目の前まで浮上、額の高さで最高点に到達し、その石から右腕とナイフが飛び出す。彼女の命を奪わんとする刃が、文字通り目と鼻の先で小さく揺れる。千咲は咄嗟に刀を振り上げて腕ごと石を弾き飛ばそうとするが。


「何が卑怯で何が卑怯でないか」

「――っ」


 それが間に合うはずもなく。


「俺には興味の無い話だ」


 声がして。次に千咲の喉元目がけゼプロのナイフが銀色の光を輝かせて突き放たれた。



 ぽたぱたぽたぽた、と鮮血が石畳に舞い散って、次にこぶし大の石ころがカツンとひとつ音を立てて地面に落ちた。

 千咲は、なんとか致命傷を負う事だけは避けていた。だが、攻撃自体を避けきる事は到底できず、無理な態勢で避けたためそのまま転び地面に寝そべった状態、更に彼女の左首筋の皮膚は裂かれ、そこから次々と鮮血が溢れ出ていた。

 ゼプロは石ころから姿を現すと、千咲の方を見やる。右手に握られたナイフの切っ先は血で濡れている。千咲はというと、血がいくつもどくどくと流れ出るのを厭う様子を見せずに、ゆっくりと立ち上がるとゼプロの方を向き、こう言った。


「武器を捨てなさい」


 突然何を言い出すのか、とゼプロは意表を突かれたような表情で千咲を見る。


「ほら。忠告してるの。今すぐ大人しく武器を捨てろって。まぁ、私からすれば、そのままでいてくれてた方が良いんだけどさ。一応、忠告」

「待て、一体何を――」


 ゼプロが言葉を放った瞬間、千咲は自らの右掌を持ち上げてゼプロに見せつけた。千咲が、いたずらっぽい顔を見せて言う。


「触っちゃった。あんたのナイフの柄」


 ドジュゥウ!

 そんな、肉が激しい勢いで焼かれる音が周囲に響き渡った。


「うぁ、が、ああっあああああっああああああ!!」


 あまりに情けないゼプロの悲鳴がそれに続き、彼の右手から大量の煙が巻き起こった。



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