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machine head  作者: 伊勢 周
9章 オブジェクトダイバー
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オブジェクトダイバー 3


 そう言ったジィーナの右手のひらの上に、一瞬で直径三十センチ程の水の球体が浮かび上がる。そう。彼女のドライブは、水を操る力。

 作り上げた水の球体を素早く標的にかざし、そして圧倒的なスピードで撃ち出した。

 一点集中で放たれた水は、凄まじい切れ味を持った水圧カッターとなり、男へと一直線に向かう。ほんの瞬きをする間に水圧カッターは男に着弾した。


 ……かと思われたが、またしてもあの音がその場に響いた。


 トン、トントン。


 男が居た場所には男は居らず、そこにはたった一つの野球ボールが転がっているのみ。男は水圧カッターが届く前に、何らかの方法で突然姿を消したのだ。


「それはもういいっつぅのっ」


 ジィーナは迷いなく、すぐさま攻撃の標的をそのボールへと向ける。再び腕を小さく振って、水を掌の上に素早く集め直し、再び射出、そしてジィーナが操る水は容赦なくボールに襲いかかり、一瞬で真っ二つに切り裂いた。ボールだったものはそれぞれ二つ共、ぽとんとむなしい音を立てて地面に落ちて転がった。


(……物に化ける能力……なんかじゃあないか……)


 呆気なく二つに割れたボールを見て、すぐに周囲へ注意を向ける。ジィーナは考える。それじゃあ、髭の男はどこに、どうやって消えた? と。


「……出てきたと思ったらまたこそこそと隠れて、何がしたいの?」


 ジィーナは小馬鹿にしたような態度でそう言ったが、応える気配はどこにも無い。

 はぁーっと、今日何度目かになるため息を吐いて、ジィーナは右手に再び水を集める。大気中にある水分や、すぐそばにある川の水。彼女は周囲に存在する液体は、血液など不純物を多く含むものを除いて全て支配下に置くことができる。(純粋な水ほど操りやすい)

 水を集結させている右手を頭上にかざし、その水を操り彼女を中心とする円を描くように水の『線』を周囲に張り巡らせる。それは世にも奇妙な光景だった。言うなれば、『水の糸』が、彼女の周囲にぐるぐると何重にも飴細工のように張り巡らされている状態である。その水の結界は、彼女に気付かれずに(つまり水に触れずに)その結界内に入る事を不可能とし、更には彼女の意思次第ではその水は瞬く間に触れた物を切り裂く刃になるのだ。

 しばらくしても敵が姿を現さないため、ジィーナはとりあえずと自らが切断したボールに歩み寄る。


「……何の変哲もないボールだけど……これに一体どういう意味があったっていうの……?」


 足元に転がる二つの半球を見下しながら、ジィーナは単純にそのボールが三度にわたって自分に付きまとった理由を考える。

 彼女が見た所、そして実際に自らの能力で破壊したところ、ボール自体がドライブ能力の一部ではないという事は感じることは出来ていた。だが、そのせいで余計に謎が残る。

 見当もつかないが、しかしこういった類の敵が無意味にボールを転がしたりして遊んだりするはずがないのだ。

 そして、たった今目の前で起こった事にも、もちろん考えを巡らせる。


(……あの男が一瞬で消えて、その代わりにこのボールが現れた……。……いいや、これは、入れ替わった?)


 ジィーナの脳内に、瞬間的な発想が過る。組み上がる一つの仮説。


(もしかしてあの男の能力は、何かと自分を瞬時に入れ替える能力なのでは?)


 その仮定で考えると、幾分かは納得のいく展開だった。ボールを遠くへ放り投げて、そのボールと位置転換すれば移動の速度や手間は段違いだし、ああやって自分の近くを転がっていたのは間合いを計っていて、不用意に近づいたり、隙があればボールと入れ替わり攻撃するつもりだったのかもしれない。

 そしてどんな能力だろうと、突然姿を消したと言うのなら突然姿を現しても何らおかしくは無い。その為に水の結界を張って全方向からの攻撃に備えている。

 ジィーナの仮定が正しいとして戦闘を進めるとしても、(つまり男の能力が物と自分を入れ替える物だったとして)どんな能力にも必ず制限や限界というものがある。

 例えば不破の能力では生きている物の形を変える事は出来ないし、宗助が一度に生み出せる空気の量にも限界はある。

 この場合だと、その能力の制限や限界は『物体の大きさ』に依存するのではないかとジィーナは予想した。そして更に言うと、殆どのドライブに共通する『手で触れる』という行為が、この男の能力にも必要不可欠なのではないかとも予想する。

 もし『物体と入れ替わる能力』だったとして、その二つの条件を無視できるというのなら、とっくに今頃、足元の石畳の上に転がる石粒だとかと入れ替わり、背後をとられ急所を一突き、再起不能にされているだろう。だが実際にはそうではない。


「念のため」


 ジィーナは再び体の周りに張り巡らせた水の線を疾走させ、半分に切断されたボールのそれぞれに攻撃を加える。瞬く間にボールは細切れになり、バラバラになって石畳の上に散らばった。水は龍のように宙を唸って舞い、すぐにジィーナの周囲へと戻る。再び、場は川の流れる音だけになって、そして僅かに、ジィーナの呼吸の音がそこに混じる。


「……持久戦にでも持ち込むつもり……?」


 ジィーナが小さく呟いたその時、彼女の左ふくらはぎに激痛が走る。


「っ、うぅっ……!」


 彼女はたまらずうずくまり、自分の左足に目を向ける。そこにはナイフや包丁のような鋭利な物で深く刺されたような傷が負わされており、履いているジーンズがみるみるうちに血を吸って、赤黒いシミが作られていく。


(……攻撃されたっ! でも、どこから、どうやって?!)


 ジィーナは周囲を見回すが、相変らず辺りに敵の気配は無い。再び自らの傷に視線だけをちらりと向ける。


(攻撃の種類は解らないけど……これは遠距離攻撃? 予測は間違いってこと……)


 ジィーナは懸命に足を引きずってその場から離れようとするが、上手く身体を動かす事が出来ず、傍からするとただただもがいているようにしか見えなかった。

 彼女はその場から脱することを諦めて、水の結界を強化し周囲への警戒を一層強くする。

 その時。


「……まずは足」


 低い呟く声が聞こえた。

 ジィーナが背後へと振り向くと、男はまたしても、三メートルほど後方の橋げたにもたれかかって、何も感情を感じさせない目で彼女を見ていた。右手には、血にまみれたナイフ。

 その男の見せる瞳と表情は、他人を痛めつける事に対して何も感じていない者がするそれだった。喜怒哀楽、それらの感覚が壊れている人間特有の、怜悧な表情。

 ジィーナはジィーナで、そんな目をした人間と沢山遭遇してきた為、それに怯むことなく戦いへの気持ちを緩めない。左足にはズキズキと激しい痛みが走り続け、それは時間が経つにつれて大きくなっていく。これ以上動くなと脳に警告を発し続けていた。


「……さっきから、そんなにその橋げたが気に入ってるわけ? 格好をつけているつもりなら、全く様になっていないけど」


 再び挑発ともとれるような憎まれ口を投げかける。だが男の静かな表情に波が立つ事もなく。


「次は腕が良いか……それとももう片方の足も潰して、完全に機動力を消すか」

「……」

「お前からリルの居場所を聞き出すには、どれくらいの痛みと苦しみが必要なのか……試す事にするよ」


 男はナイフで素早く空を薙ぎ刃に付着した血を吹き飛ばす。暗闇の中を幾つかの小さな赤が飛び、床に幾つか血痕が走った。男は橋げたから身体を離し、ゆっくりとジィーナへと近づいていく。


「これくらいの……怪我を、負わせたくらいでっ……、もう勝った、つもり……!?」


 ジィーナは余裕の笑みを作り、顔色一つ変えず立ち上がろうとする。その瞬間、彼女のかかとや履いていたスニーカーまで、ジーンズでは吸いきれなくなった大量の血が滴ったが、彼女はそれでも傷口を左手でバチンと叩き誤魔化した。


「勝つ? お前との勝負など、始まってもいない。そんな下らない次元の話をしているんじゃあないぞ、ジィーナ・ノイマン」

「ナメんなっ!!」


 今度は水を固めて、その塊を上空へと撃ちだした。横を流れる河川の水をも支配下に置いたジィーナが操る膨大な量の水球―直径五メートルはあるだろうか―が男の上空へ浮かび、間髪入れずにまるでハンマーのように男を頭上から叩き潰しにかかる。

 大瀑布は男を丸ごと呑み込んでなお勢い衰えず、打ち下ろされた勢いそのままに地面に激突して轟音を辺りに響かせる。

 奔流は周辺の全てを呑み込んで、ジィーナの周囲だけを避けて流れていく。まるで激しい波が海へひいていくように、水は全て川へと戻っていった。


「はぁーっ……はぁーっ……」


 ジィーナは息を切らしながら、自らが操った水が荒らしまわった周囲を見る。男の姿は無い。ジィーナの操る水流が遥か彼方まで流したのか、それとも、男がなんらかの方法で再び攻撃を避けたのか。前者であることを願いながら、ジィーナは一通り周囲を確認し終える。


(……認めたくはないけど……。相手の能力もはっきりとわからないこの状況、この傷で戦うのは不利、というか、勝てない……。一旦距離を置ければ、考えを纏める時間を―)


「――うあぁッ!!」


 ジィーナは悲鳴を上げた。そして、地面に倒れ伏す。彼女の右ふくらはぎには、深々とナイフが突き刺さっていた。


「ぐうぅッ……、このッ」


 ジィーナは痛みの方向へと目を向ける。しかし直接の箇所である傷口ではなく、突き刺さるナイフのその柄に彼女の視点は向いていた。何者かの右手がそのナイフの柄を掴んでいる。その右手には当然手首があって、手首は腕と繋がっており、そしてその先には肘が――。

 無い。


(なっ……、なに、これっ!)


 腕は、ジィーナのすぐ足元にある石畳から生えていた。

 激痛に顔を歪めながら、ジィーナは精神を集中させて自らの周囲に再び水を集め、自らの負傷への影響を厭わずに、右足へとナイフを押し込んでいる右手へと水弾を撃ちこむ。


「ぐっ!」


 しかし『右手』はすぐにジィーナの足に突き刺していたナイフを引き抜いて、ナイフごと石畳の中へと消えて行った。ジィーナが見たそのままの感想は溶け込んでいったであったのだが。

 なんにせよ、彼女の両足はいとも容易く潰されてしまった。ジィーナの額や首筋に大量の汗が浮かび、彼女の顔は苦痛を隠せなくなっていた。


「この数年間……」


 今度は、ジィーナの右方から男の声がした。彼女は声の方へ視線を向ける。そこには、まるで朝日が水平線から浮かび上がって来るかのように、髭を生やした男が、ゆっくりと、最初は頭、次に首、肩、胴体、そして最後に足が、直立不動の姿勢のまま『石畳から生えてきた』。

 ジィーナはその異常な光景に戦慄を覚えながらも、しっかりと両方の目で男を捉えて離さなかった。


「数々の雇われ賞金稼ぎ共が、莫大な報酬目当てでリルを狙ってきた。依頼主が依頼する首は他にも幾つかあるが、一見して彼女が一番難易度が低いように見えるからな。見た目はなんてことのない小娘だ。だが、どういう訳か金額は一番高い。狙いが集中するわけだ」


 ジィーナは男をきつく睨み、更に水弾を撃ちこむ。が、男はまたしても着弾前に消える。男は次に彼女の前方に現れ、話を続ける。


「だが、リルに辿り着いた者は一人としていない。それも全て、貴様が傍で守り続けていたからだ。だが……それも今日で終わりだな。あっけなく」


 男は血の滴るナイフの切っ先をジィーナへとゆっくりと向けた。


「あんたを川の魚の餌にする前に……一応、聞いておくけどさ……」


 ジィーナが、痛みで呻いてしまいそうな唇を噛み締めながら、男に話しかける。


「あんたは、あの子が今までどういう人生送ってきて、どうしてこんな事になって。なんで私とあの子がずっと一緒に居るのか、知っているの?」

「知らないし、興味もない。生憎だが」


 男のその冷淡な言葉を聞いて、ジィーナは奥歯をぎりぎりと噛みしめた。


「同情はする。ほんの、少しだけな」


 そのセリフを聞き、怒りに拳を握りしめて、肩を震わせる。


「あの子は……あの子は何もっ……何も悪くないのにっ……ただ、家族に会いたかった、それだけなのにっ! お前らが寄ってたかってッ!」

「言っただろう、興味が無い」


 起伏の無いその言葉に、ジィーナはかっ、と目を見開いた。


「ならあの子を狙わないで! なんにも知らないクセに、あの子をこれ以上苦しめないでよッ!」


 ジィーナは両足から大量の血を流し、足元に血だまりを作りながら、それでも顔を真っ赤に染めて怒りを顕にして、地の底まで響かせるように叫ぶ。

 こんな、溢れ出る感情をそのままぶつけた所で目の前の男に響いてくれるとは思わない。その程度で退いてくれるなら、最初からこんな事態にはなっていないはず。だけど、言わずには居られなかった。


「無理な相談だ」


 男がまた一歩ジィーナに近づいた瞬間、ジィーナは、水弾を再び男に向けて放つ。


(見えたっ!)


 その攻撃は、最初から男に当てるつもりは無かった。当たるとも思っていなかった。敵はどのようにして躱し、姿を消すのを見極めるのが、攻撃の意図だ。そして彼女は見た。敵が石畳の中に、まるで水の中に潜るように消えていくのを。先程の石畳の中から生えるように現れた現象と併せて、男の能力をおぼろげながら理解し始めた。

 水流の矛先をそのまま、男が『潜り込んだ』石畳へと向ける。先程の水のハンマーとは違い、攻撃力を一点に集中した鋭い水の突撃を。

 石の砕ける気味の良い音と共に、石畳は粉々に砕け散った。だが敵にダメージがあったような気配も手ごたえも無いし、そして実際、そのような事実も無かった。彼女にはそれも予測できていた。先程ボールを真二つに切断した時もそうだったから。だがそのお蔭で彼女は理解した。それ以外考えられない、という答えを。


(間違いない……こいつの、この男の能力は……! 触れた物に『潜行する』こと!)



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