隊長・稲葉鉄兵
(特殊部隊って……SOCOMとかSAS、スペツナズだっけ……要人警護、敵地潜入、人質救出、潜入……全部映画の知識だけど。なんで俺がそんな所に、何故だ、これは夢か……いいやしっかりしろ、覚えている最後の記憶は、確か妹の見舞いに立ち寄って……)
「おい、ちゃんと聞いてるか? これから自分が所属する組織に関する事なんだから、後で『聞いていませんでした』は通じないからな」
色々と思考を巡らせている宗助を尻目に、不破は「仕方ねぇなぁ」とため息混じりに呟いている。だがそこには、宗助にとって聞き捨てならない言葉があった。
「これから所属するってどういう――」
質問の途中、出入り口のドアの音だろうか、シャッと扉がスライドする機械音が鳴り、それに続いて人間の気配が新たに一つ部屋へと入ってきた。その気配が放つ足音は少し短い間隔で、ヒールがコッコッコッと床をノックして、宗助が横になっているベッドブースへと近づいて、パーテーションカーテンの前で止まる。
「不破さん、データをお持ちしましたが」
「ああ、えっちゃんか。ありがとよ、助かる」
不破が感謝の言葉を述べつつカーテンの向こう側に出て、すぐに戻ってきた。手には文字がびっしりと書かれたレポート用紙を数枚持っている。「えっちゃん」と呼ばれた女性はカーテンの内側に入って来ることはなく、レポートを渡すためだけに来たのだろう、「どういたしまして。それでは、失礼します」と踵を返し医務室を出て行った。
不破は早速そのレポートに素早く視線を走らせている。宗助は、一体何のレポートだろうか、と質問が途中だったにも関わらず、その正体を探るようにじっと不破の手元を伺っていた。だが。
(いやいや、さっきの質問にきっちりと答えてもらわないとダメだ。今の話じゃまだわからない事が多すぎるし、何かとてつもなく変なことに巻き込まれている気がする……!)
「あの、不破さんっ」
「あぁ、質問の途中で悪かったな。えー、なんだったか」
不破がレポートから目を上げて宗助に再度向き合った時、その手元のレポートが捲れ、宗助にも少しだけだが内容が見えた。眉間に皺を寄せ、その極小の文字群に目を凝らす。
名前:生方宗助。
誕生日:五月二十日(十八歳)
家族構成:父親 克典(五十一歳) 山菱テクニカ勤務
妹 あおい(十六歳) 仙石第一高校二年生
母親は二年前に逝去したため現在は三人家族。
身体データ:身長 一八一cm 体重 七十五キロ
血液型:A型。
好きな食べ物:肉料理・うどん・米料理全般
苦手な食べ物:酢の物とトマト。
所属:城東大学商学部
性格: 面倒見がよく、周囲から信頼もある。すぐに熱くなりやすい一面あり
異性交際歴:高校二年生の春から秋にかけて――
「なっ、ちょっとーー! 本当に待ってください! なんですかそれ、なんでそんな詳しく、なんでもかんでも書かれているんですか、俺の事!」
思わず叫ぶと、不破はレポートが宗助の目に触れたことに気づき慌てて捲れを直す。しかしもう遅い。
「お前が眠っている間にこっちで調べたんだよ。それで、さっきの質問は?」
「というか、だから! 最初の質問っ、ここ日本の何県の何処で、あなた達一体何者ですか!? 俺をどうしようっていうんですかーっ!」
宗助は、あまりに理不尽かつ理解不能、曖昧模糊な状況に、頭に浮かぶ言葉を迷わずに口からいっぺんに放ち切って、ぜぇぜぇと息継ぎをする。
彼の低くよく通る声は一同を慄かせた。少しの間、沈黙が場を支配する。しかし医務室を包むその沈黙はすぐに破られた。
破ったのは、「参ったなぁ」と苦笑して頭を掻く不破だ。
「悪かった、悪かったからちょっと落ち着いてくれ」
「だから、ちゃんと説明してくれれば落ち着きますってば……!」
また一悶着起こりそうになったその時、再び部屋の出入り口が開く音がした。新たにひとりの人間が入ってきたらしく、重く力強いその足音の間隔は広く、大柄な男性だと予測出来た。ベッドブースに近づいてくる。程なくしてカーテンが開き、予想通り、一人の大柄な男が入ってきた。
「隊長、お疲れ様です」
不破・一文字・瀬間の三人ともが、その男に対して声を揃えて言う。これまで少々ゆるい言動が目立っていた彼らも、居住まいを正した。
『隊長』……その言葉が意味するところは、その男こそが、彼らを率いるリーダーということだ。
「要、非番なのにすまないな」
「いえ、仕事に入りませんよ、これくらい」
隊長は続いて宗助に顔を向けると、宗助の顔をまじまじと見て……感慨深そうに目を細めた。
「君が生方宗助君か。……成程。報告通りだ、確かにどこか似ているな……」
「似てる……?」
「いや、すまない。こちらの話だ。知り合いに似ていたものでね。気にしないでくれ」
(気にしないでくれと言われても……)
次々と飛び込んでくる新しい情報に宗助も脳の処理が追いつかず……とにかく目の前にある物事をまっすぐに整理しようと、一度頭の中を平にする。
不破達が隊長と呼ぶその男の姿を改めて見上げると、身長一九〇センチは超える大きな体格で、身体のパーツそれぞれは鍛え抜かれており筋骨隆々という言葉がまさに当てはまる。一見野生的な風体をしているが、言動や仕草の随所に知性と優しさが感じられる。
頭脳と肉体を兼ね備えた軍人――宗助はそんな『隊長』の顔をじっと見つめていた。
「相当困りきった顔をしているな。その様子じゃ、満足が行く説明が出来ていないようだ」
「いやぁ、いざ話すとなると説明事項が多すぎて、何から説明していけば良いかとなりまして……」
宗助としては「いいえ、大変よく喋ってくれましたよ」と皮肉を込めて言い返したいところであったが、隊長の持つ厳かな雰囲気がそれをさせなかった。「この人間に下手につっかかっても無駄だ」と悟らされてしまう不思議で独特な雰囲気に、毒気を抜かれてしまっていた。
「まぁ、こういう機会は最近無かったからな……。そう硬くならないでくれ。俺から改めて説明をしよう。っと、その前に、千咲に伝えなければならないことが有るんだ」
「はい? 私ですか?」
「篠崎さんが、『直ぐに副司令室に来いと伝えておいてくれ』と言っていた。今回の件で作戦中の報告が遅れていたことについて少々、と」
「うわぁ……」
千咲は悲壮な表情で額に冷や汗を浮かばせ、不破はやれやれと苦笑いしている。しばらく呆然と立ち尽くし俯いていた千咲であったが、何か決意をしたのか顔を上げた。
「行ってらっしゃい」と岬の言葉に背中を押されて、「行ってきます……」とギリギリ周囲に聞こえる声量で呟いた後、弱々しい足取りで医務室を後にした。それを見届けた隊長は、座っている岬の隣に腰掛けると、口を開いた。
「最初に断っておくが、俺達は君の味方だ。信じてくれとしか言いようがないんだが……勝手にこんな所まで連れてきた事は謝る。だが、重傷だった君を迅速に治療する為には仕方なかったし、何より、どうしても君に話さなければいけない事があるんだ」
「あの、ロボットの事ですか?」
「それもあるし、他にも幾つか。まずは君にハッキリと現状を伝えておこう。現在の時刻は……午後九時七分で、君が病院で倒れてからおよそ三時間半経過している。そしてここは特殊部隊・スワロウの基地。場所は、仙谷総合病院から北東へさほど時間もかからない位置にある山間部。そうそう、君の妹さんは全く身体の健康状態に問題ないと連絡が来ていたからそこは安心して欲しい。そして妹さんの病室で機械兵に襲われた君を、そこの不破と、先ほど部屋を出た一文字が保護してここに連れ帰り、瀬間が君を治療した」
この間、宗助はやはり黙って聞いていた。その隊長と呼ばれた男性の淀み無い口調で語られる説明に口を挟めないのもあるが、先程大声を出して取り乱した事を恥じている部分もある。
「自己紹介がまだだったな。俺の名前は稲葉鉄兵。この特殊部隊スワロウの隊長を務めている。ここに居る皆の自己紹介は済んだだろうか?」
「はい。一通り」
「よし。ならば先へ進めよう」