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machine head  作者: 伊勢 周
8章 ジィーナとリル
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別人

「……。……へ?」


 千咲の突然の勧誘を受けたジィーナは、間の抜けた声を出して、目をまん丸にして千咲の顔を見た。リルはそんな二人の顔を交互にきょろきょろと忙しなく見ている。


「そっちの方がお互い都合が良いと思うんです。私達は人手もまだまだ少なくて仲間が欲しいし、ドライブを悪用する人を取り締まりたい。ジィーナさんはドライブを悪用してリルを攫おうとする奴らから守りたい。それなら私たちの所に来た方が、他にも仲間が沢山いるし、ここに居るより安全です」


 千咲の言葉を受けて、ジィーナはしばし考える。そして。


「……。あなた達がどういった団体に所属しているのかは知らないけど。そんな警察みたいな事、やれる余裕は私には無いわ。私が自分の力を振るうのは、この子に危険が迫った時だけだから」


 千咲の提案に対して、ジィーナは否定的なセリフを返す。が。


「ええ、それで良いんです!」「はぁ?」


 千咲が元気よく答えた。ちなみに間髪入れずに間抜けな声を出しのたのは宗助である。千咲の提案を蹴ったというのに、なぜかその事を千咲自身に肯定され、ジィーナの頭上には『?』マークがいくつも飛び交っている。


「あの、千咲さん? 私の話、聞いてた?」


 ジィーナが苦笑いを浮かべて千咲に尋ねるが、千咲の顔は至って真面目そのものである。


「ジィーナさんがリルを狙っている何者かと闘ってくれるのなら、それだけで私たちの助けになるんです。やっつけたらふん捕まえて、そいつらから私たちの欲しい情報を絞り出すことができるかもしれないし!」


 千咲はそう言って、力こぶを作って笑顔を見せた。


「そうは言ってもねぇ。そりゃあ、ここより安全だろうって言うのは否定しないけれど……」


 それでも渋い顔のジィーナ。頭の中では宗助達が自分たちにとって悪ではないと理解できているのだが、どうしても、出会ってまだ半日も経っていない人間の言う事をそのまま鵜呑みにはできなかった。すると千咲は、彼女から視線を外して、リルの方へと向いた。


「ねぇリル」

「なに?」

「私たち、これからあなた達と一緒に暮らせたら良いなって思っているんだけど……リルは私や宗助と一緒に暮らしたくない? 楽しいよ、きっと。山の中だから公園みたいに広い庭もあってたまにイノシシなんかも現れたりするけど、それはそれで面白かったり、うん。面白い人も沢山いるし、基本的にだいたい皆いい人だし。ちょっと男が多いからゴツゴツしてるところもあるけど、慣れれば問題ないわ」

「わぁ、イノシシ!? テレビでしか見た事ない!」


 千咲の話に対して、太陽のように輝く笑顔を見せたリルだったが、それも一瞬。何かに気付いたらしくその笑顔はなりをひそめてしまった。


「…………。…………えっとね。わたしが居たら多分、また変な人達が来るから……。それでまた、わたしのせいで皆が怪我しちゃったりしたら、もう……」


 それ以上を言う事すら怖いのか、リルは黙り込んで俯いて、腕の中に置いていた宗助からのプレゼントである熊のぬいぐるみを少しだけ強く抱きしめた。だが。


「大丈夫。私達の居る所は、こいつよりも強い人なんてわんさかいるんだから。例えば私とかね!」


 千咲は隣の宗助を左手の親指でびっと指し示して、そしてその指の指し示す方向をそのまま自分へと持って来て、勝気に笑った。


「その辺のボンクラが攻めて来ようが、返り討ちにしてくれるわ!」


 指を差された宗助自身も、千咲の話は事実であるので特に気を悪くすることもなく、(少々表情は呆れた物になっていたが)うんうんと頷いている。


「まぁそんな事になった所で、お前が気にする事じゃあない。一文字の話は俺も突然の事だからびっくりしたけど、その、なんだ。悪い話じゃあないと思う」

「ちょっとちょっと、リルを誘惑しないでー!」


 宗助がそこまで言った所で、ジィーナが苦笑いしながら宗助と千咲の勧誘を止めにかかる。


「あのね、ありがたい提案だとは思うし、あなた達が良い人だっていうのもわかる。リルもいろいろと事情があって交友関係もあまりないし、これからも話し相手になってあげて欲しいとも思ってる」


 そこまで言って、「でもね」と切り返す。


「やっぱり、そんなにすぐには決められる事じゃないよ。あなた達を疑っている訳じゃあないんだけど、やっぱり見も聞きもしたことのない場所に、『これから来て、一緒に暮らしてください』って言われて『はい、行きます』って返事が出来る程、私達は不用心に生きてきていないの」


 ジィーナは、なんとか千咲と宗助に対して失礼にならないようにやんわりと断りの台詞を述べる。千咲は、その返答が予想の範囲内だったのか「まぁ、やっぱりそうですよねぇ」と言って、つられたように苦笑いして頭をかいた。

 そりゃあそうだと宗助も思う。というかむしろ、自分はあんな勧誘方法でよく入隊したもんだなぁと妙な感心をしてしまっていた。宗助の場合を思い返してみると、気絶して起きたら既に連れ込まれていて、混乱している間に拒否権は無いと言われた訳であるが。今回のジィーナへの勧誘は温い方であるとさえ思った。

 千咲は少し考える素振りを見せて、うん、と一つ納得する。そんな彼女の横顔を見て、こっからさらに食い下がるんだろうなぁ……と、宗助は予想する。自分の時がそうだったからだ。

さて、千咲が出した次なる一手は。


「おっしゃりたい事はよくわかりました。それじゃあ……――」



           *



――。


 太陽が少しだけ西へと傾いて、上空は青空と言うよりはほんのり茜色に染まりつつあった。時刻は午後五時前。一文字千咲と生方宗助は、アーセナルへの帰路へと就いていた。


「なぁ」


 千咲が運転する乗用車の中、助手席に座る宗助は運転席に座る千咲に話しかける。


「なに」

「このまま帰って良いのか? 俺の時はもっと強引に……っつうか、ああいう事言うならもったいぶらずに前もって言っておいてくれよ。普通にびっくりしたわ!」

「だってあんた、そういう勧誘とか、演技したりするの苦手でしょ」

「う……」

「だから、私に任せといてって言ったの。近いうちにまた話をしに行くつもりだし今日はいいでしょ。あんまり長居しても迷惑と思われたら逆効果だし」


 宗助の頭には『じゃあ俺の家に半ば無理矢理上り込んだ上に泊まったお前らはどうなんだ』という反論が浮かび上がったが、もう今更だしあの時はそれ程迷惑とも思わなかったため言葉を胸の奥へとしまいこんだ。


「兎に角、もう夕方だし、明日も早いし。今日の所は帰って報告しておくだけにしておきましょ。リルの記憶の件も気になるからね」


 確かにそうだ、と宗助も思った。彼ははあの記憶をいじくる(不破の言葉では「記憶を置き換える」千咲の言葉では「夢を見ていたような状態にする」)装置の事は良く知らないのだが、そこのところも含めて、話を聞いておかなければと感じた。


「そうだな、基地に帰ろう。腹も減ってきたし」

「………。うん。あ、基地に戻ったら私の部屋まで荷物持って行ってね」

「………………あいよ」


 これは、本人も意識していない事だが。

 すっかり「基地に帰る」という言葉が板についている辺り、宗助にとってスワロウという場所は心落ち着ける確固とした場所になったようだ。

アーセナルへと帰る道。宗助は、前日に不破がデートだなんだと喚いていたのを思い出す。


(そらみろ、現実はこんなもんさ)


 宗助は、デートだ何だと騒いでいた上官に対して頭の中で自嘲気味に呟いた。そして、今はもっと気を向けるべきことが沢山あるという事を改めて認識した。明日からまた続くであろう宍戸の毎日の特訓や、始末書やら報告書。そしてそこに、マシンヘッドやリルとジィーナの事。

 まだまだわからない事や不安な事が山積みであり……、あとほんの少しの間だけそこから目を背けていたい気分であった。



          *



「ねぇ。なんで断ったの」


 リルとジィーナの家。人間の数が半減したことによって、いつもと同じ筈なのにすっかりと寂しくなったその部屋で、リルの沈んだ顔と声が重たい存在感を示している。彼女は明らかに不機嫌だった。相変わらず、熊のぬいぐるみを抱いてその熊の頭に顎を乗せて、アヒル口を作ってジィーナをじとっとした目で見ている。


「別に、断った訳じゃないわよ。ただ、すぐに返事は出来ないって言ったの。私だって、千咲さんの話が全部本当なら、それはそれで素敵だと思ったし。でももう少し考えてからでも遅くないでしょ?」

「宗助がもう一回ここに来てくれる保証なんてないじゃない」

「それなら、それまでの縁だった、って事なのかもね。彼らとは」

「やだ、そんなの」


 不満が前面に押し出された顔で、ジィーナの語ったもしもの世界を否定する。

 結局ジィーナは、千咲の勧誘に対する返事を先延ばしにした。千咲も千咲でそれ程食い下がろうとせず、夕暮れになる前には「長居しすぎるのも迷惑なので」と部屋を出て、二人は帰路に就いたのだった。


「まぁ、向こうから誘ってきてくれたんだし、これっきりって事はないでしょ。安心しなさいな」


 むくれているリルに、冷静な意見を言って聞かせる。

 そのリルはと言うと、やはり納得できないのか、はぁ~~~と大きく息を吐いて、ぬいぐるみは抱きしめたままごろんと床に転がった。もう少し二人と一緒にいたかった、というのもあるのかもしれない。そんなリルを横目に、ジィーナはリモコンを手に取りテレビの電源を付ける。


「あ、ほら。あんたの好きな『ピッキングパパ』やってるよ。元気だしなって」

「それ再放送!」



          *



 スワロウの本拠地、アーセナルに存在する多種多様な部屋達の中の一つ。薄暗い室内で、スワロウ特殊能力部隊副隊長・宍戸忍は椅子に座り、一人難しい顔でテレビ画面とにらめっこしていた。しばらく映像を見ては、リモコンで巻き戻し、再び映像を再生する、という作業を繰り返している。

 その時、部屋の自動扉が開き、同時に一人の若い短髪の男が宍戸の居る室内へと入ってきた。宍戸は入口の方へ、来訪者を確認する為に視線だけチラリと見やる。

「島野か」男の顔を確認して呟くと、すぐにモニターへと視線を戻す。


「はい、島野ッス!」


 島野と呼ばれた男は元気よく軽い調子で返事をした。


「宍戸さん、何見てるんですか? あぁ、例の生方君がめちゃくちゃやった時の記録ビデオッスね! 俺も見ましたけど、凄かったなぁ、生方君。いつの間にあんな事出来るようになったんだろ」


 一人で元気にペラペラ喋り続ける島野とは対照的に、宍戸はまた黙々と映像を再生しては巻き戻す作業を再開していた。宍戸が見ていたのは、宗助が先日ミラルヴァと対峙した時の映像資料だった。

 モニターには、宗助が空中で静止したり、金属製の車両をいとも簡単に斬り裂いたり、風で自らの身体を浮き上がらせ、爆風を巻き起こしている映像が映っていた。

 一通り再生が終了する。再度見返す。一体その行為に何の意味があるのか、それでも宍戸は、難しい顔で、唯ひたすら映像を見続けた。


「おぉ……。もう天屋さんに負けず劣らずって感じだなぁ。ドライブ能力も同じだし。一か月、不破さんはどんな訓練したんだろ。うわ、すげー」


 島野は流れる映像に対してただただ感嘆の声を上げ続けている。そのセリフを聞いた宍戸が、今までチラリとしか動かさなかった視線を島野の顔へと向けた。


「……ん、なんスか?」


 視線に気づいた島野が宍戸に尋ねる。だが宍戸は。


「いいや、なんでもない」


 そう言って、再度モニターへと視線を移した。島野もまたモニターへと視線を戻す。しばらくの間、二人してモニターを見つめていた。


「生方に話を聞いた。『お前、あの時何があったんだ』ってな」


 突如、宍戸が口を開く。


「……? はぁ。それで生方君は、なんて答えたんです?」

「『覚えていません』だとよ。全くかけらも覚えていないらしい。一度倒れて……。そう、このシーンだ。あいつはここまでは覚えていると言った。それから先は、何もわからないそうだ」

「覚えていないって、ドライブって俺は使えないからよく知りませんけど、精神の力が源なんでしょう? そんな状態でどうやってこれだけの力を……」

「しかしまぁ、現にこのシーンを境目に、生方は『異常』になった訳だ。言っている事と実際に起きた事が合致しない」


 島野の知っている宍戸と違って、この時の宍戸は少し饒舌だった。まるで稲葉と話している時のようである。よほどこの映像に興味があるか、納得がいかないか。それとも、喋る事によって頭を整理しているのかもしれない。


「ここ数日、生方の訓練に付き合ったが、まだまだこんなことが出来るレベルじゃあない。実際、目覚ましい速度で成長している。成長はしているが、これは辻褄があわん」


 モニターには、宗助が左腕を激しく損傷しているにも関わらず、空中で一瞬停止し、凄まじい体捌きでミラルヴァに果敢に攻め入っている映像が流れている。


「う~ん、まぁ、そうッスね……。火事場の馬鹿力とか言いますしー、ええ、きっと必死過ぎて何も覚えていないってオチじゃあ……」

「埒があかんな」

「え」


 島野の発言は全く無視して、宍戸は大きくため息を吐きながら映像再生をストップした。


「映像を見ているだけでは埒があかん。それに、これだけ考えた所で、特に俺たちに害がある訳でもあるまい。…………ただ、一つだけ」

「……一つだけ?」


 島野が恐る恐るといった様子で宍戸に尋ねる。


「この映像に映っているのは、生方宗助じゃない。と俺は思う」

「………。ええ!? いや、どう見ても、生方君だし! 実際に稲葉さん達がこの状態から助け出して、今の生方君が居る訳だし!?」


 宍戸の発言の意図が判らず、島野は困惑した表情で宍戸に矛盾点をぶつける。あまりの驚きに敬語が飛んでいた。しかしそれほどまでに宍戸のその発言は、考えるのを諦めたのかと捉える事も出来るくらい、飛躍しすぎたものだった。

 宍戸は、わめく島野の言葉には耳を貸さない。


「そう考えた方が、納得がいく。これは生方宗助じゃない。別人だ」


 矛盾した考えを打ち立てる事で成立する整合性。矛盾が生じる事で矛盾が解消される、なんとも不思議な話である。だが、過去は一つしかないのだ。

 あの日、生方宗助に一体何が起こったのか。

 本人にすら理解されていない物など、現状で解き明かしようがなかった。


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