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machine head  作者: 伊勢 周
8章 ジィーナとリル
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ジィーナとリル


 まるで直射日光から穴ぐらへと逃れるモグラのように布団の中に頭から潜り隠れたリルは、相変わらず混乱している様子で妙な言葉の羅列を並べる。


「な、な、なんでっ!? なんで居るの!? 本物!?」

「なんでって、あんたが連れてきてって言ったんでしょうが! わざわざ偽物連れてこないわっ!」


 突然のイベントに気が動転して意味不明な事を口走るリルに、ジィーナはあきれた顔でツッコミを入れた。


「そうだけど! いきなりすぎるよ! わたし、いまパジャマだし、それに髪もめちゃくちゃだしっ!」

「着替えずに二度寝してるあんたが悪い! ほら、失礼だから出て来なさい!」


 そんな二人のやり取りを見ていて、宗助と千咲の中に先程まで渦巻いていた疑念の数々はひとまずどこかに飛んで行った。まるで喜劇のようなやり取りを行う二人の様子を、静かに傍観する。


「ほら、お礼するんでしょ? あんたずっと言ってたじゃない。お礼言えなかったーって」

「……うん……」


 ようやくジィーナの説得に応じて、赤く染まった顔の上半分をおそるおそる布団から出して、外の様子を伺う。


「……」


 そこで苦笑いしている宗助と目があった。視線がぶつかった場所で、まるで火花が散る錯覚を感じる。


「わわっ!」


 そしてそれに耐え切れずに凄まじい速さで再び布団に潜った。


「くぉらぁあ! いい加減にしろ!」

「きゃ!」


 そんな態度をとり続けるリルに対して痺れを切らしたジィーナが、巻き舌で叫びつつリルから布団をはぎ取った。はぎ取られた布団と共に埃が舞い上がり、隠れていたリルが姿を現した。上下淡いオレンジ色の寝間着を着た彼女は、布団をはぎ取られたことで隠れることが出来なくなって、「あわわわ」などと漫画の様な慌てた声を上げながら必死に手櫛で寝癖を直そうと自らの頭を強くなでつけ続ける。


「ほら、リル。ちゃんとしなさいな」


 ジィーナが、先程までとは違った優しい声でリルにそう言うと、リルは動きを止め、相変わらず真っ赤な顔でこくんと頷いた。未だに照れがあるのか、視線は下に向けたままか細い声で言葉を紡ぎ始める。


「千咲さん」

「えっ。あ、はい?」


 完全に傍観の姿勢へと移っていたため、突然名前を呼ばれ、千咲はすぐに反応できず少しだけドモって、しかしにこやかに返事をする。


「……その、あの時は途中で眠ってしまってごめんなさい。あの日、あの後……。一緒にいてくれて、本当にとても安心しました。ありがとう」


 リルが千咲の方へ体ごと向けて、ぺこりと頭を下げる。それを受けた千咲は、慌てて両手を体の前でぶんぶんと振った。


「あ、え、いや、いいってばそんな! あんなことがあったらそれはもう、安心して気が抜けちゃったりもするって、あはは……」


 突然睡眠の原因が自分達だ、などと言えるはずもなく、冷や汗をかきながら千咲はリルの礼に応えた。彼女にしては珍しく視線が泳ぎがちで、むしろ眠らせるだけ眠らせてその場に放って帰ったのだから、千咲からすれば謝りたいくらいであった。

 リルは、次に宗助の方へ向く。視線が合っても、今度は逃げなかった。


「宗助。その……。あの……何度も何度も、危ない所を助けてくれて……。本当に、何てお礼を言えば良いのかわからないけれど……」


 それっきり、本当に言葉が思いつかないのかリルは黙り込んでしまう。宗助はそんなリルを見て少しだけ息を吐きながら笑うと、彼女に例の紙袋を差し出した。


「これ、落し物」

「……あ」


 リルも当然覚えがあるのだろう、その紙袋を見て驚きの表情を見せる。そのまま驚き固まっているリルに対して、宗助は更にずいっと紙袋を突き出す。


「ほら、もう落とすなよ。って言ってもまぁ、家の中じゃ落としようがないか」

「……う、うん、ありがとう!」


 リルは突き出された紙袋を受け取って、宗助にお礼を言った。


「どういたしまして。お礼なんて、今のくらいでいいって。むしろ、こっちが勝手に首を突っ込んだんだから、もうちょっと上手に守ってあげたかったくらいで」


 宗助も少し照れくさそうにそう言った。リルは包装の紐を解き中身のぬいぐるみをとりだすと、一度空に掲げあげてからきつく胸に抱きしめた。

 そしてそのすぐ後、一連のやり取りを見守っていたジィーナが「よし!」と言って掌同士を合わせてパンと乾いた音を鳴らすと、「それじゃあ一通りお礼も言い終わったところで、私からもお礼として、ささやかだけどお昼をごちそうさせて貰うね。お粗末かもしれないけどさ」と言った。


「ほら、リル。さっさと着替えてごはん作るの手伝って」

「あ、うん! じゃあ、宗助、千咲さん、ここで座って待ってて!」


 リルは元気いっぱいにそう告げると、ぬいぐるみを部屋の隅に置いてジィーナの後を追って行った。


「ねぇジィ、わたしいびきとかかいてなかったっ!?」とジィーナに問うリルに「盛大にかいてたよ」

とジィーナが意地悪な顔で嘘を吐く。「えええっ!うそぉ!?」とリルが慌てれば、「嘘よ」とジィーナが冷静に返して、リルが「もー!」と牛のごとく抗議の声を上げた。

 キッチンへと消えた二人の背中を見送ってから、宗助が小さ目の声で隣の千咲に話しかけた。


「なぁ、なんで突然、『今から行く』なんて言ったんだ?」

「解らない事があったら、すぐに調べる性格でさ。私って。百聞は一見にしかず。私たちが今持っている疑問を解消するには、これが一番手っ取り早いでしょ」

「確かにそうだけど……」

「ま、目の前であの子を見て、ちゃんと確認できたわ。あの子は、あの日の事を何一つ忘れてやしない。全部覚えてる」


 宗助が、リルとジィーナが居るであろう部屋と自分達とを隔てる扉に目をやる。その向こう側から、リルの弾むような声が聞こえてきた。


「……じゃあどうするんだよ、それが判った所で。またあの子の記憶を消すのか?」

「まさか。二週間も経ってしまったらもう手遅れ。それに、何度も何度も、人の記憶をいじくるものじゃあないし……」

「……そうか。そうだよな」


 宗助は平静な口調でそう言ったが、表情はどこか、安心した時のそれだった。


「あんたとジィーナさんの会話で、ドライブって単語が出てきたのにはびっくりしたけど、そのおかげでちょっとした予測がついてね。そして今後の行動の目標もめどがついた」

「予測と目標?」

「うん。ジィーナさん。あの人はなんらかのドライブ能力を持っているとみて間違いないでしょうね」

「……ああ。それは、俺も思ったな。何人もの能力者と闘ってきたみたいな口ぶりだったし、きっとドライブ能力は身に付けているんだろう」


 宗助は千咲の予測に対して、さほど驚くでもなく同意の旨を伝える。


「そこで、私が考えるのは、記憶を消す事とは全く逆の事をするワケ」

「逆って……」

「まぁ、深く考えなくていいって。私に任せといて」


 これでもあんたより何年も先輩なのよと、胸を張りながら付け加える。それには宗助も「わかった」としか言えず、リルがお茶を出す為に部屋に戻って来たため話は途切れた。

 それ以降もリルはたびたび部屋に戻って来ては二人に気を利かそうとするので、それ以上続きを追及する機会が無かった。


 しばらくして、ジィーナとリルの特製のスパゲティ四人前と大きなオムライスがででんと一つテーブルの真ん中に運ばれてきた。料理を運ぶリルの足取りが危なっかしくて、「運ぶのくらいは手伝う」と二人が申し出たのだが、彼女に頑なに拒否された。

 そんなこんなで。


「ごめんねー、お客さんなんて滅多にないからさぁ、食卓には椅子が二つしかないんだよね。だから狭いけどこっちで食べよ。さ、手を合わせて」


 居間のテーブルを四人で囲い、全員手を合わせ食事に対しての感謝を込めて「いただきます」を斉唱し、そして一斉に各々の食器に手をつける。


「おいしい!」


 スパゲッティを口に入れた二人は声をそろえて賛辞を送った。お世辞ではなく心からの言葉だという事は、二人の表情が如実に語っていた。


「そう? うれしいわ」


 ジィーナは二人の賛辞に笑顔を返す。ふと宗助がリルの方を見ると、彼女は自分の皿には手を付けず、そわそわと落ち着きのない様子で視線をきょろきょろとさせていた。


「リル、食べないのか」

「へぇっ!? あ、うん、食べるっ!」


 宗助が話しかけた途端、リルはまるで驚かされたかのような反応を見せ、ぎこちない動作で自分の皿に手を付け始める。そんな彼女を不思議な物を見る目で見ながら、宗助は続いて自分の皿に手をつける。


「あぁ~、生方君。オムライス入れるから小皿かしてよ」


 ジィーナが突然そんな提案をする。宗助は「どうも」と言って小皿を渡すと、ジィーナは手際よくオムライスを取り分けた。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

「次、千咲さんも小皿かして」

「あ、どうも」


 そんなやりとりの間、またしてもリルは落ち着かない様子。あまりしつこく言うのもなんだと思い、宗助も特に何も言う事なく、取り分けられたオムライスを口に入れる。


「どう、それ。おいしい?」


 ジィーナが宗助に尋ねる。


「美味しいです、卵の焼き加減とかすごいですね、ふわってしてて。前に自分で作った時は固いのが出来ちゃって」


 そう言って、もう一口食べる。なにやら熱視線を感じたのでリルを見ると、彼女はとんでもなく晴れ渡った表情で宗助を見ていた。宗助はぎょっとして、思わず「な、なに!?」と尋ねる。


「それね、リルが作ったのよ。初めてこの子が挑戦した料理がなぜかオムライスでね。私が仕事に行っている間に、作っててくれたの。何年前だったかなぁ、あれ」

「へぇ……そうだったんだ。いや、ホント美味しいよ。これ」


 宗助が褒めると、千咲が続いて「ほんとだ、おいしい」と賛辞を贈る。リルは「えへへへ」と頬を赤く染めて照れ笑いを浮かべると、ようやく自分の皿にきちんと手を付け始めた。


 食事が済み、煎茶を啜りながら団らんのひと時を過ごしていると、突然千咲が話題を持ち出した。


「ジィーナさん、さっき車の中で『ドライブ』の話をしていましたよね」

「うん、したね」

「ジィーナさん、あの話しっぷりからして、あなたもドライブを身に付けているんですよね?」

「……ええ。そうでなきゃ、きっと私もこの子も、今頃無事じゃあないわ」


 そう言ってリルの方を見る。リルは特に表情を動かすことなく、くりくりとした瞳でジィーナに視線を返す。千咲と宗助は予想が当たったと一度目を見合わせてから、再度ジィーナに視線を戻す。


「実は、私たちもドライブを使えます。そして私たちは、この力を悪用する輩を取り締まる事を仕事の一つにしています。目には目を、歯には歯を。という事で」


 一旦言葉を切って、そして。


「そこでなんですが、ジィーナさん」


 千咲はそう言って、ぐっと目に力を込める。

 ジィーナは、千咲や宗助がドライブを身につけているという事には大して驚かなかった。レスターを倒したという事からも、ある程度、宗助達がドライブを使えるという予測が立っていたのだろう。リルをその能力者から守ったのだから、そんな予測が立ってもおかしくは無い。


「私たちのところへ来てくれませんか? もちろん、リルも一緒に」



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