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machine head  作者: 伊勢 周
8章 ジィーナとリル
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再会

「いやぁ、うぶかたなんて名前珍しいし、あの子が言ってた通りの顔だし、あなたで間違いなさそう」


 目の前の女性は唖然とする二人を置いてけぼりにして、一人で話を進める。宗助は記憶の海から目の前の女性に関しての心当たりを探ってみるが、何一つ有力な手掛かりは浮かび上がってこない。


「えっと、何処かでお会いしましたっけ」

「ああ。ええっと、私もあなた達とは初めて会うのだけれど……。二週間くらい前にここで、あなた達がリルを暴漢から命懸けで守ってくれたんでしょう? ……それでね、あの子がどうしてもお礼がしたいって毎日うんうん呻いてて、私からもお礼とお詫びをしたいと思って、探していたのよ。ここに買い物に来る時に一通りね」


 変だ。

 おかしい。

 と、目の前の女性の話の内容に、宗助と千咲はますます混乱させられていた。自分達の中で確固として存在している常識と食い違いが生じていて、線が一本に繋がらず、話の流れに理解が追いついていかない。では、何がおかしいのか。


(リルが俺たちの事を覚えている?)


 彼女の記憶に関する顛末は、宗助よりも千咲の方が当事者であり詳しいはずである。宗助は訝しげな顔で千咲の表情を見やるが、彼の目に映ったのは、同じく『訳がわからない』という表情の彼女だった。傍から見ればそれは宗助と千咲の間に鏡を置いたように、二人共が不可解だという表情をしていた。


(おい、どういうことだ)


 と宗助が千咲にアイコンタクトを飛ばすと、それに気付いた千咲もまた二度小さく首を左右に振り、アイコンタクトで返す。


(私だってわかんない。でも……)


 『詳しく話を聞いてみる必要がある』。それは今の二人の共通認識だ。ただ、目の前の彼女が一体何者なのかが判るまで、迂闊にこちらからぺらぺらとあの事件に関して話す事もできない。

 そんな思惑から、二人はじっと彼女の事を見つめる。するとようやく千咲と宗助の様子がおかしい事に気付いたのか、黒髪の女性は続いてこう言った。


「おっと、自己紹介が先だったね。失礼。……私の名前はジィーナ。ジィーナ・ノイマン――一応、リルの保護者です。よろしくね」


 そして彼女は、ぱちんとウィンクして見せた。これがまたサマになっているのだが、そんな事よりも消化するべき事案がある。


「ほ、保護者……!?」


 急展開。宗助も千咲も、何をどうすれば良いか、何を言えば良いのかわからずに、唖然として固まってしまった。


「うん。あ、ちなみに、リルは私の事ジィって呼んでるから、二人共そう呼んでくれても結構よ」

「は、はぁ……」


 いかにも疑っている、まるで梅雨空の様な返事をする宗助と千咲。そんな、いまいち乗ってこない二人を妙だと感じたのか、彼女はこんな提案をした。


「ねぇ。立ち話もなんだし、都合が良ければどこかで、お茶でもどうかな」




 結局千咲の大量の荷物は車の中まで積みに行くことになり、全ての荷物を積み終えた後にちょうど駐車場からそう遠くない場所に喫茶店『ダトールコーヒー』があったため、三人はそのまま店内に入った。

 それぞれが注文を終えて、ジィーナは店内の一番奥の一角が開いていることを確認して、「あそこにしましょう」と提案して、それぞれがトレイを持って奥の席へと進む。

 ちなみに宗助がホットミルクティー、千咲がキャラメルマキアート、ジィーナは抹茶ラテをそれぞれのお盆にのせている。


「ちょうど良い席が空いていて良かったわ」


 そう言いながら、ジィーナは通路側の座席に自分の分の飲み物を置いて、二人をソファに座るように促した。宗助と千咲は促されるままに、一礼して奥の座席へと腰掛ける。すると早速、ジィーナが悪戯っぽい顔で隣同士に腰掛けた宗助と千咲の顔を交互に見て、こう言った。


「ねぇ、ちょっと気になったんだけど」

「はい?」

「二人は付き合っていたりするの?」


 宗助は昨日に続きまたしても噴出しそうになるが、なんとか踏みとどまる。冷静に反論せねば、と自分に言い聞かせてから口を開く。


「違います」「違います」


 千咲と宗助は声をそろえて同時に否定する。こんな時だけ息がぴったりと合った。ジィーナはというと、「へぇ」と意味ありげに笑い


「そっかそっかぁ。ごめんね、変な事聞いて。なんだか仲よさそうに歩いてたから」


 ジィーナはそう言って抹茶ラテに口をつけた。


「お邪魔したかなって」

「いえ、別に。ただの荷物持ちです」


 千咲は至って冷静な態度で念押しをした。


「はぁ……」


 ばれないようにため息を吐いて、宗助はミルクティーに口をつける。宗助は、彼女は彼女なりに硬い雰囲気をほぐそうとしてくれているのかもしれない、と思う事にした。逆に千咲は、なにやら先程よりも仏頂面になっているようにも感じたが。


「そうそう。本題を話さないと。リルの事なんだけど……」


 そう、それが本題であり、このリルの保護者を名乗る、ジィーナという正体不明の女性とお茶をしている唯一の理由なのだ。宗助は口を付けたティーカップを、さほど飲まずにソーサーへ戻した。先程までよりも真剣な眼差しでジィーナを見つめる。


「まずは、お礼をしなくちゃあね。こないだは、リルを助けてくれて、本当にありがとう」


 ジィーナは深々と腰から上半身ごと傾けて、最大限の敬意と感謝を宗助と千咲に示した。


「本来なら保護者である私が、きちんとあの子を見てやらなければいけなかったんだけど……。本当にあなた達には、お礼を言っても言い足りないくらいで……」


 リルの記憶が操作されたと聞いた時からお礼を言われるなどと思っていなかったため、どこか他人事のように感じながらも、宗助は小さく頭を下げてお礼に応える。


「ねぇ、ジィーナさん」

「なに?」


 千咲が名前を呼ぶと、彼女はようやく顔を上げた。


「ジィーナさんは、リルの保護者だって、言いましたよね」

「ええ。それが?」


 何か変なところがあったのだろうかといった様子で、ジィーナは不思議そうに千咲の顔を見返した。


「その保護者って言い方が、しっくりこないというか、なんていうか。母親にはとてもじゃないけど見えませんし、もしかして……お姉さんとかですか?」


 宗助は千咲の質問に対して、その疑問は尤もだと感じる。確かにそうである。少なくとも宗助の頭の中にある世間一般の自己紹介の仕方としては、「リルの母親のジィーナです」だとか、「この子の姉のジィーナです」などの方が回りくどくなくて好ましい。少なくとも、自らを『保護者』と名乗る自己紹介は今まで見たことが無かった。

 宗助は、リルと過ごした短い時間を思い出す。確か彼女は、家族の事を少し話しづらそうにしていたが、その『保護者』という表現と何か関係があるのだろうか、そんなことを勘繰った。

 他にも幾つも聞きたいことはあった。だが、同時にいくつも質問しても話がこんがらがるので、とりあえずは千咲の質問に対する返答を待つ。


「……姉じゃあないわ。もちろん、母親でもない。でも、そうね。姉妹という型が一番私たちにはしっくりとはまるかもしれない」


 ジィーナの提示した答えは、結局、大事な部分がぼかされたままだった。それは「その事はそれ以上聞くな」と暗に示されているようで、宗助は勝手に尻込みしてしまう。彼は、人が聞かれたくないと思っている事を無理矢理聞いたりするのはどうにも苦手なのである。

 だが、千咲は違ったようで、追撃の質問を飛ばす。


「つまり、血は繋がっていないって事ですか?」


 千咲のその質問に少しだけ黙ったが、その沈黙もすぐに解除され「ええ、血は繋がっていない」とすんなり答えた。


「もう十年以上一緒に居るから、家族みたいなものだけどね」


 と、ジィーナは付け加えて、再度飲み物に口を付ける。

 そんな二人にハラハラとしながらも、宗助も腹の底に力を入れる。いつのまにか、まるで面接試験のような重々しい緊張感に包まれていて、喉や肌に絡みついてくる重たい空気を少しでも取り払おうとジィーナに倣って宗助も再度飲み物に口を付けた。

 ジィーナのその口ぶりから伝わってくるものがある。

 どうやら彼女は、お礼はしたくても、『自分達』の事にはあまり首を突っ込まれたくはないらしい。ハッキリとした拒絶は見せないが、不透明なガラスを間に置かれているような、見通しの悪さを作り出されている。とにかく空気が重たくなる一方で、とてもお礼を言われているとは思えぬ雰囲気であった。

 しかし、そんな空気を自ら切り裂くように、ジィーナが「あ、そうそう」とすっとぼけた声を出した。


「あの子、あなた達と話してる最中に、急に寝ちゃったんだってね。あまりにも無礼な話なんで聞いた時は呆れたけれど、それも謝っておかないとって思ってたんだ」

「あ、いえ……。気にしていませんから」


 歯切れが悪い返事は千咲のもの。当然千咲は、リルが『突然寝た』理由は解っているしその場にいなかった宗助にもそれが何を意味するのかは察しがついていた。

 そんなことよりも、『突然寝た』にも関わらず、リルがあの日の出来事の一部始終全てを覚えているのが一番の問題なのだ。記憶を操作するあの装置に不備があったのか、使った張本人である不破が使用法を誤ったのか。こればっかりはジィーナに対して「何故記憶を消したのにも関わらずリルは私たちの事を覚えているのですか?」などと質問する訳にもいかない。


「それでね。時間があるときで良いんだけど、あの子に会いに来てくれないかな。ほんとにいつでもいいから。あの子、しまいにはあなた達を探しに旅にでも出かねない勢いで……」


 ジィーナは苦笑いしつつそんなお願いをした。冗談で言ったつもりがあながち冗談で済まないかもしれないと、言った本人が難なくそんな光景を想像できてしまったのだろう。


「……じゃあ、突然ですが、今日、今から伺っても良いですか?」


 すると千咲が彼女のお願いに即答した。


「は?」


 隣の宗助は間抜けな声を出して千咲の横顔を見る。その顔は毅然としていて、何かしらの決意を持っていた。


「ええ。もちろん。それじゃあどうしようかしら。あの子も家で待っているから、お昼ごはんの時間までには帰らないといけないんだけど……」


 ジィーナは喫茶店内にかけてあるアナログの時計を見る。午前十一時過ぎを示していた。


「私たち、今日は車で来ているんで、自宅までお送りしますよ」

「あら、助かるわ。それじゃあ、お言葉に甘えて。これ全部飲んじゃったら、私の家に案内するね」


 ジィーナはカップに口を付けて、先程までよりも若干カップを傾ける角度を高くして、カップの残りを全て喉の奥へと流し込んだ。



 宗助は、どうも彼女のキャラクターを掴みあぐねていた。

 彼女と言うのはジィーナ・ノイマンと名乗る、自称リルの保護者。苗字がリルと同じノイマンであるが、彼女との血のつながりは無いと言うのでおかしな話だ。

 突然明るくなったり、さばさばしたり。かと思えば急に鋭い眼光をきかせたり。千咲が運転する車の中、助手席に座る宗助は後部座席に姿勢よく座り外の景色を見ているジィーナにチラチラと視線を飛ばす。


「あの、ジィーナさん」


 意を決して話しかけると、ジィーナは宗助の方へ視線を遣る。


「なに?」

「あの、リルを襲った奴らは何者かわからないんですか? 犯人は二人とも捕まえたものの、何も喋らなくて」

「私にもわからないの」

「……そうですか」


 一蹴されてしまいすごすごと引き下がる。


「……ドライブって、呼んでるんだけどね」

「え?」


 ワンテンポ置いて、ジィーナの口から、近頃宗助が嫌という程耳にしている単語が飛び出した。だがその存在の、『そういった呼び方』は、一握りの人々しか使っていない筈である。その一握りというのはスワロウの隊員達の話であるのだが、関係者では無い彼女の口からその単語が飛び出した。


「リルから聞いたわ。今回は透明になれる男だったんだってね。そういう妙な力のことを、私たちはドライブって呼んでいるの」

「……そう、なんですか……」


 宗助は相槌を打って、運転席に座る千咲の横顔をチラリと見る。彼女は特に先程までと表情を変えることなく運転に集中しているように見える。


「リルを襲ってくる奴らは、だいたいそのドライブを使える奴。色々いたわ。一番腹が立ったのは、炎を使ってくる奴。あいつのせいで髪の毛が燃えて、超ショートカットにせざるを得なくなった時ね」


「ここまで伸ばすのに随分かかったわ」と言いながら、胸のあたりまで伸びている黒い髪を手で少し遊ばせる。

「うわ、それは災難でしたね」


 と、宗助は再び適当な相槌を打ちながら、考える。


(果たして、ここで『自分達もドライブ能力を身に着けている』と彼女に明かすべきだろうか)


 少しだけ、その議題に基づいて脳内で一人討論を行う。が、結果はすぐに出た。ひとまず、余計な事をすべきでは無い。それが答えで、そして今はとにかくリルに会うというのがひとまずの目標であった。彼女に会えば、きっと何かしら道が開ける筈だと信じて。


「確か、ここを曲がって……」


 千咲が独り言を言いながら住宅街を曲がっていく。高層マンションの前を通り過ぎて、古びた二階建てのアパートの前に車を停める。


「到着!」


 ほんの数分程で、ジィーナの自宅へ到着した。一度徒歩で訪れただけなのに関わらず千咲は殆ど道を間違えることなくまっすぐ走った。任務であちこちを走り回るので、近隣地域の地理をくまなく頭に叩き込んでいる事が理由でもある。


「ありがとう。助かったわ」

「いえ。車、停めるところありますか?」

「あぁ、少しだけ寄せて路上に停めていてくれたら大丈夫よ。こんな辺鄙な所まで見回りにこないし、道も広いから特に迷惑にはならないだろうし」

「了解」


 職業的なクセなのか千咲はそんな返事をして、車を少しだけ幅寄せする。ハンドルをさばく姿がえらく男前だった。充分に幅寄せしてから、サイドブレーキを引いてエンジンを止める。

 ジィーナは買い物袋二つを両手にそれぞれ持って車から降りた。宗助も車から降りると、彼女に対して袋を一つ自分が持つと申し出る。すっかり荷物持ち根性が染み付いてしまったらしい。

 ジィーナは「悪いねー、至れり尽くせりで」と言ってアパートの外部階段をカンカンと音を立てて昇っていく。

 そこで、宗助はふと思い出し、車のトランクをあけて荷物を漁り、今から会いに行く人物へのプレゼントを掘り出した。

 鍵を閉めようとしていた千咲に訝しげな眼で見られたが、宗助は特に何も釈明することなくそそくさとジィーナの後へ続いて階段を昇って行った。


「リルー、ただいまー。あんたにスペシャルなお客さんを連れてきたぞー」


 扉を開けて部屋の中に声を投げかけながら、ジィーナ自身も部屋の中へと入っていく。


「ん。あがってよ。汚いし狭いけど」


 ジィーナは振り返って、玄関口にいる宗助と千咲に、部屋に上がるよう促す。


「お邪魔します」

「はぁーい。あ、生方君、買い物袋はそこの食卓の上に置いておいて。持ってくれてありがとう」


 二人が挨拶をして部屋に踏み入れるのを確認して、ジィーナも部屋の奥へと再び進む。


「リルー?」


 ジィーナが再び呼びかけるも、返事は無し。


「まさか、また勝手に出て行ったんじゃあ……」


 彼女はそう呟いて眉間に皺を寄せ、引き戸を開けて奥の部屋に入っていく。二人もそれに続いた。そして奥の部屋に入った瞬間、その目に飛び込んできたものは――。


「――まったく、よく寝る子だ。掃除機かけといてって言ったのに」

 

 そこには、布団にくるまって、すやすやと眠るリルの姿があった。宗助が初めて一人の力で守りきった、小さな少女。二週間ぶりの再会だった。口にすれば短いが、とても長い二週間を隔てての再会。リルは気持ち良さそうにすぅすぅと寝息を立てており、呼吸するたびに小さく布団ごと上下させている。


「ほら、リル! 起きなさい!」

「……んん~……」


 ジィーナが布団越しにリルの身体を揺らすと、リルは甘えた声で呻きつつ身体を丸めうっすらと目を開ける。


「んん……、おかえ……。…………え?」


 リルはジィーナの顔を見て、千咲の顔を見て、宗助の顔を見る。そしてもう一度千咲の顔を見て、宗助の顔を見る。


「えっ……、えぇ……?」

「久し振りだな、リル」

「そうね、久し振り。元気だった?」


 唖然。

 そんな彼女に対して宗助と千咲が笑顔で声をかけても、返事もままならない。


「え、え、ええぇ?」


「ええええええええええええええええええええっ!?!」


 ついには彼女は、顔を真っ赤にして、悲鳴ともつかない叫び声をあげるのだった。





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