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machine head  作者: 伊勢 周
7章 トレインジャック
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なんで?


 桜庭は、派手な打鍵音を打ちならして、まるで手の指が左右を合わせて二十本になったかと錯覚するほどの凄まじい速度の指さばきでコンピューターと向かい合っていた。

 カタ、と小指でエンターキーを押し終えて、ようやくその指の動きを止める。


「セキュリティに疑似停車信号送信完了! セキュリティ部のみ正常運転、四・五両目の切り離し準備できました!」


 そして、叫びに近い報告をオペレータールームにぶちまけた。業務内容は平たく言えばデスクワークであるのに、彼女の額には汗がいくつも浮いている。


「ありがとう、さすが桜庭。だけど……」


 海嶋が難しい顔で、モニターを見上げる。海嶋は宗助に対して簡単に「逃げろ」と命令したのだが、ミラルヴァと言う男は、そうやすやすと背中を見せて逃げられる男ではないのも解っている。ましてや今、生方宗助は重症である。そしてその身に何が起こっているのかも、全くの不明。

 立つ事もままならない程の重症のはずの彼が、何故普段よりも十段も二十段も上の身体能力を発揮しているのかは全くもって謎だが、彼自身の底力と、判断力に任せるしかない。

 四両目内部の様子を映すモニターには、貨物室内で再びミラルヴァと生方宗助が対峙する姿が映っていた。彼に何が起きているのだろうか、自分の言葉は伝わっただろうか。海嶋は息をのんでモニターを見守る。


「後は、生方のこれからの行動次第だ! どんな状況にも対応できるよう、準備を怠るな!」


 雪村がオペレータールーム全体に声を響かせると、それに対してあちこちから同じタイミングで「はい!」と返って来た。彼ら全員の想いはひとつだ。



          *



 宗助とミラルヴァの攻防は、結果から言うと勝敗が着くことは無かった。

 ミラルヴァの胸元から喉元にかざされた宗助の右手、そこから放たれたドライブによる風は、ミラルヴァの身体に傷一つ作らなかった。と言うよりは、それはもともと『作るためのものではなかった』。そして、ミラルヴァの拳も宗助を捉える事はなかった。掠る事さえもなかった。ただ空を切って、風を巻き起こし僅かな音を残しただけ。

 確かに宗助がかざした右手からは、膨大な量の空気が吐き出された。

 それによって、二人の狭間を中心に嵐の様な風が暴れ狂い、塵が大量に巻き上がり渦を巻く。

 それはミラルヴァを攻撃するための物ではなく、宗助自身を押し返す風。ミラルヴァから押し、離す風だ。

 まるで透明で巨大な龍が空宙を蠢いているような風は宗助の大きな体を軽々と乗せて、そして鉄砲玉の様な圧倒的なスピードで後方へ吹き飛ばした。ミラルヴァの放った裏拳は空振り、そのまま貨物室の壁に空いた大穴へと吸い込まれていった。あっさりと通路へと脱出したのだ。

 未だに荒れ狂う風の余韻に顔をしかめながら、ミラルヴァは宗助が飛び出ていった穴を見る。


「……? どこに行こうと言うのだ、今更、逃げる場所など無いというのに」


 ミラルヴァは、宗助を追って足早に通路へと向かう。

 横幅が狭い通路の方が確かに中距離での戦闘もできる今の生方宗助に地の利はあるが、それならもともと貨物室内に追ってこなければ良かっただけの話であり、ミラルヴァには宗助のとった行動の意図が理解できない。

 不意打ちに警戒しつつ、ミラルヴァは自らあけた大穴から通路へと出る。だが、通路を見渡しても、そこには生方宗助は居なかった。天井を見ると自分が開けた大穴が開いていたが、わざわざ天井に出る必要性があるとは思えない。

 その時、ガタガタガタ、と少し強く車両が揺れる。

 数秒揺れは続いたがそれも気にせずに、通路をよく見る。すると、生方宗助の残した血痕が点々と通路に落ちていた。先程の戦闘で飛び散った、既に乾いて黒く変色した血痕ではない。まだ乾いておらず、たった今地面に付着したと見て取れる、新しい血痕のみを探す。

 それらを追っていくと、血痕は五両目へと続いていた。


「この期に及んで……そちらに何があるというのだ」


 この時ミラルヴァは、宗助のこの謎の行動に対してほんの少し苛立ちを覚えた。先程の一瞬の攻防に於いて、退かない事を選んだ彼に尊敬の念を抱いていたからだ。

 それも今では、そんな気持ちを感じた自分が情けなくさえ感じていた。険しい表情で、宗助の残した血痕を辿り五両目への扉を勢いよく開いた。大きな音を立てて扉が開く。


「……!?」


 この時またしても、ミラルヴァは予想外な景色を見せられることとなった。

 扉を開いた先に待っていたのは五両目への通路ではなく、斜めに差し込んでくるまばゆい太陽の光だった。眼下には線路が走っており、その先には、先程まで繋がっていたであろう五両目が既に三十メートル程後方を走っていた。

 切り離された五両目の先端には、生方宗助が壁にもたれかかりミラルヴァの方を見ていた。


「ここで退くのは、正直悔しい。悔しいが……お前の言う通り……ここで死ぬ訳にはいかない……」


 口回りを血で染め、「生方宗助」は息を荒げつつ言う。四両目と五両目の距離は徐々に離れていく。ミラルヴァは思案顔で動きを止め……、そして数秒して、離れ行く五両目に背を向けた。


「……どうやって車両を切り離したか知らないが、こちらの邪魔をしないなら、無理に追いかける理由もない」


 一言「殺してしまえばブルームが煩そうだからな」と付け加えて、ミラルヴァは四両目の内部へとゆっくり戻っていった。

 この生方宗助の一瞬の逃走劇には、一つだけ海嶋達が計算違いをしていたところがあった。それは、車両を切り離して宗助との隔離をしたところで、ミラルヴァにはいくらでもそこに追いつける力と方法が存在したという事。このミラルヴァにそれをする意思が無かったのが、幸いである。


「生方宗助本人はまだ、つむじ風だが……」


 ミラルヴァがその赤い眼光を僅かに光らせ、少しだけ口角をあげて笑う。そしてその姿は、未だに走り続ける四両目の車両内部の暗がりの奥に消えた。


 五両目はぐんぐんと速度を落としていき、四両目は宗助の視界範囲から完全に姿を消した。





 生方宗助は、ミラルヴァが追ってこない事を確認した事により気を緩めたのか、壁に寄りかかったままずるずると壁を伝ってずり下がっていき、床に落ちた。


「……まず、い……な……。思っ……いじょ……ダメージが、酷……。……このまま、じゃ……」


 左腕と左脇腹の傷から、どんどん血が溢れて滲んでいく。特殊な金属を織り込んで作られたスワロウ自慢のボディアーマーは見るも無残なほどに粉砕されていた。宗助の眼は徐々に霞み、まぶたが徐々に落ちていき、そして抵抗空しく瞳は閉ざされた。

 

 宗助が五両目に逃げ込むことに成功してからすぐ後、救急部隊車両と稲葉と千咲の乗る車両の二台は、線路沿いの道を走り続けていた。それぞれの車内のスピーカーから、雪村の低い声が車内に響き渡る。


『各員、無事車両の切り離しに成功した。生方は五両目に逃げ込むことに成功し、ミラルヴァもこれ以上の追跡はしないようだ。不破と白神の方も上手くやってくれた。列車は駅舎で事故を起こすことなく止まった』

「それは良かった。しかしそうなると、ミラルヴァの乗る四両目と遭遇した場合はどうしましょう」

『今は生方の命を優先する。救急部隊に引き続き随行してくれ。もしあちら側から交戦を仕掛けてきた場合のみ、迎撃に回ってくれ』

「了解」


 通信を終えて、窓の外を見る。同じく窓の外を見ていた千咲が「あ、」と声を漏らす。稲葉も声につられて千咲の視線の先へと目をやると、ずっと続く一本の線路の向こう側に、列車の車両が見えた。


「あれが、四両目ですかね」

「普通に考えればその筈だが……もう少し近づいてみよう」


 稲葉と千咲は目を細めてその線路上の車両を凝視する。それはほとんどスピードをもっておらず、人間が走る程度のスピードで徐行している。

 もしそれが四両目ならば、中にミラルヴァが潜んでいるという事になるので迂闊には近づけない。

 そもそもずっと線路沿いを走行しており、暴走する一から三両目とはすれ違ったが、四両目にはまだ出くわしていない。他に列車を走らせてもいないし、それが四両目とみるのが妥当だろう。

 だんだんと距離が近づき、その姿が鮮明になっていく。近づくたびに、車内の緊張感が高まる。


「ん……?」


 稲葉が訝しげな表情で列車を見つつ呻く。そんな稲葉に千咲が何事かと思いすぐさま反応した。


「ミラルヴァですか!?」

「……いや……あれは……」


 稲葉の目に映ったものは。


「あれは……五両目だ」


 稲葉達は、線路沿いに走って来たにも関わらず、ミラルヴァに乗っ取られた四両目に出くわすことなく速度を失った五両目と遭遇した。四両目は何処に消えたのか。切り離されてからこの場所までに線路の分岐点は無い為、違う路線へと走って行ったと言う線は考えられない。当然その事はその場にいる誰もが頭に入れていた為、ますます辻褄が合わなくなる。


「じゃあ、四両目は一体……?」

「堂々と強奪されてしまったという事だろう。どうやったのかは判らないが。……だが、俺達が今やるべきことは、消えた四両目を追う事じゃない、宗助の元へ急ごう。あの中に居る筈だ」

「はい!」


 そんなやりとりをしながら、線路の上で、静かに、歩くような速度で進む五両目の隣に車を停めさせる。稲葉と千咲の二人は素早く下車して、一目散に五両目へと駆けていった。

 先鋒の二人が五両目の安全確認をして、それが済むと救急隊員達も後に続き五両目へと駆けていく。

 宗助は中で意識を失い倒れていたが、命までは失っていなかった。救急部隊に保護され、迅速に治療が施された。




 暴走した列車は不破、白神、運転手らの活躍によりなんとか停止。

 但し、カレイドスコープの残骸とそれを載せた四両目がどのように消えたのかは、航空映像でも捉える事は出来なかった。

 列車の突然の停止、および暴走から三十七分後。こうして、突如巻き起こされたトレイン・ジャック事件は、一応の終結を迎えたのだった。



          *



 宗助がアーセナルの医務室で目を覚ますと、いつぞやに見た白い天井が待っていた。

 一度ぱちりと小さく瞬きして、思考回路が未だ働いていない状態のままぼんやりしていると、すぐに隣から「あ、起きた」という声が聞こえてきた。そちらへ首を回し顔を傾けると、瀬間岬の安堵した優しく柔らかい顔が出迎えてくれた。

 記憶が曖昧なせいもあって何と言って良いのか判断できず、岬から顔をそむけて再び仰向けになり、無意識に右手で左わき腹を触ってみた。痛みは全く無かった。続いて左腕も触る。はっきりと感覚があり。骨も一本腕の中心を通っている。両腕をしっかりとついて、上半身を起き上がらせる。すると、岬以外にも、稲葉や不破、千咲、平山が居る事を把握できた。

 相変わらずどういった経緯で現在に至ったのか理解できていない宗助だったが、自分はあの修羅場から、生きてこの場所に帰って来ることが出来たのだと理解する。


「痛い所とかある?」


 突然千咲に話しかけられる。彼女は無表情だった。


「体。痛いとか、調子悪いとかは?」


 言いながら、千咲は宗助の方へ静かに歩み寄る。


「あ、あぁ、大丈夫。どこも痛くない、おかげさまで……」

「……そ。なら、良いわ」


 千咲は宗助の目の前で立ち止まると、低い声でそれだけを言った。宗助が見た彼女の顔はやはり無表情のままで、何の気持ちも読めなかった。

 だが、次の瞬間。

 バチン!

 と、乾いた音が、医務室に響き渡った。

 その音から少しして、宗助の左頬にじんじんとした熱と痛みが襲う。千咲の方へ顔を向けていたはずが、気付けば右を向いていた。千咲が、宗助の左頬を思い切りはたいたのだ。

 宗助は何が起きたのかすぐに理解できず、数秒経っても未だに少し熱い左頬に軽く触れて、目をまん丸くして千咲の方を見る。

 千咲は、ゆっくりと口を開く。


「……なんで――」

「……え?」

「なんで、命令を無視したの」


 その声自体はとても低くて、抑揚もなくて、静まりきった医務室でも少し聞き取り辛いくらい小さかったけれども、宗助はその声に何か迫るものを感じ取っていた。医務室に居る他の面々も、静かにその様子を見ていた。千咲が宗助を叩いた事に関して、誰一人驚いてはいなかった。

 宗助は千咲の顔を見る。先程と比べても表情の変化は見られなかったが、それでも宗助はそこから、ようやく彼女の気持ちを―ほんの少しだけだが汲み取る事が出来た。

 彼女は、怒っている。

 宗助は何も言えず、ただ千咲の顔を眺めているだけ。

 千咲は更に、言葉をつづけた。


「なんで命令無視して、馬鹿みたいに敵につっこんだのかって聞いてんのよ。退避しろって命令が出てたのに、まだ一か月訓練したくらいの見習のくせに……! 何? 自分が死ぬ筈なんかない、なんて思った!?」


 こらえていた感情がこらえきれなくなったのか、千咲は堰を切ったようにまくしたてる。徐々に声も大きくなり、宗助を責めたてる。そんな今までに見たことがなかった彼女の表情と様子に、宗助の心はますます戸惑い、そして申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 怒声をあげ続ける彼女の目に、うっすらと涙が溜まっていたから。


「あんたが思っている以上に……人間なんて、すぐに、あっけなく死んじゃうのよ……! あんた、そんなの、何もわかってない!!」


 次々とぶつかってくる彼女の気持ちに、やはり返す言葉もなく、ただ黙って彼女の言葉を受け止め続ける。


「怪我しても、岬が治してくれるとでも思ってた!? 周りの気持ちも知らないで……!!」


 そこでようやく、千咲は一拍入れる。立て続けに喋り続けたため、少し息が荒くなっていた。目も、頬も、鼻頭も少し赤い。


「……すまん」


 宗助の口からようやく出た言葉が、その三文字。


「――もう、知らない」


 千咲は、先程までの怒声とは対照的な小さい声で吐き捨てるように言って、足早につかつかと医務室から出て行った。



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