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machine head  作者: 伊勢 周
7章 トレインジャック
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トレインジャック 11


 今までとは逆で、今度は宗助がミラルヴァへ先に仕掛けた。

 空気の刃を二発放つと、防御手段のないそれに対してミラルヴァは横に避けた。そして、そのまま一足飛びで宗助へと反撃を開始する。

 攻撃の起点は、甚大なダメージのある生方宗助の左側、とは反対側の右腕。左足で蹴りを繰り出す。あばら骨を数本折っているにも関わらず、宗助はそれをひらりと跳んでかわす。その高さは、ゆうに二メートル半はあるだろうか、膨大な量の風を残して、天井すれすれまで飛び上がった。

 飛び上がった宗助と、それを見上げるミラルヴァの視線が交錯する。


「……お前は……誰だ……?」


 ミラルヴァは呟く。彼と対峙しているのは紛れもなく生方宗助だと言うのに、生方宗助に対して誰だと問うた。宗助はその言葉に何の反応も見せず、空中から次なる攻撃の動作へと移る。左腕の傷から流れた血の滴を周囲へと飛び散らせながら。


 空中から降りてきた宗助に対して、タイミングを見計らい、足幅を少し取り腰を低く落としてタメを作って、拳の突を放つ。だがそれと同時にまたしても爆風が巻き起こり、宗助の身体は空中でストップした。ミラルヴァの突きは、ただ虚空を貫いただけ。


 宗助はまるで陸上競技の高跳びにおける背面飛びの様な態勢で、空中を一秒だけホバリングして、そこから更に風を全身に纏い、体ごと空中で上昇させた。奇怪な、空中二段ジャンプ。

 再び舞い上がり、そのまま体を縦に回転させてミラルヴァの頭に右手一本で逆立ちすると、それを支点にミラルヴァの背の方へ足を降下させ、自然落下も味方につけた強烈な膝蹴りを撃ち込んだ。


「ぐッ」


 膝蹴りはミラルヴァの背中に命中した。呻き声が漏れる。初めて、宗助の攻撃がまともに通じたのだ。彼の羽織っているシャツを、打撃点を中心にボロボロに引き裂いた。そこから見えるミラルヴァの大きな背中には赤い打撃痕が残る。

 ただの蹴撃ではなく、衝撃波を膝一点に集中させた為、見た目の数倍、数十倍もの威力を持っており、傍目でも痛みが伝わってる程その痕は凄まじい。

 ミラルヴァは前に右足を一歩踏み出してその攻撃の衝撃に耐えて、そのまま視線を後ろに向けずすぐさま背後に左足の突き蹴りを放つ。相変わらずその攻撃の速さは人間の肉眼で捉えられるような物では無かったが、それも宗助は難なくかわし、お返しにと至近距離で空気の刃を放つ。首元を狙って放たれたそれを、ミラルヴァはまっすぐ後方に仰け反り回避。そのまま後方回転倒立、宗助との距離を取る。

 だがそんな間合いなどお構いなしに、更に続けてミラルヴァに向けて空気の刃を二発放つ。その攻撃の存在にすぐに感づき、後ろへと動きながら体をよじりなんとか空気の刃の直撃をかわそうとした……が、実態を持たぬその攻撃の全てを躱し切るのは非常に困難で、避けきれず左脇腹と右頬を掠めて、その強靭な肉体に切傷を刻んだ。

 今度は宗助の物ではない、ミラルヴァの鮮血が少量宙に舞う。

 攻防は一旦落ち着き、もう一度二人の間に、三メートル程の間合いが出来る。


「……お前に何が起こっているのかわからんが……」


 そこで、ミラルヴァが言葉を挟む。


「ノーモーションでの攻撃に……先の動きが読めない体術……」


 つつ、と右頬から流れる血を、右手の親指でピッと弾くように拭う。


「アルセラの仕業か。何らかの力でこの男に……いや、彼女は、そんな事まで出来るのか? てっきり能力を垂れ流す植物状態みたいなものだと思っていたが」


 そして、と付け加えて、ミラルヴァは独り言の続きを呟く。


「何にしろ、この目の前の光景が答えなのかもしれんな……ブルームが、お前に目を付けている理由」


 宗助は、何も答えない。ただただ静かに立つ。



          *



 一同が息を呑んでモニターを見つめる中。


「ねぇ、海嶋君」


 暴走した列車にたまたま搭乗した不運なスタッフへの指示を担当していた秋月が、海嶋に声をかける。


「なに?」


 海嶋は焦りきった声と表情で返事をする。その隣の桜庭小春は、モニターから無理矢理目を離して、白神に頼まれた、ネットワークの構築とセキュリティロックの解除作業を再開させていた。

 それはもう、鬼気迫る表情だった。そう。危険に晒されているのは生方宗助だけではない。不破や白神、列車スタッフ達も、のっぴきならない状況に変わりは無いのだ。

 秋月が、そんな小春を横目に見ながら、少しひそひそとした口調で海嶋に言葉を続ける。


「……敵が三、四両目を、走行中にもかかわらず切り離したって事はさ、システムの操作の仕方によっちゃ、私たちにも同じことが可能って事よね、理論上……」

「…………? あぁ、可能だろうね。かいつまんで言うと、走行中というシグナルをパネルに伝達させない状態で、切り離しの信号を送れば、走行中でも切り離せるって事だ。他にも、セキュリティロックとか、そっちの問題もあるだろうけど……、やって出来ない事は……ん?」


 海嶋と秋月はしばし無言で見つめあい、そして。


「そうか……!」

「でしょう?」


 何か閃いたらしく珍しく海嶋が言うと、秋月も言葉を返す。海嶋と秋月の頭が思い描いた物。それは、簡単な発想。ごくごくシンプルな解決策。秋月はただただ無心でキーボードを打ち続ける小春に言う。


「小春、手伝って。生方君、助けるわよ」


 一方、海嶋はインカムに向かって声を張り上げる。


「生方君、聞こえているか!? まだ、なんとかなるかもしれない!」



 中型車両の中、救急隊員達四名と瀬間岬、平山佐和子が無言で揺られていた。車両の前方に設置されたモニターには、やはり四両目の様子が配信されていた。

 瀬間岬は、唇をぎゅっと噛みしめながら流れる映像を見ていた。仲間の傷つく姿は見たくないけれど、目を逸らすわけにもいかない。現実をその瞳に、じっと焼き付ける。何処をどのように攻撃され、どのような傷を負っているのか。把握して、迅速に治す為に。

 列車の暴走も、未だに止まったという報告は来ない。いつまでもいつまでも、良いニュースは入ってこなかった。膝の上に置いた両手を握りしめ、まぶたをきつく閉じて、そして開く。

 ふと、にぎった二つのこぶしがあたたかい物に包まれる感覚。岬が自分の手に目をやると、平山が岬の両手を、彼女の両手で包み込んでいた。


「岬。しっかり、気を強く持ちなさい。負けないよ」


 それだけ言われると、岬はこくんと一度だけうなずきもう一度モニターに視線を向ける。


『こちら本部、作戦を少々変更します!』


 そんな場の空気に突然割って入ってきたのは、本部からの通信音声だった。


          *



 生方宗助が放った(と思われる)衝撃波の影響で、四両目通路の窓ガラスは全て大破。未だに高速で走るその列車に、割れて派手に穴が開いた窓から更に風が侵入してくる。

 バサバサと音を立てて、スワロウの制服が強風に靡く。宗助は、直立不動。ただ、少し前とは違い、その佇まいに隙が無い。ミラルヴァは風で髪が乱れるのを鬱陶しそうに手でかきあげた。

 二人は向かい合ったまま、しばし沈黙。が、それもすぐに終わる。


「……ぐっ」


 一見その怪我などどこ吹く風で超人的な動きを見せていた宗助だったが、突然膝を地面について、右手で口を押さえ咳き込みだす。喉の奥がいかれきっている様な、重たい咳。大量の血が口から、そしてそれを押さえる指の隙間から、流れ出た。

 その様子を見て、ミラルヴァは眉を顰める。


「……もうこれ以上はやめておけ。その身体は限界をとっくに過ぎている。…………――あまり、他人の身体を勝手に使いすぎるものじゃあない」


 ミラルヴァは、そんな不可解なセリフを言った。宗助はその言葉を理解しているのかいないのか、一層敵意あるまなざしをミラルヴァに投げ飛ばす。そのやり取りのすぐ後だった。


『生方君、聞こえているか!? まだ、なんとかなるかもしれない!』


 宗助の耳に装着されたイヤホンから、海嶋の声が流れた。


『よく聴いてくれ、不破君達と桜庭のおかげでその列車の制御盤にアクセス出来た! こちらから、四両目と五両目を切り離す! 五両目に移動するんだ! 君が五両目に移動した瞬間に、切り離してブレーキ信号を打ち込むから、衝撃に備えるのも忘れないで! すぐに救急部隊が保護に向かう! いいかい、これは絶対命令だ、それ以上の戦闘は絶対に許可しない!』


 生方宗助は黙ったまま、チラリと背後に目をやる。貨物室内には、ミラルヴァが派手に開けた大きな穴が二つ。その穴は当然、通路に続いている。すぐに、視線を前方のミラルヴァへと戻す。

 生方宗助は、海嶋の『命令』に対して返事をしなかった。

 一体彼に何が起こって、この一瞬でこんなにも滑らかにドライブ能力を自在に駆使できるようになったのか。一体彼が何を考え、何を目的にしているのか。ミラルヴァだけが、何が起こっているのかを理解できているらしい。ただただ貫かれる沈黙に、海嶋は宗助が「逃げる事への葛藤」を感じていると解釈し、説得の言葉を続ける。


『生方君。君の行動は、誰にでも出来るものじゃない。親しい人に傷ついて欲しくない、大事な人を守りたいという気持ちと、その行動力の強さも尊敬する。……だけど、その気持ちは、僕達だって持っている』


 宗助はまず右足を地面につきたてて、そして右腕をその膝に上に立てて、それを支えにして立ち上がる。イヤホンから、海嶋の声が流れ続ける。


『生方君。君だってもう、僕らみんなの大事な人なんだから』


 宗助の口や鼻から、血がぽたぽたと滴り落ちる。左腕は、既に血で真っ赤に染まっている。


『これは命令だし、お願いでもある。なんとかして、五両目に逃げるんだ』


 海嶋が言い終えると同時に、生方宗助は、二本の足で再び立ち上がりきった。


「……まだ、立ち上がるか……。忠告は……したぞ」


 その姿を見て、面倒そうにミラルヴァが言う。宗助とミラルヴァの距離は、二メートル程。宗助を取り巻く空気が、ゆっくりと、塵を乗せて渦を巻き始める。



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