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machine head  作者: 伊勢 周
7章 トレインジャック
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トレインジャック 7


 通信機に向かって怒声をはり続ける千咲の肩に、大きな掌がぽんとひとつ落とされる。千咲が振り向くと、稲葉の姿があった。


「千咲、落ち着け」

「隊長……でも!」

「作戦立案や指示は俺達の仕事じゃない。俺たちには、俺たちにしかできない事がある」


 稲葉は千咲の眼をまっすぐ見つめると「すぐにロータリーに向かう」それだけ言って振り返り、ついてこいと言わんばかりに足早に歩き始めた。


「は、はい!」と、慌てて返事をして、千咲は稲葉の背中を追う。

「宍戸、基地は任せた」

「ああ」


 稲葉と宍戸はすれ違いざまに短いやりとりを交わすと、宍戸はオペレータールームに残り、稲葉と千咲はそのまま足早にオペレータールームを後にした。


「岬、しっかりしな。私らも出るよ。救急部隊の準備が整った」


 続いて、おろおろと落ち着かない岬に対して、平山が両肩に手を置いて、厳しい口調で言う。


「列車は今もこっちに向かっている。暴走はアイツらが必ずなんとか食い止めるとして。私たちの役割は、そうなった時にすぐに列車に乗りこんででも怪我人に治療を施す事。あのヤンチャボウズ共が無傷で帰ってくるとも思えないしね」


 平山は膝下まである白衣を翻して、こつこつと足音を立てて出口へと向かう。


「はいっ!」


 それまで気弱に泣きそうな目をしていた岬も、自分のやるべき事を見つけた事により少しだけ目つきを鋭くさせ、こちらも平山の後を追い出発する。そんな隊員達それぞれの行方を視界の端に捉えながら、海嶋はインカムを介して生方宗助に語りかけていた。


「生方君。既にもう、キミと逃げるか立ち向かうかと口論している余地は無いらしいな。そしてキミは今、命令無視をして、自分の判断で、強大な敵に立ち向かおうとしている」

『……』

「前線を任せられている人間にしかわからない物もあるだろう。司令部の命令よりも、最前線で戦う人間の判断の方を尊重する場合だっていくつもある。……だけどね、それは実力と、周囲からの信頼と、それまでの確かな実績を兼ね備えた人間であってこその物だ」


 宗助は海嶋の言葉を聞いているのかいないのか、返事をしてこない。それでも海嶋は、インカムに向かって、宗助に向かって、はっきりとした口調で語りかける。返事はない。海嶋は、小さく息を吐くと、もう一度インカムに向かって言葉を投げかけ始める。


「……いいかい生方君。奴のドライブは、【肉体強化】だ。名前の通り、自らの肉体をドライブによって極限まで強化し……攻撃力、防御力、スピード、バランス、反応速度……全てが驚異的に飛躍する。そしてやっかいな事に、ドライブによる身体能力と特性の強化もすべて奴のドライブ能力に相乗効果を与えているんだ」


 海嶋は一旦言葉を切って、そして、少し躊躇うように続ける。


「……要するに……奴の動きだとかを、人間の常識に当てはめない方が良い。そうでなければ、きっと手痛いなんてもんじゃ済まない攻撃を喰らう。君が時間を稼ぐと言うなら、とにかく攻撃を避けつつ、距離を置く事。絶対に深入りしちゃあだめだ。一撃でも喰らったら、死ぬか、再起不能になると思って、覚悟して奴の前に立つんだ」


 これは決して宗助の事を脅かしている訳では無く、全てスワロウがこれまでの経験をもとに算出された事実を述べているだけである。


『……海嶋さん』


 そこで久し振りに、宗助が言葉を放つ。


「なんだい」

『勝手な事をして、すいません』

「……謝るくらいならすぐにでも一両目に移動してほしい所なんだけど……その声を聴いていると、そうするつもりもなさそうだし……君が切り抜ける事を信じるしかないらしい」


 海嶋は、仕方がなさそうに言う。


「君には少し任務に対しての教育が不足しているようだから、……そのあたりをみっちりたっぷりきっちりと教えないといけないようだ」


 その後に、教育係は不破君だし仕方ないかな、と付け加えて、続ける。


「だからちゃんと帰ってきなよ、全員揃って」


 余りにも困難な状況だが、誰もが彼らの帰還を信じて止まなかった。信じなければ、そこに力は生まれない。



          *



 一両目の運転手室では、断続的にきぃきぃと金属のきしむ甲高い音が鳴り響き、この列車がいつ限界を迎えてもおかしくは無いという事を改めて不破達に知らしめている。それはまるで、列車の悲鳴、叫び声。だが、今さら不破も白神も、いちいちそれにかまって焦っているわけにはいかない。速度表示などには目もくれず、ただひたすら、トレイン・ジャックとの静かなる戦いを展開していく。


「……その線を切ってください」

「これか?」

「いえ、それじゃなくて、その少し右の、はい、それです」


 白神の指示の元、不破の指先がまたひとつ、トレイン・ジャックから伸びた鉄線を一つ、細く変化させて切断する。不破の額から、つつ、と一滴だけ汗が滴る。不破のドライブは、細かい作業に対してあまり力を発揮できない。恐らくは本人の修練によってそれはいくらか向上させることは可能なのだろうが、不破は自らの戦闘スタイルを考慮し、細かく変化させる力よりも、より遠くより大きく変化させる修練を優先したのだ。そして突然訪れたこの急場。

 制限速度オーバーで暴走する列車上のため、小刻みに、しかし激しく列車は揺れる上に、配線自体も相当複雑に絡み合っている。白神の指示通りにしていかなければ、それは更なるタイムロスを生む。下手をすれば、そのミスが響いて列車は二度と止まらなくなるかもしれない、そんな状態。力むなと言う方が無茶である。


「次は?」

「次の配線に取り掛かる前に、今は大人しいですが、作業中に邪魔されては厄介なので、マシンヘッドのその右足にあたる部分、それを破壊しておいてください。そこはもう、壊しても列車のコントロールに影響はありません」

「よしきた」


 今度は細かい作業を要しないため、不破もこころもち先程よりもすっきりとした表情でトレインジャックの右脚部に軽く触れて破壊した。電車全体に、やはり断続的にきいきいときしむ音が響く。常に上下左右に小刻みに揺れる。


「オーケーです。それじゃあ次ですが……そこの一本だけ出ているそのコード」

「これか?」

「はい。そいつを外して、別の場所に接続し直します」

「うし……。……外したぞ。どこに繋げればいい」

「……マシンヘッドの右側頭部の……小さな基盤があるので、そこの、右下のグレーの部分に接続してください」

「わかった…………よし、これで良いか?」

「OKです。これで、この列車のセキュリティの一部は取り戻せました。まだほんの一部ですが」

「セキュリティ? ブレーキをかけるのになんでセキュリティを回復させる必要がある」

「仕組み上、順番にやっていくしかない、としか言いようがありません」

「なるほど、いやすまん、こんな質問は時間の無駄だな。続けよう」


 不破がそう言ったとき、彼の通信機が振動する。不破は素早くボタンを押し込み応答する。


「はい、こちら不破」

『不破さん、白神君、桜庭です! 報告が二つあって、一つは生方君、通信繋がりました、無事です!』

「まじか、そりゃあ朗報だっ」

『一度貨物室の前で敵と接触したようですが、交戦は無かった模様。敵の目的は貨物室にあるカレイドスコープと、その他資材だそうです。生方君は、特に怪我なども無く、四両目を放棄し、今こちらから指示を出して車掌と共に一両目へ移動するように――って、ええっ、生方君っ?!』

「おい、どうした! 急に叫ぶな!」

『う、生方君が、命令を無視して、再度敵に接触を!』

「んなッ! 何やってんだあのバカ野郎は! お前も喚いてないですぐ止めさせろ!」


 小春の報告を聞いて、叫んでから思わず立ち上がろうとしてしまう不破だったが、「不破さん!」という白神の声を聞き、思いとどまった。


「わかってる、わかってるさ! 列車が最優先だ、クソッ、もう一つの報告ってのはなんだ!」

『はいっ、コンピュータの演算ではありますが、列車の性能、レールの傾斜角度や、速度上昇率……様々な条件を基に割り出した予想によると、不破さん達が乗る列車が脱線しない確率は「六七・七%~八◯・五%」という数値が出ました』


 「脱線する確率」という言葉より「脱線しない確率」という言葉を選んだのは、小春の個人的な配慮によるものである。彼女は言葉を続ける。

『脱線する危険性があるポイントは計十五か所で、それでも一つ一つのポイントでもそれほど危険は高くありません!』


 悪く見積もって七〇%弱。良く見積もって八〇%強。


「なるほど、思っているよりかは悪くない数字だ。むしろ希望が見えてきた」


 だがしかし、脱線せずに無事に線路を走り続けたとして、そこに新たな問題が立ちふさがってくる。


「このまま脱線せずに走り続ければ、列車はどこに辿り着く?」


 答えは簡単、アーセナルの列車車庫。宗助達が乗り込んだプラットホームから一キロほどの距離線路が続いて、それはある。そこには燃料タンクも有れば、輸送するための物資等も沢山と保管してある。そんなところに列車が時速250㎞で突っ込めばどうなるかは語らずとも明瞭である。


『生方君は私たちが全力で何とかします! 出来る事は少ないかもしれませんが、全力を尽くします! だから、不破さん、列車を絶対に止めてくださいっ!』

「あぁ、止めてやるさ、絶対にな!」


 不破は自分自身を勇気づけるように言って、自身の右胸を軽く叩いた。




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