トレインジャック 4
最初はあまりにも馴染んでいたから気付かなかったが、仔犬ほどの大きさの機械が、自らの身体のあちこちから大量の針金のような線を吐き出して、それらを本来の列車の配線の中に侵入させていた。
「こいつが伸ばしている配線の繋がった先は、それです」
白神がそう言って目を向けた先、室内の端に不破も視線をやる。そこにあったものは。
[制御盤 control panel]
そんな表示板が貼られた、各辺一メートルほどの大きさの立方体の白い鉄箱。
「あれが、列車のネットワークやら、なにからなにまで管理しているようです」
「ってことは、つまり……」
「ええ。制御盤を乗っ取られました。何が目的かわかりませんが、今この列車を操作しているのは、コイツです。しかし、こんなにあっさりと物理的にハッキングされるものだとは……」
白神はそう言って、難しい顔のまま穴の中に居るマシンヘッドを見つめていた。
「クソッ、なんでだ、操作出来ない! ブレーキも、非常運転停止信号も受け付けない……! 通信もダメになっている!」
背後から乱暴にレバーを動かしたりボタンを押したりする音と、運転手の焦燥しきった声が聞こえてくる。
「……なぁ白神。なら、こいつを無理矢理壊したら、どうなるんだ?」
「確証は持てませんが……。無暗な壊し方をすると、下手すれば列車が暴走したまま、修復不可能になる事も有り得る……かもしれません」
「そうか……さすがに動力をぶっ壊すのは余計危険だろうし……」
少し投げやりっぽくそう言って、一つ息を大きく吐いた、その時。
「……――ッ!」
列車が大きく右に寄れた。
列車が少しだけ傾きが強いカーブに差し掛かったらしい。ぐぐーっと、体が浮き上がるような感覚。内臓まで持ち上げられるような浮遊感。思わず、腹筋に力が入る。吐き気にも似たそれは、数秒間続いて、ようやく先程までの状態へと戻り落ち着いた。
背筋に嫌な汗を感じる。いつ列車とレールが離れてもおかしくない状況なのだ。一つでも選択間違いは許されない。テストでに例えれば百点満点以外は許されない状況と同義である。
「……あんまりのんびりは、してられないようだな……。とにかく緊急事態だ。白神は宗助に連絡を取って、こちらに来るように言ってくれ。俺はアーセナルに連絡する……っと」
その時、耳に装着している通信装置が振動し、着信を伝える。通信に応答するためにその装置のボタンを押そうと耳に手を伸ばし、軽くボタンを押す。
「こちら不破――」
『桜庭ですっ、なんですぐに出てくれないんですか不破さん! 何度もコールしたのに! 一体列車の中で起きているんですか!? 報告してください!』
「大きな声を出さないでくれ、質問は一度にひとつにしろ、こっちは色々起きてるんだ! とりあえず、この列車の暴走はマシンヘッドの仕業だ。列車の制御盤が乗っ取られた」
『制御盤が!?』
「ああ。子犬くらいのちっさい奴が列車に乗り込んできてやがった。制御盤に直接ハッキングされて、殆どの操作を奪われちまっている。この列車はこっちの運転操作は受け付けてくれん」
『そんな……』
「そこでだ。とりあえず乗員全員の脱出方法の確保と、あとどんくらいでこの列車が事故るか、計算してくれねぇか」
『わっ、わかりました!』
イヤホンから聞こえてくる、キーボードが打鍵されるガタガタという音が一際強くなる。すると、通信に桜庭以外の声が介入してきた。
『要。稲葉だ。もう一つ問題がある。落ち着いて聞いてくれ』
「問題、ですか?」
『ミラルヴァが、その列車に乗り込んでいる』
「はぁ?! なんだって奴が!?」
『何が目的かは不明だが、確かに奴だった。五両目に飛び乗る姿までは確認済みだ』
「五両目――……まずい! 今宗助が四両目にいる! 車掌も五両目だ!」
不破は首がもげるのではという勢いで振り返ると白神に問う。
「おい白神、宗助と連絡はとれたのか!」
「いえ、繋がりませんっ」
「……くそっ!」
不破の心から完全に余裕が消えた。彼は今、決断を迫られている。それは、何人分、いいや何十何百もの人生がかかった決断なのかもしれない。全身の毛孔から汗が噴き出る感覚に背筋がうっすらと冷える。手の中は既に汗まみれであった。
頭の中に、二つの選択肢が浮かび上がる。
次にやるべき行動を選べ。ただし、間違えれば誰かが死ぬ。
一つめ……強敵の手にかかっているかもしれない宗助を諦め、このままここで列車を止める手段か、列車から脱出する手段を模索する。脱出手段を発見、若しくは列車が止まれば乗務員や自分たちは助かる。が、宗助と車掌はどうなるかわからない。最悪、ミラルヴァに殺される。
二つ目……列車の暴走は白神にすべて任せて、四両目にいる宗助を助けに行く。だがしかし、列車が止まらなければ結局はほぼ確実に全員無事には帰れることはできない。最悪、全員死ぬ。
それは不破が今まで生きてきた中で最も難解で意地の悪い問いだった。




