トレインジャック 3
列車が走行再開――もとい暴走をする少し前。
不破と白神は二両目のスタッフ達に現状を尋ねてみたが、有力な手掛かりは得られなかった。判明した事と言えば、内部の連絡手段は使用が不可能になっており外部との連絡も不可。挙句の果てに扉に勝手にロックがかかり、閉じ込められていたのだそうだ。
電力自体は全く問題なく供給されているのだが、まるで機械が自分の意思を持ち、人間の操作を無視するように、動いたり動かなかったり、不安定な状態が続いていた。
二人はスタッフルームを出ると二両目の通路を進み、一両目への連結部まで進んでいた。
「さて、こっから先が運転手の専用車両か」
「はい。ですが……」
「なんだ」
「……ここも、鍵がかかっていますね。それも、運転手がかけたという訳じゃなさそうです」
「なんだ、そんな事か」
不破が、一両目への扉に向けて手を伸ばす。
「泥棒のセリフみたいだが、俺には鍵なんて意味が――」
言いかけたその時。ガクン、と一つ大きな揺れが列車を襲う。間髪を入れずに、もう一度大きく揺れて、列車は発車し始めた。
突然凄まじい速度で発車した為に生じた揺れと慣性に、不破と白神も漏れなく壁やら地べたに叩きつけられる。発車一秒後から狂ったように加速する列車に、乗っている面々の誰もが自由を奪われて、不破の後方に位置するスタッフルームからも、突然の列車の暴走に悲鳴が聞こえた。
列車は加速するだけ加速して、ある速度まで上昇するとそのままその速度を保って走行を続ける。
「……ご乱心ってレベルじゃねぇぞ、こりゃあ」
不破が顰め面で恨み節を呟きながら起き上がると、白神もそれに続き立ち上がる。
「白神、大丈夫か!」
「ええ、ですがこの速度……」
「……やれやれっつうかよー……運転手さんは事故る気マンマンみてーだな、どうやら」
少し苛立ちと焦りを含んだ語調で、一両への扉をガンッと音をたてて強めに殴り扉を変形させて、一両目への道を拓く。
「うし、さっさと止めさせるぞ」
不破が意気揚々と一両目に足を踏み入れる。だが扉が開いた途端、白神は珍しく不快そうな表情を見せて眉間を歪ませた。その眼は、短い通路の先にある運転手室を睨みつけている。
「不破さん」白神が、短く上官の名前を呼ぶ。
「なんだ」不破は振り返らずに言葉だけ返す。
「……、近くに居ます」
「マシンヘッドか」
「……はい」
ぴくりと、不破の目元が動く。
「数は」
「一体です」
「……。まずは運転手の安否確認と保護だ。マシンヘッドが絡んでるとなると手遅れかもしれねぇが……とりあえず中へ入るぞ。急襲に気を付けろ」
「了解」
この車両のどこかに、マシンヘッドが潜んでいる、という漠然とした事実。白神のドライブ能力も万能ではないしまだまだ成長段階にあるため、なんでもかんでも全てを掴みとれる訳では無い。
『どの位置が危ないか』と探ってみても、時間が進むにつれ車内全てが『危険な場所』として認識されていく。それも当然なのかもしれない。外の景色を見ていればわかる。現在速度は、この列車のキャパシティをとうに超えているのだ。こんな状況で安全な場所などを探ろうとする方が愚かだと、白神は少し自己嫌悪を感じた。
他の車両と違い全体的にスペースが狭く作られているため、ここで戦闘に持ち込まれた場合、少しばかり手を焼きそうな場所である。だが、そんなことに怯えて前に進むことを恐れているようならば、その先には最悪の結果しか待っていない。運転手室への通路を一歩、また一歩と進む。そして最後の扉を、コンコン、と不破が軽くノックする。
「失礼」
またしても小さく青白い稲妻が拳から少量放たれ、扉がただの一枚の鉄の板になる。不破は元扉を蹴飛ばして中に果敢に突入し、左右を素早く見渡す。少し広めの室内、向かって左側の運転手席に目を向ける。そこには、席の上で意識を失い倒れる初老の運転手の姿があった。
「おい、運転手さん! 大丈夫か!」
不破が運転席に駆け寄り、白神も左右後方を警戒しながら、運転手室内に入った。
「う、う……」
「おい、起きるんだっ、列車を止めてくれ!」
「……う……、私は、気を失って……? ……あんたは……、そうだっ、窓! 窓から、機械が! そしたら、目の前が真っ暗になって!」
「落ち着いて……窓?」
寝ぼけているのか意識が定まらないのか、ただ断片的に単語を並べる運転手だったが、窓と言う単語で不破はもう一度室内をぐるりと見渡す。するとすぐに運転席真横の窓が、綺麗に円形に切り取られている事に気が付いた。
「これか……」
そして次に機械という単語は、マシンヘッドを指すものだと考えて間違いはないだろう。
「走ってる列車に飛び乗ってきたっつーのか。相変わらずめちゃくちゃだな」
だがそのマシンヘッドは、本来奴らの憎々しい本業である『命を奪う』という行為をしていない。運転手が無事ならばそれに越したことはないが、マシンヘッドがこの運転室に侵入してきたというのなら、この運転手は今こうして生きてられる筈が無いのだ。
何にしろ、運転手が生きていたのならそれに越したことは無い。暴走の原因は不明だが、マシンヘッドよりもまず、この列車を止めさせることが先だ。
「煩わしい敬語はすっ飛ばさせてもらうぜ。この場は俺が仕切る。ただし列車の運転に関してはアンタが指示を出すんだ。いいな?」
不破の醸し出す迫力に、運転手は冷や汗を浮かべながら首を一度、縦に振った。
「まず、この暴走している列車を止めてくれ。このままじゃ脱線して全員仲良くあの世行きだ。その間に、俺とそこに居る奴がその飛び込んできた機械とやらを探して潰す。詳しい話はその後に聴かせてもらう」
早口で言いながら、不破は自らの背後を親指で指し示す。運転手が不破の肩越しに指示された方を見ると、白神が真剣な顔で、まるで隠しスイッチか何かを探すかのように、壁を弄っている。
「わ、わかった。すぐに止めよう」
運転手はそう返事をするとコクピットに向き合い、列車を停止する作業を進め始めた。不破は振り返ると、白神に顔を向ける。
「白神、なんかわかったか」
「不破さん、マシンヘッドは、列車の中の更に奥……どうやら設備内に潜り込んでいます。このあたりを少し開いて貰っていいですか?……慎重にお願いします」
「よし、任せろ」
白神が指示した場所は、何の変哲もない壁だった。不破が白神の示した場所に右手を当てて、壁を薄く薄く変形させる。紙一枚ほどの薄さまで変形させると、腰からナイフを抜き出してスッと切れ目を入れた。そしてもう一度ドライブで切れ目を広げて、大きな穴にする。するとそこには、黒や赤や緑や灰色など色とりどりの配線・管が走っていた。
「ここに潜んでるってのか」
「……はい。配線の裏側に見えませんか?」
「裏?」
不破が先程よりも少しだけ注意深く配線の裏側に目を凝らす。目を細めて、配線の間をじっと見る。そして不破の眼が捉えた。
「……な、なんだコイツは……一体ここで何をしている!」




