長居は無用
~前回までのあらすじ~
妹・あおいの病室を訪れた宗助は、突然乱入してきた機械に襲われたが、殺される寸前になんとか破壊に成功する。
宗助自身にも何が起こったのか理解できず混乱していると、病室には新たに赤い髪の少女が訪れる。
彼女は何か知っているような素振りで宗助達に接するが、話の途中、宗助はその場で気を失ってしまう。
それから三十分程経過。
303号室は、しんと静まり返っていた。
部屋の主である生方あおいが目を覚ました時には、既に空は朱色から紫色へと変わり、星が少しずつ煌めき出した頃だった。彼女はもぞもぞとふとんの中で寝返りをうち、先程まで感じていた存在の名前を呟いた。
「お兄ちゃん……?」
兄が来ていてくれていた気がしたのだが、その呼びかけに応える者はいなかった。
全く、いつもと変わらない見飽きた病室。眠る前の事を思い出そうとするが、色々な記憶がこんがらがって、うまく整理できずにいた。
(お兄ちゃんが私を抱えて、なんか必死な感じで、……うん……? それで、すごくきれいな女の人がいて……。一文字さん? だっけ、えっと、それから……)
かなりドタバタしていたはずなのに、目に映る室内の様子は静寂そのもので……記憶を整理しようとしている内に、自分でも夢かうつつか……あおいは判断が少しずつ曖昧になっていった。
「夢だったのかな……」
そう結論づけた、と言うより、思い出そうとしてもそれ以上は何も浮かばないので、そう結論づけるほかなかった。相変らずぼぉっとしたままの思考回路を休ませ、もう一度部屋の中を見回してみる。
「あ。つるやのまんじゅうだ」
兄が見舞いに来てくれたが、起こしては悪いと気を回して、お土産だけ置いて帰ったのだろうか、と推理した。
(だとしたら、悪い事しちゃったな。後でごめんってメール送っとこ……)
ふと、違和感を覚えて頭に触れた。
「いたたっ。あ、たんこぶ。なんでぇ……?」
もしや、寝ている間に相当激しい動きでもしてぶつけただろうか、とか、それを兄に見られていたかもしれない、とか、色々と悪い方向に想像が働き気分がブルーになっていた所に、更には熟年の恰幅がいいナースが部屋にやってきてこう言った。
「生方さん、隣の部屋がガタガタうるさかったって苦情がきてますよ! 何かやってたんですか!?」
「へ……? い、いや、寝ていました……」
そんなに激しい寝相や寝言だったのだろうか、と色々な意味で涙目になりながら、身に覚えのない説教をされる生方あおいであった。
※
りんどう色に染まりつつある空の下、真っ直ぐに伸びる国道を一台のセダンが走る。
運転席には二十代半ばの――千咲が「不破」と呼んでいた男。助手席には一文字千咲が座り、後部座席には生方宗助が寝かされている。そして荷台には、例の二つに切断された『鉄の兵隊』が袋に詰め込まれた状態異常で積まれている。
一文字千咲と不破の二人が戦いの痕跡を消し、真二つに切れた機械を大きめの袋に仕舞い込んで、宗助を担ぎ、誰にも気付かれないよう静かに、忍びのように窓から立ち去った。
よって、現在、生方宗助以外その機械兵の出現に気付くことなく、病院は平常営業を続けている。
隠し事は、どこにだって存在する。どれだけ仲の良い友人や、恋人や家族でさえも、必ず。彼らもまたそんな秘密を抱え行動していて、それが明かされる様子は無い。……今のところは。
「ちょっとドタバタしたが、なんとか病院の人間にばれずに、運び出すことができたな」
不破は、やれやれと運転席でため息を漏らす。後部座席には傷だらけの宗助が横になって眠っており、助手席には千咲が座っている。
「なんだか私たち、誘拐して逃げてるみたいですね」
助手席に座る一文字千咲は、くっくっくっと悪ガキのような笑顔を見せる。
「あながち間違いじゃないから笑えねぇよ。それよかおまえ、記憶改ざんの使用報告ちゃんとしたか? 前も報告忘れてカミナリくらってただろ」
不破の忠告に、彼女の笑顔はあっという間に凍り付き、黙り込んでしまった。そして両手で頭を抱え半べそ顔で「もっと早く言ってください……」と呟いた。
「お前、またかよ……。一応今からでも報告しておけ」
不破は先ほどよりも深くため息を吐いて、またしてもやれやれ、と一言漏らすのであった。