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machine head  作者: 伊勢 周
7章 トレインジャック
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トレインジャック 1

 不破と白神は、二両目・スタッフ用車両へと移動した。だが、足を踏み入れてすぐ、白神と不破は不自然な光景を目の当たりにする。


「誰もいない……」


 通路には、誰も存在していなかった。


「普通こんな妙な停車の仕方したら、誰かが通路に出てきて状況を確認したりするもんだろうがよ」


 少し奇妙な状況にも不破は大きく動揺することは無く、原因確認の為にスタッフルームに通じる引き戸を開けようとする。だが、何かが引っかかっているようて、開かない。不破は扉をゴンゴンとノックする。


「中から鍵でもかけてんのか。おい、誰かいるか、今この列車はどういう状況か教えてくれ!」

「……その声は、不破さん?」


 内部から、女性スタッフの声が聞こえてきた。彼女の声色から、困惑している様子がうかがえる。


「あぁ、そうだ、不破だ! なんで鍵なんてかけている?」

「私たちがかけた訳ではありません! 勝手に鍵がかかって、閉じ込められてしまったんです!」

「勝手に? おいおい、なんだそりゃあ。……白神」

「……運転室の状況はここからではまだ少し遠くて聞こえませんが、この扉はどうやらただ単に備え付けの電子ロックがかかっているだけです。特に異常は感じられません」

「そうか。サンキュ」


 白神の答えを聞いてすぐ、不破は扉に右手をそっと添える。青白い光が不破のその手から一瞬だけ発したかと思えば、そのすぐ後、扉は一瞬でぐにゃりと形を大きく変えて、鍵もろとも扉を引き戸の溝から取り外された。室内に踏み込んですぐ見えたのは、唖然とした表情で不破を見ている女性スタッフと、他二名の、共に驚いた表情の男女のスタッフ。


「さて、その様子を見る限りこの列車の謎の停車は、スタッフさんの知るところでも無いみたいだわ、白神君よ」

「ええ。やはり運転室まで行ってみないと。……ですが、妙な感じが、強くなってきました」

「どんな?」

「なんというか、この列車自体が、この列車ではなくなっているような……。いいや……はっきりとは解りません。ですが、それが一番、僕の言葉に出来るところ」

「……? この列車はこの列車だろ」


 白神の抽象的な発言に、不破はその意図を掴みあぐねて首を傾げる。そんな不破の視界の端に映ったのは、未だに唖然としてる女性スタッフ。

 彼女たちも当然スワロウの関係者なのでドライブやマシンヘッドの存在は知らされているし、そういった道徳などへの教育も施されているが、やはり間近で特殊な力を見ると驚かされるらしい。

 そんな彼女らに不破は、特に悪びれる様子もなくこう言った。


「……あぁ。扉の修理代は、本部の方にツケといてくれ。俺に言われても困る」



          *



 宗助は指示通りに四両目の貨物車両までやってきていた。宗助たちが居た客室車両よりも後方には、この四両目の貨物車両と五両目の車掌用車両しかなく、その二両合わせて人の乗車数は車掌一名のみという事になる。


「貨物車両の見張りか……。とりあえず中に入ってみるか」


 引き戸の取っ手に手をかけて、貨物室内への扉を開けようとする。が、開かない。二度、三度引いてみるが、結果は同じだった。


「鍵かけてるのか……まぁ当然だよな」


 その時、五両目側の扉が開き、車掌が四両目までやってきた。


「車掌さん、ちょうどよかった。何故列車は停車しているんですか? 何かトラブルが?」


 宗助は、現状を把握するために車掌に質問を飛ばす。だが車掌の返答は宗助の期待するようなものではなかった。


「それが私にもわからなくて……運転室と連絡を取ろうと何度も呼び出しコールをかけたのですが……通信連絡自体がそもそも繋がらないようなんです」

「繋がらない?」


 若い車掌は不測の事態に混乱し憔悴しきった表情で視線が定まっておらず呼吸も浅く多い。


「落ち着いて。今、不破さんと白神さんが運転手室へ原因を突き止めに向かっています。無暗に動かず、車掌室で調査の結果を待っていてください」

「そう、ですね……冷静に、冷静に……」


 車掌は、自分に言い聞かせるようにつぶやく。だが次の瞬間。さらなるアクシデントが列車を襲う。ガクンと列車全体が揺れ、突然列車が運転を再開し始めたのだ。だが、研究所を出発した時の様な優しい発車の仕方ではない。乗っている物、者、全てを振り落さんばかりの凄まじい発車速度。その衝撃に宗助と車掌はバランスを失い、転んでしまう。


「痛って……」

「いたた……」


 宗助はなんとか咄嗟に受け身をとったものの少しだけ背中が痛む。凄まじい速度の上昇に、慣性が働いて上手に立ち上がる事ができない。


「大丈夫ですかっ」


 宗助が倒れている車掌の方へ眼を向けると、車掌も特に怪我は無いようで、壁に手を付いてなんとかバランスを取りながら立ち上がろうとしていた。そうこうしている間にも、列車はぐんぐんと速度を上げていく。

 列車がようやく急加速を止めた事により、二人はなんとか真っ直ぐに立ち上がることができた。だが、車掌がある一点を見つめたまま、驚愕の表情で固まっていた。宗助が視線を辿った先には、車両出入り口上部に取り付けられている電光掲示板。特におかしなところはないのだが、問題なのは、表示する現在の列車の速度だった。


「233㎞……。新幹線並の速度だ……!」


 宗助の記憶では、この列車は往路の際時速160㎞前後で安定して走行していたはずだ。


「そんな、なんで……!?」


 車掌の表情に張り付いた困惑の色がさらに色濃いものとなる。「一体、何が?」と宗助は尋ねた。


「あの、詳しい説明は省きますが……この列車は、時速200㎞以上は出ない設計になっています……! 制御しているコントロールパネルが故障でもしない限りそれを超えることは出来ないっ。それに、もし故障していたとしても、運転手自身がそれをする訳がないんです、そんなのは自殺行為です!」

「そんな……、では何故っ」

「こんな速度でこのまま運転を続けたら、どこかで必ず脱線します……! そしてこの速度のままで脱線なんてしたら……私たちは皆……!」


 車掌はその先を言葉にしなかったが、どうなるかは想像するに難しい事ではなかった。十中八九、生き延びる事は出来まい。


(とにかく、不破さんと連絡を取ろう!)


 そう思い宗助がインカムに手を伸ばしたその時、列車の天井から、ドン、ドンと音が聞こえてきた。


「足音……!?」


 車掌は、恐怖にまみれた顔で、天井を見つめる。


「足音っ!? 今、時速230㎞の速度でこの列車は走っているんですよ!?」


 宗助はそう言った後、それじゃあこれは何の音だというのだ、と自分に問いかける。それでも一定間隔の音は続き、そして。


 形容しがたい凄まじい破裂音が鳴り、天井に大きな穴が開いた。破片が舞い降り、そして強い風とチリが大量に吹き込んでくる。


「うわっ、くっ……!」


 宗助は両腕を顔の前に出して、風から眼を守る。腕と腕の間から見えたのは……なんと、天井の穴から列車内へと、一人の男が降り立つ姿だった。

 その男は稲葉程の大きな体格を持ち、逆立った金髪で、服装は暗い紺のシャツにグレーのチノパンツ。男は宗助たちの方へ振り返る。赤い瞳がギラリと光る。

 男は何か、値踏みをするかのように宗助を見つめ、口角を少しだけ上げて、こう言った。


「……こんな所で会うとは、なかなか奇遇だな。生方宗助」




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