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machine head  作者: 伊勢 周
6章 生方宗助、初任務
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必要な人


『コードネーム:カレイドスコープの解析作業、全行程が終了しました。現場責任者の指示に従い、速やかに収納の作業に移行してください』


 場内アナウンスが流れ、それぞれが黙々と自らに割り振られた作業に就く。カレイドスコープを直接運んだりする作業は基本的に機械によって行われるが、細かい移動や収納などの作業は不破の手によって行われる。


 宗助や白神はその作業の手伝いをするのだが、基本的に不破一人で済むので形だけのサポートになる事が殆ど。巨大な鉄の塊を軽々と持ち上げる不破が妙に男らしく見えて、宗助の眼にもこの時ばかりは、不破の姿が本当に格好良く見えていたという。



 さてさて、その日は生方宗助の誕生日である。年に一回誰にでも訪れるその特別な日を、縁もゆかりもない場所で迎えるというのもの不思議な話だが、何にしろ今日中にアーセナルに帰還できるという話なので、そこのところは宗助もそこまで気にしていない。


 それでは今日のこの時まで、生方宗助にどういった出来事があったのか振り返るとしよう。




 起床直後。

 夜更かしをしたせいでいつもよりほんの少しだけ重たい瞼を必死に持ち上げながら、温かい布団から抜け出した宗助は、毎朝のルーチンワークである洗顔歯磨き髭剃りをする。五月の半ばとはいえ、山奥にある研究所の早朝は冷えるため、水も冷たく頬が突っ張るような感覚に見舞われる。鏡で自分の顔を見ながら、今日で最終日だと再確認する。手際よく身支度を済ませて、食堂へ向かうために部屋の扉を開ける。

 するとその瞬間。頭上に設置してあったくす玉が割れ、その中から『おめでとう』と書かれた簡易的な掛軸が降りてきた。そしてそれは、ガツン、という音を立てて宗助の頭にクリーンヒット。


「痛った……」


 中身がよく詰まっていそうな音がした。

 不意打ちの痛さにうずくまって頭を押さえていると、不破と白神が両隣の部屋から突然飛び出してきて、「誕生日おめでとー(ございます)!」とサラウンド音声で祝福してきた。

 不破は、本部ならもっと手の込んだ事ができた、と少し物足りなさそうに言った。宗助からすると、祝福してもらえるのはありがたかったのだが……。


「あの、まず、打った部分の心配とかを……してくれないんですね……」




 そんなこんなで、朝食を摂る為に、宗助は一人食堂へ向かった。ほとんどの研究所員が自宅からは通わずに泊まり込みで研究所にいるので、早朝でも食堂に姿を現す人の数は多い。宗助が食堂の端の方でゆったりと食事をとっていると、突然対面の席に新原亜矢子が陣取った。


「亜矢子さん。おはようございます」

「うん、おはようございます」


 挨拶をしながら、亜矢子へと視線を向ける宗助。しかし少し朝に似つかわしくない光景がそこにあった。彼女の手の中には一皿のカレーが載ったお盆。


(うわ、朝カレーか、元気だな)


 なんて思っていると、亜矢子が『生方さん、今日誕生日らしいじゃないですか』とだけ言ってそのカレーを差し出してきたのだ。朝からカレーを摂る習慣が無いため、驚きと困惑に身を固めていると、他の名の知らぬ女性所員が突然何か焦った様子で歩み寄ってきた。


「そ、そのカレーはッ!!」


 そして名も知らぬ彼女は、宗助の眼の前にあるカレーは食堂の裏メニューであることや、そのカレーがいかに高級であるかだとか、下っ端研究員である自分達では普段滅多な事では恐れ多くて注文できない代物である、という事を説明口調でべらべらと語るだけ語ったあと、亜矢子の隣に腰掛けた。彼女曰く、そのカレーを朝から食べる、というのは、『ある種のステータスであり人間として生まれてきたことへのラグジュアリー』であるらしい。

 どんなカレーだ。と訝しげな視線をカレーに向ける。だが、言われている通り本当に、文句無しに美味しそうだった。

 どれだけ煮込んだのか具は殆どとろとろになってルーに溶け込んでおり、そのルー自体もカレーにありがちな茶色よりも黒に近いと言うべきだろうか。ライス自体にも気を使われているようで、ほんのりスパイスが効かされて黄色に色づいている。それが上品な辛さを持っていることはその香りだけで誰もが判るだろう。これに食欲をそそられない人間と言うのは、何かの病気であるか単純に辛い物が苦手な人だけだ。


 せっかくだからとそのカレーを遠慮なく頂いていたら、次々と匂いにつられたらしい野次馬が集まり始めた。一体どこまでそのカレーが崇高な物なのか。ざわめく野次馬達に向かって「彼は今日誕生日だから」と亜矢子が大声で言うと、なぜか祝福の拍手が巻き起こり、食事どころではなくなってしまった。宗助は動物園の見世物パンダではないので、食事シーンを見物されるというのは当然嫌だったが、どこかに行けとも言えずそのまま食べきった。

 だが、これを機会に宗助は様々な若手の研究所員達と、少しだけではあったが会話を交わした。その会話の中で、研究所員にとってスワロウの特殊部隊員というのは敷居の高い存在であるという事をこの時知らされた。研究所に就いて日が浅い者なんかは、宗助たちが訪れるまで非常に緊張していたらしい。しかしおおらかな不破であったり、気さくに話す宗助を見てその認識を改めた人間は少なくないようだ。


 とにかく、誰が触れ回ったかは不明だが(ほぼ九割九分目星はついていたが)誕生日だという事で朝から大変な人気者状態になり、任務とは別のところで少し疲れを溜めてしまうのだった。

 そして、解析作業の最終行程が始まる。プライベートはプライベート、仕事は仕事であるという事をここの職員達はよく理解しているようで、所員達も朝の騒がしくフレンドリーな空気は取り払い、緊張感を持って解析作業の最終段階に取り組んでいる。

 現場の人間に説明を聞いていると、本体が特に何の変哲もない鉄材だという事で、一応は入念に調査はしたのだが、それでも予想よりも遥かにスケジュールが前倒しになったそうだ。

 話を聞きつつ、宗助がガラスで隔てられた個室の中へと視線をやると、カレイドスコープがぐるぐると回転させられながら、赤い光を当てられていた。一体どういった装置でどういった事を解析しているのか、と言うのは話には聞かされたが、専門的過ぎて理解できず、「はぁ……なるほど……」という気のない返事しか出来なかった。



 時刻が午前十一時を少し過ぎた頃、何十種類の方法に及ぶ解析作業は問題なく全て終了した。

 解析が終わると、今度はそれによって出力されたデータを纏める必要がある。データ出力の為のチームはまた別に組まれており、これからはそちらに所属する人間が忙しくなるようだ。そのメンバーの一人である谷澤は、メガネを鋭く光らせつつ凄まじい速さでパソコンのキーボードを打ち込む作業に没頭していた。

 この三日間を振り返れば、結局護衛警備と言っても、研究所において特に宗助達に目立った活躍の場があったかと言うとそうでもなく、任務外の事の方ばかりに体力を使う任務であったと宗助は思う。こんなので良かったのだろうかと少し複雑な気持ちでいると、なんとなく彼の心情を察したのか、亜矢子が近づいていき、宗助に声をかけた。


「なんだか、浮かない顔をしていますね」

「……そうですか?」

「まるで、自分が必要無かった、って顔してる」

「ははは、まぁ……そうかも、ですね。ずっと見ているだけだったから、こんなのでいいのかなって言うのは、少しだけ」

「……まぁね、その見ているだけ、っていうのが、重要なのだと私は思います。やっぱり未知のマシンヘッドを解析するときは皆怖くて、そうなるとスワロウの隊員が傍に居てくれる、っていうだけで安心して作業が出来るから、本当に助かりましたよ」

「そう、ですか」

「ええ。だから、もしそんなことを気にしているなら、お門違いってやつです。それより、さっさと色々と片づけちゃわないと」


 笑顔を見せ「それじゃあ、ご苦労様」と労いの言葉を残して、彼女も自身の持ち場へと戻っていった。


 宗助は彼女の言葉のお陰で、心がほんの少しだけ軽くなった気がした。



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