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machine head  作者: 伊勢 周
6章 生方宗助、初任務
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そして夜は更けて

 人間の欲望と言うものは限りない物で、一つの欲求が満たされると、しばらくは満足できるのだが、少しばかり時間が経てば、先程よりも少しハードルの高い欲求に駆り立てられる。


 芸術家がいい例だ。どれだけ満足のいく作品を作り上げたとしても、彼らはそれで満足することが出来ない。更に良い物が作れるはず、更に良い物が作りたいという欲求に平伏すこととなる。


 そんな例えと全く同じかと言うと疑問符が付くが、とにかく宗助は、「誰か他にも、お祝いの連絡をくれないかな」と欲張ってしまっている訳である。

 枕に埋めていた顔をあげて、携帯電話を拾いあげてディスプレイを確認したところ、新着メッセージの通知がある。電話中に来ていたようで、気づかなかった。操作して、メッセージを展開する。メールの送り主は父だった。


(親父……?)


 メッセージを展開するとそこには、父親と妹が妹の病室で『宗助誕生日おめでとう』というプラカードを持って飛び切りの笑顔を振りまいている画像があった。


「……俺の誕生日ダシにしてあおいに会いに行っただけだろ、これ……」


 宗助は写真を見て鼻で笑いつつも、若干ホームシック気味でもあった宗助には良い薬になったのかもしれない。宗助はぼぉっとする頭で、特に何も考えもせず、なんとなく携帯を操作し、その画像を待ち受けにした。そして携帯電話を置いて目を瞑った。時計の針が回る音と宗助の呼吸の音だけが、静かに部屋に響く。


「すぅ、すぅ……」


 時計の音に合わせるように寝息を立て始めたが、すぐに宗助ははっと目を開き携帯を開ける。


「何恥ずかしい事やってんだ俺は……!」


 そう言うと、待ち受けを家族のものから以前のシンプルなものに戻した。僅か一分で普段の待ち受けが宗助をお出迎え。のはずだったのだが、立て続けに携帯電話が身体を震わせる。

 バイブレーションの音と共に液晶に表示された名前は。


 瀬間 岬


 眠りに就きかけていた宗助の頭脳は、一気に覚醒する。少し焦りながらも、親指でゆっくりと操作して、耳に受話部分をあてる。


「はっ、はい。もしもし」

『……もしもし、宗助君? えっと、その』

「うん」

『……もしかして、寝てたりしてた?』

「……いや。普通に起きてた」


 嘘をついた。


『そっか。今、電話して大丈夫だった?』

「うん、大丈夫、大丈夫」

『良かった。寝てるの邪魔したりしたらどうしようかと思った』

「大丈夫だよそれくらい」


 ここまで岬と話をしていて、宗助自身ももしかして誕生日をお祝いしてくれるのかも、オペレーターズから電話があったと言う事はもしかして、などと淡い期待を抱いていたのだが、やはり自分から「今日、俺誕生日なんだけどお祝いの電話?」なんて言えるわけもなく、無難に、無難に、口数少なく会話を進めていた。そんな宗助の気持ちを知ってか知らずか、岬はいつもと変わらないのんびりとした様子で話していたのだが、会話に少しだけ変化が表れる。


『えー、こほん』

「……?」

『宗助君、お誕生日おむっ、お、おめでとう!』


 またしても噛んだが、しかし言い切った。ここでは、噛んだ噛んでいないなんて、宗助にとっては些細な問題である。決して不意打ちなどではないはずの岬のそれに、嬉しさに胸を撃ち抜かれた。それはまるで魔法がかけられた言葉のように、心を温かくしていく。そんな宗助の様子も知らずに、岬は言葉を続ける。


『本当は、もっと早く連絡するはずだったんだけど、色々あって、こんな時間になっちゃって。ごめんね』

「……謝ることじゃないって、そんなの」

『用件それだけだったから、迷惑じゃ無かったかなって』

「それだけ(・・)なんて、迷惑なんて、とんでもない。俺は本当に幸せもんだ。あぁしあわせもんだとも。本当に、……ありがとう」


 宗助は少し高揚した声で、独り言のように自分の現在の心境をストレートに表現する。


『ふふ、どうしたの? 急に』

「んん、どうしたんだろう。本当に嬉しくて」

『そっかぁ』

「さっきもさ、海嶋さんとか桜庭さんとか秋月さん達が電話してきてくれて。みんな誕生日って覚えていてくれるもんなんだな」

『……そうなんだ』

「ん、どうかした?」

『んーん、なんでもない。不破さんがね、結構そういうのよく覚えていてくれるんだよ、それで、みんななんだかんだと一緒に覚えてて』

「あぁ、あの人はそんな感じだよなぁ。いちいちパーティ開いてそう。出来る限り」

『うんうん。それで、いちいち屑玉とか、他にも変な仕掛けとか作ってね』

「ははは、変な仕掛けってなんだよ」

『ええ、冗談なんかじゃないんだよ! 前なんか本当にすごい奴作って、あまりのうるささに雪村さんがカンカンに怒って――』


 他愛もない話で、時間が過ぎるのも忘れて二人は話し続け、夜はますます更けていった。


 宗助はこの夜、常に誰かに背中を押してもらっていることを改めて認識したし、篠崎あかねもまた、少しずつ過去に縛られた生き方から離れて、前に進もうと決意した。


 前に進むには、膨大なエネルギーを必要とする。過去という楽しさや優しさから離れる勇気が必要だ。たとえそれが小さな一歩でも、大変に偉大であり苦行なのだ。


 それぞれが少しだけ寂しさを感じながら、それを振り切って前へと進んだ夜だった。





 更に時は経ち、深夜。

 電話を枕元に置いて、ぐっすりと眠りに就いている生方宗助。日付は五月二十日。……後になって思えば、この日は宗助にとって、とても嬉しい誕生日であり、そして……人生最悪の誕生日になったのかもしれない。



         *



『お留守番サービスに、接続しま』


 千咲はつまらなさそうに電話の通話ボタンを押して、流れる機械音声を無理矢理終了させた。


「ったく、人がせっかく……」


 苛立たしげに吐き捨てて、千咲は携帯電話を閉じるとそのまま卓上の充電ホルダーに差し込んだ。ベッドにぼふんと音を立てて倒れ込むと、目を閉じる。

 近頃、訓練が厳しい。宍戸副隊長が帰って来た影響もあるのだろうか。弛んでいると判断されては教官たちも責任を問われるだろうから気合が入っているのだろう。

 他にも、妙な時間に出動させられて生活のリズムが不規則になったのも、彼女の体力を奪う一因になっている。

 この苛立ちも、きっと疲れと睡眠不足から来るものだろうと自己判断し、そのまま眠ってしまおうとする。だが、何故だか眠ることが出来ない。


(疲れているから、イライラしているって? ……違う。多分違う。苛立ちの正体は――、)


 千咲は夕方の事を思い出す。小春が鬱陶しい笑顔で呼び止めてきて、何を言うかと思えば


「ふふふ、よかったねぇ千咲ちゃん! 生方君たち、明日帰ってくるってさ!」


 そっけない返事で流したけれど、ほっとしている自分は何だ。


(仲間が任務から無事帰還すると聞いて、ほっとするのは当たり前だ)


 それでは、電話が繋がらなくて、苛立ちを感じている自分は、何なのか。


(……もういい。知らない)


 今の千咲には、掴みきれないものだったが。帰ってきたらどんな顔で出迎えてやろうか、などと考えていると、ようやく自然と眠りに就くことができた。





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