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machine head  作者: 伊勢 周
6章 生方宗助、初任務
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過去との遭遇

 同時刻。スワロウ所属京都福知山研究所では。


「なぁ谷澤」


 不破は、何もやる事が無くて退屈なようで、研究作業員の中でも比較的仲の良い谷澤のもとへと足を運んでいた。しかし谷澤は暇ではない。三つのモニター相手にキーボードを叩いたり、紙媒体の資料に目を通したりしている。


「なんですか」


 彼はモニター類から目を離さずに、声だけで不破に返事をした。不破は別段気を悪くするわけでもなく言葉を続ける。


「現時点で何かわかったか? 第一行程からえらく張り切っていらっしゃるようで」

「………、言葉にするのが難しいのですが」

「んん?」

「材質自体は、何の変哲もない鉄材です。色々混ざっているので『合金』と表現した方が正確ですが」

「ほうほう」

「…………」

「…………」


 会話、終了。不破は当然、その続きもあるものだと確信していたので、その沈黙にがたがたと音を立てて、まるでお笑い新喜劇のようにわざとらしく体ごと躓かせてしまう。


「ちょっと、精密機械が沢山あるんですから、暴れないで下さい」


 谷澤は「タダでさえ不破さんは触れば何でも壊せちゃうんだから」と相変わらずモニターに視線を釘付けたまま不破を窘める。


「いや、『言葉にするのが難しい』とか言うから難しい話が飛び出すかと思ったら、そんだけかよっ!」

「ええ。うまく言葉にできないから、確定している要素以外は喋らなかったんですけども。まずかったですか」

「……これだから学者って奴は……」


 不満げな顔の不破に、ようやく谷澤は顔を向けると「それじゃあ、僕の予想を一つだけ簡単に言ってみましょうか」と切り出した。不破は不機嫌な顔から一転、谷澤の話に食いついて顔を寄せる。


「このカレイドスコープって、例の核の部分が上空に浮いていたわけでしょう?」

「ああ。すっげぇ上だった」

「この『核』を『人間』として置き換えてみると解りやすいかもしれません」

「おう。……ん?」

「この人間が、不破さんのように『物体の形を操る能力がある』と仮定して」

「ふむ……って、おい、ちょっと待ってくれ。コアにドライブ能力? そんな馬鹿な話あるか」

「とりあえず最後まで聞いてください」

「……はい」

「無線電波を接続するコネクタの様な、うーん、なんて言えばいいんだろう、まぁとにかく特殊な装置があって、それを介して、この単なる鉄の塊を上空から自在に遠隔操作ができていた、という仮定はどうでしょうかね。だから、今解析しているアレをいくら叩こうが何も出てこない。かもしれません」

「……なるほど」


 不破は渋い表情で、右手で顎を触りながら相槌を打つ。本当に理解しているかは不明だ。


「マシンヘッド達共通の『人間を吸収する』という機能も、もともとはドライブ能力であると仮定すればそこと一層繋がります」


 不破はしばらく沈黙を貫いていたが、やがて考え事が済んだのか、ゆっくりと口を開く。


「今後俺たちのような独自の能力を持った機械が現れる事もあり得ると」

「ええ。万が一、この仮定が正しかったら、ですけどね」


 今彼らが話題にした「能力を機械化」など、通常の想像からはかけ離れすぎていた。機械の兵隊の存在自体が常軌を逸してはいるのだが、それの更に上の上を行っていた。

 ドライブ能力は人間の精神が肝であるのに、命も精神も持たない機械がそれを操るなど、出来るはずもないと。

 そしてもしそんな事があるのなら、人間と違い、機械一体にいくらでも能力を搭載できるかもしれない。命も心もない機械に、人間を殺戮できる強力な能力を量産して搭載できるとしたら。

 谷澤の仮定は、不破の心の隅に少しの不安を植え付ける結果となった。



          *



 現在宗助は、とある女性に腕を引っ張られ、街を縫うように走っていた。先程、突然宗助に声をかけた女性だ。その彼女はというと、「こっちこっち」、と楽しそうに声と息を弾ませて、宗助の前をかれこれ十分近く走っている。前述したとおり、宗助も腕を引っ張られているので当然一緒に走る事になり、彼女があまりにぐねぐねと道を曲がる物だから、既に帰り道がわからなくなっていた。しかし宗助がその彼女に腕を振り払えないほどの強い力で掴まれていたか、というとそうではなく、振りほどこうと思えばいつでも振りほどけたのだろう。宗助がそれをしなかっただけだ。彼にとって、少しだけ懐かしい光景がそこにあったから。


「ちょっと、あかね、ストップ、ストップ、いい加減止まってくれ!」


 白神を置き去りにする形になってしまったし、これ以上離れるのはさすがに不味いと感じて前を走る女性に声をかける。制止の声を聞いてようやく、彼女は足をとめた。

宗助は、自分の腕を掴む彼女の手をそっと振りほどく。彼女は少し名残惜しそうな顔をしたが、抵抗はしなかった。


「ふぅー。よく走ったね、お疲れ様。うわ、すごい汗でてきた」


 とだけ言って、彼女は右手で少し額の汗を拭う。


「……あかねは、相変わらずだな」


 宗助も少しだけ呼吸を早くしながら女性に話しかける。

「そういう宗助は、なんだか少し、顔つきかな、大人になった?」

「誰だって時間が経てば大人だ」

「そういう言い分は、そちらこそ相変わらずみたい」

「そうかな」


 宗助は少し参った顔で、彼女を見て、


「それで、なんで俺は、こんなとこまで走ってこさせられたんだよ」


 至極当然な質問をぶつける。あかねは呼吸を落ち着かせながら、「だって」と一言だけ言って、少し考える様な仕草で視線を泳がせた。



――時間を少しだけ遡る。あかねが、宗助と白神の前に現れたその瞬間まで。


「どう? これでわかった?」


 帽子もサングラスも取っ払ったその女性の顔立ちは、宗助の記憶とは多少の差異はあるものの根本は変わる筈もなく、一瞬で様々な想いが体を走り抜ける。


「あ、あかね……?」

「せいか~い! 忘れられてたらちょっとだけ寂しいなって思ってたけど……」


 彼女は更に一歩、宗助の前に体を進める。


「さすがに、昔の恋人の顔くらい、覚えてるよね」


 突然現れた彼女は、驚くことに、宗助が生涯で一度だけ交際したという女性だった。篠崎(しのざき)あかねは、所謂宗助の『元カノ』にあたる存在であった。宗助より年は一つ上。付き合っていたのは二年ほど前で、付き合っていた期間は半年間程度。詳しい馴れ初めはここでは割愛する。

呆気にとられ言葉を発せずにいる宗助よりも早く、近くに居た女子高生の集団が、黄色い声をあげ始める。


「あれ、もしかしてあかねじゃない!?」「え、どれよ!?」「あれ! あの、あそこにいる」「ホントだ、篠崎あかねだ!」


 そんな声に呼応して、往来の人々が集まり始めた。人通りは多くは無いが少なくもない。ざわつき始めた周囲を見て、あかねは『しまった』と、その童顔がぐんぐんと曇っていく。


「な、なんだこれ、お前もしかして、なんかの有名人なのか?」


 あかねは、なにか迷っているような困っているような、そんな態度で周囲と宗助の顔を交互に何度も視線を行き来させ、しまいにはぐっと決意めいた瞳を浮かべて、帽子をかぶり直し、サングラスは襟にひっかけた。そして宗助の右手を掴む。


「久々に、一緒に走ろっか」

「へ? ……お、おい!」


 周囲の喧騒も隣にいた白神も、買ったばかりの傘も置き去りにさせて、彼女は宗助を連れて一目散に駆けだした。



 ――こうして、先程の場面に戻るわけである。


「あたしね、今、歌手やってるんだ。だから、結構勝手に写真とられたり、週刊誌に抜かれたりするからさ。面倒くさくなる前に逃げたって訳」


「そんなもん、俺を連れてきた理由になって……って、歌手!?」


 あかねの発言に、オーバーリアクションだと言われてもおかしくないくらい、宗助は素っ頓狂な声を出した。


「うん。そんなに意外?」

「意外って言うか。いや、あかねは、何していてもおかしくないくらいバイタリティ溢れてたから」

「ふふ。でも、あの頃よりは落ち着いたよ、ちょっとはね。っていうか、私、結構有名になったと思ってたけど、宗助は知らなかったんだ」

「ん、……最近ちょっと、忙しくて」


 宗助はそれ以上現在の自分の状況を詮索されたくなくて、あかねから目をそらした。何か言いたくない事情が有るというのが十分周囲に伝わるほどの、あからさますぎる宗助の態度を見たあかねは、くすりと笑う。


「……宗助のさ、そういう、嘘とか隠し事しようとしてるけれど、下手くそで丸わかりなところ。なんか可愛くて、好きだったなぁ」

「……。前から言ってるけどさ、可愛いって言われて喜ぶ男はいないからな。いや、居たとしてもそれは男と言うジャンルからはぐれた男というか、そう、特殊な人であって――」

「そうそう、そのムキになった感じの返し方も可愛いね」


 少し頬を赤くして、それを誤魔化すかのように口数多めで反論する宗助を、あかねは手慣れた様子で弄ぶ。傍から見れば仲の良い男女が路地裏で談笑しているようにも見えるのだが、もう一度書いておくと、彼らは二年程前に別れが訪れた、『元』カップルである。


「なんか、なつかしいね、こういうの。高校時代思い出さない?」

「あー、まぁ……。俺は、こないだ卒業したばっかだけど」


 ため息交じりに、宗助が言った。


 突然だが、彼女・篠崎あかねについてほんの少しだけ語ると……。

 彼女は物事の持つ『一瞬』が好きである。と、彼女自身で自覚している。

 春に美しい花を咲かせる桜も、雨が降り風が吹けば瞬く間に地に落ちてしまう。それ故の儚さ、その舞い散る「一瞬」。

 沈みかけた赤くにじむ太陽と空は、半日の間真っ白に輝く太陽よりも人の心を惹きつけてやまない。その燃え尽きる寸前のような「一瞬」。

 素晴らしい瞬間に出会うたびに、彼女は、大事な人と共にそれを感じていたいという願望を抱いていた。けれども、どんな時だって彼女が心打たれるその「一瞬」は待っていてはくれなかった。一瞬だから美しい、しかし一瞬だから、すぐに消え去っていく。沢山の素晴らしい「一瞬」を独り占めしてしまっている。


 一秒一秒、そんな風に感じながら、彼女は生きている。


 大事な人に、周りの人々に、自分の感じてきた「一瞬」を少しでも伝えたい。そんな思いを胸に彼女は、どうにかして人に伝える方法は無いか、共有する方法は無いかと考えはじめた。

 まずは絵を描いてみた。だけど、思ったように描けない。それどころか、自分の中で色褪せていく景色に、自分自身でその一瞬を潰してしまったような気分になった。それなら、と写真を撮ったけれど、なかなかそう上手くはいかず。試行錯誤の末彼女は、感じてきたその一瞬を思い浮かべながら歌にしてみた。思ったままに詩にして、気の済むまで曲を作り続けた。それは、随分と彼女の中でしっくりきた。


 そして、町に出て、いろんな場所で歌った。最初は勇気が出なくて、それと比例して声も出なくて、誰にも相手にされなかった。けれども、次第に、彼女の歌は、声は、様々な色や景色を帯び始め……彼女が夢見た以上の反響が返って来た。


 それでも彼女は、自分が伝えたいものが本当に伝わったのかどうかわからなくて、何度も何度も歌った。何度も何度も沢山の歌を、沢山の場所で歌った。歌って、歌って、歌いまくった。気が狂ったように言葉を並べて、心の赴くままにメロディを紡いで。時に人の心をあったかくして、時には涙を流させながら。気付けば彼女は、名の知れたストリートミュージシャンの仲間入り。


 そんな彼女に、芸能プロダクションからのスカウトがかかる。その頃同時に、歌う事に没頭するあまり、宗助と彼女との間に物差しでは測れない距離ができていた。決して愛情が無くなってしまった訳ではなく、むしろ逆だった。だが、ずっとそのままで居ては取り返しのつかないことになってしまうと薄々感じていた。

 少し曖昧な恋人との関係と、決断を迫られる卒業後の進路。彼女が選んだ道は――。





「生方さーん」


 背後から聞こえた白神の声に、はっと後ろを振り返る宗助。置いてきてしまったと思っていた白神が走って追いかけて来たのだ。


「ふぅ。やっと追いついた」


 白神は二人の傍まで駆け寄ると、右手で額の汗を拭う。


「白神さん、すいません。急に走り出したりして」

「いいえ、気にしていませんよ。それより、こちらの女性は?」


 宗助から、その隣の彼女に視線を移す。


「はじめまして、篠崎あかねっていいます。宗助の恋人です。……昔の、が頭に付きますけど」


 可愛らしく言う彼女に対し、宗助は「ややこしい言い方をするな」と、気まずそうに窘める。


「へぇ……」


 白神は興味津々といった顔と視線を宗助に向け、その視線がいたたまれなくなった宗助はあかねに話しかける。


「そ、それよりあかね、ホラ! 時間大丈夫なのか? どっか行こうとしてたんだろ?」

「あ、いけない、リハーサルと打ち合わせがあるんだ! マネージャーに怒られちゃう!」

「リハーサル?」

「あ、明日ね、この近くでライブやるんだ。あっ、そうだ!」


 あかねは突然ポーチに手を伸ばして財布を取り出すと、紙切れを二枚取り出した。


「これね、関係者用のチケット、余っちゃってさ。見に来てよ! 明日の五時開場だから! 絶対来てね! ほら、全部あげる!」


 そう言って、無理矢理宗助に二枚のチケットを握らせると、「じゃね」と言って彼女は駆けて行った。宗助は「行く」とも「行かない」とも言えず、去り行く彼女の後姿をぼけっと見つめる事しかできなかった。



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