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machine head  作者: 伊勢 周
6章 生方宗助、初任務
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エレメンタルドライブ


 何度も何度も礼を述べる母親とその娘に半ば無理やり別れを告げて(なかなか帰してくれそうになかったため)元来た道へ踵を返す。ガラスの掃除は流石に自分たちの仕事ではないので、その場の後始末はビルの所有者などに任せてパトロールに戻った。


「まさか、出張先でまで『ちさき』に振り回されるとは思いませんでしたよ」


 軽口をたたきながら、宗助は肩をぐるぐると調子を確かめるようにゆっくりまわす。すると隣を歩いていた白神が立ち止まる。宗助もつられて立ち止まった。


「生方さん。一つだけお聞きしておきたい事があります」

「……? なんですか?」

「生方さんは、千咲さんの事をどう思っているんでしょうか」

「え――」


 宗助は最初、その言葉の意味がわからなかった。次に日本語としての言葉の意味は理解できても、そこに隠れている意図が掴めなかった。宗助は、少し前の事を思い出す。この白神弥太郎という人は、こと一文字千咲の話になると普段見せない表情や態度を見せる事があるという事を。


「えっと、良い奴だな、と思いますけど」


 当たり障りのない答えを返して様子を見る。その返事を聞いた白神は特に何か反応するわけでもなく、少し黙り込む。そして、「ここからは二人だけの内緒の話になりますが」と最初に付けて、


「僕はね、生方さん。千咲さんが好きなんですよ。人間としても、女性としても」


 爆弾発言だった。

 それはそう表現しても決して大袈裟ではない。宗助はまさに、言葉の爆弾をいきなり投げつけられた。投げつけた当の本人は、どういうつもりなのか全く表情に動きが無い。宗助は内心、激しく動揺する。

 そしてますますもって、何故そんな「内緒の話」を自分に言うのか、てんで理解できなかった。もしかしたら、「俺がツバつけてるんだから、お前は余計な事するんじゃねぇぞ」とでも言いたいのだろうか。もしもそうなら、誤解だと言いたかった。そう、宗助にとって千咲は、接しやすい同僚の一人で――。


(本当にそれだけ、か……)


 頭の中で自分によく似た声が問いかけてきたが、無視をした。きつねにつままれたような顔で白神の顔を見返すだけの宗助を、白神は不思議そうな顔で見返す。


「あれ、おかしいですか? それはもう、とても魅力的な女性だと思うのですが」

「いや、えっと、その――」


 宗助は二の句が継げずにいたその時だった。


「ちょっと待って」


 突然声をかけられた。そして次に


「……もしかして……、宗助?」


 確かに名前を呼ばれた。

 縁も所縁もないこの土地で道行く人に名前を呼ばれるなどという出来事が起こるとは予測していなかった為、宗助は自分の事だとは思わず、ただ単に同じ名前の人でもいるのだろうか、と首を少し捻って、声がした方を見る。


「やっぱり、宗助だよね! さっきの騒ぎをたまたま見てて、もしかしてって思ったんだけど」


 野次馬の内の一人の女性で現場から後をつけてきていたらしい。細身の体に地味目の黒いジーパンに身体のラインに沿ったシャツにライダースジャケットを羽織っており、目深にかぶったキャップとレンズが大きいサングラスのせいで顔が判別できない。いかにも「正体隠してます」って女がそこにいた。


 視線はわからずとも、その顔と声は明らかに真っ直ぐ生方宗助に向けられている。どうやら、この女性が「宗助」と呼んでいるのは自分のようだと、ここで気づいた。

 だが、宗助にはその女性に思い当たるフシがない。彼女の方はそうではないようで、確信を持って宗助の名を呼んでいる。


「私だって。わ、た、し!」


 そう言って彼女は宗助に詰め寄り、自分の顔を指差す。だが目深にかぶった帽子とサングラスのせいで、素顔なんて判ったもんじゃない。宗助が口ごもり返事に困っていると、


「あ、そっか。これじゃあ顔わかんないよね、ごめんごめん」


 と言って、いそいそと帽子とサングラスを取り外した。そうしてようやく、その女性の姿は宗助の記憶中枢を刺激した。そう、その目の前の彼女は――。




          *




 今朝、千咲が寝坊したのにはちょっとした理由があった。


「お疲れ様、千咲ちゃん」

「どうも。やっぱり深夜の出動は慣れないわ」


 十七日の深夜から十八日未明にかけて対マシンヘッド用レーダーが反応した。数体現れたマシンヘッドは序列最下位の雑魚機体であったが、出現場所が市街地ではなく、まさに今朝不破達が出発した列車車庫から一キロ程離れた人気のない貨車操車場。

 ちなみに最下位がどの程度かというと、一般人でも知識と経験と、後は肉体を鍛えればなんとかなるレベルのマシンで、出動した千咲は、発見するなりものの数秒でそれらを片づけてしまった。迅速な対応のお陰で、被害はゼロに抑えたが、帰還した彼女が眠りに就いたのは、草木も眠る丑三つ時もとっくに過ぎた、午前の四時頃だったのだ。寝坊しても仕方ないと言えば仕方ない。


 特別に午前の訓練を免れて、少しだけ仮眠を取り、現在はレストルームで「移動時間の方が余裕で長かった」と、たまたま同じ時間に休憩中であった小春に愚痴っているところだった。

 女三人よれば姦しいと言うが、二人揃うだけでも会話は止まらない物らしく、あーでもないこーでもないと様々な話に華を咲かせていた。現在彼女たちの話題は、久々に帰ってきた副隊長の話から、次の話題へ移行する。


「しかしまぁ、京都のアレ、三人も派遣する必要あんのかな」

「どうなんだかねぇ。その分、基地こっちに残る千咲ちゃん達の負担が増えるもんね。でも、最近は春先よりも被害報告が少ないんだよ。国外の紛争地域は実数が掴みにくいけど、とりあえず日本は、ここ最近で一番少ないかな。みんなの頑張りの成果!」

「確かに、前回出動したのは、宗助の時だったかな。いや、でもね、そういう事じゃなくて、純粋に、ただの運搬護衛に三人もいるのかなぁ、ってね」


 千咲は片肘をついて天井をぼんやりと眺めながら、もう片方の手の中指と親指で持った缶コーヒーをぶらぶらと揺らしている。


「特に、宗助なんて、連れて行く必要ないでしょうに。わざわざ怪我上がりの隊員連れて行く理由が私にはわかんないわ」


 そう愚痴っぽく言って嘆息する千咲の顔を、小春は何か言いたげな顔でじっと見つめる。


「なに?」


 視線に気づいた千咲が小春に問う。その視線は何事だ、という意味合いを込めて。すると小春は


「さては千咲ちゃん、生方君が居なくてさびし~んだ~」


 と、口角をにんまりと上げつつ言った。そのからかうような発言を受けた千咲は、特に驚きだとか焦りだとか照れだとかを見せる訳でもなく。


「違うっつーの。ただ単純に論理的じゃないって話をしてるんですー」


 馬鹿にしたような口調で一刀のもとに切伏せる。一応、桜庭は千咲より六つほど年上であるのだが、全く敬う態度だとか年上に対する敬意配慮が感じられない。しかし桜庭も特に気にする様子もなく


「なんだ。遂に千咲ちゃんに春が来たのかと胸をときめかせちゃったのに。お姉さんつまんなぁい」


 最後の一文を、妙なしなりを作って演技がかった口調で言う小春に対して、千咲はいかにも嫌なものを見てしまった、という態度と表情を作る。


「つまらなくて結構です。あとソレ、秋月さんのマネなら二度としない方がいいよ。全然似てないのに結構気持ち悪い」

「ひどっ! 私と雅さん両方にひどい!」

「……。……ま、寂しいっちゃあ、寂しいかもね。投げ飛ばす相手がいないっていうのは」

「ほらー! やっぱりさびしいんだぁ! このこの、素直じゃないんだからー!」

「代わりに桜庭さんを投げても良いですか」

「ひぃっ!」


 千咲の気迫に、小春は涙目で音を立てて椅子ごと後ずさる。しかし千咲はそんな事を言いつつも、色々と思うことがあった。岬と二人で買った彼への誕生日プレゼントについて、こんなタイミングで出張されてしまっては渡すタイミングが難しいではないか、と。

 ため息が一つ、誰にも気づかれないままひっそりと、コーヒーの湯気に混ざって消えた。



 岬と千咲、二人のどちらが宗助へのプレゼントを保管するかという話になった時に、自然と日用品管理がしっかりと出来ている岬の方にその任務が課せられた訳だが、どうやって渡すのか、という課題はやはり解消されないままであった。

 岬の部屋にあるスチールラックの二段目、そこには幾つかの写真立てが置かれており、そこにはスワロウの隊員達と撮影した写真が収められている。それらの横にその紙袋はぽつんと居座っていた。岬がスカイガーデンで負傷した際、気を失い眠る彼女のすぐ横に置かれていた紙袋を平山が持って帰ったおかげで無事に彼女の手許にある。奇跡的に大きな傷もない。


 現在部屋の主は、医務室で個人個人の健康管理票を整頓している為不在だ。そして、近い将来、それの持ち主になるであろう人物も、現在は遠く離れた場所に居る。

 部屋の主がこの二日間、夜になる度にずっとその紙袋とにらめっこしている事は、机の上に置かれた小さな犬のぬいぐるみくらいしか知らないこと。


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