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machine head  作者: 伊勢 周
6章 生方宗助、初任務
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雨のちガラス

 何がどうなって誰の仕業でその窓が割れたかなんて言うのは、些細な問題。降り注ごうとしているのは、先程の水雨の様な優しいものではない。雨上がりの澄んだ空気の中を大量のガラス片が舞い、それぞれがキラキラと太陽の光を反射している。宗助は呆然と天空を見上げていたがすぐに何をすべきか脳をフル稼働する。ガラス破片はかなり広範囲にわたって飛び散ろうとしている。自分のすぐ傍に居るこの少女は絶対に守らなければならない、と本能的に一番に考えた。


――しかし、どうやって?


  ① 少女を抱きかかえて一瞬でこの場を脱出する。

  ② ドライブで風を巻き起こし、ガラス片を全て吹き飛ばす。

  ③ 諦めて少女を抱えて最大限縮こまる。


 頭の中に、三つだけ選択肢が現れた。一番やってはいけないのは、どれも選ばずにただ立ち尽くすと言う事。


 ①や②は成功しなければ③よりも確実に深手を負う事になる。だが③を選んだからと言って安全が保障されるわけでもない。何が最善なのか、瞬時に判断できない。ここまで、わずか一秒未満―。宙を舞っていたガラス片達が、重力に従って地面に降り始める。その時、宗助に背後からひとつの声が飛んだ。


「生方さんっ、小股二歩、左斜め後ろでしゃがんで!」


 耳に飛び込んできたその指令に、身体が驚くほど素直に、そして素早く反応した。まずは少女を抱きかかえ、そして言われた通り左斜め後ろに二歩動き、素早くしゃがみこんだ。せめて少女の顔や頭なんかに傷が付かないように、しっかりと抱え込んできつく瞼を閉じる。

 一番大きな破片が地面にぶつかり砕けて、それを皮切りに次々とガラスが降り注ぎ、それらが地面にぶつかり砕け散る音が響く。幾つものガラスの粒が、地面に跳ね返り方々に飛び散っていく。

 その中心に居るのは、子供を両腕で隠すように抱きかかえた生方宗助。白神の顔には何時もの笑顔も無く余裕もない。ちさきの母親は目の前で起きたその突然かつ一瞬の出来事に、両手で口を覆って呆然としていた。顔面は血の気が失せて、蒼白である。

 その大きな音に通行人が数人立ち止り、ざわつきつつも様子を見守っている。

 音がしなくなったのを確認して、宗助はゆっくりと眼を開く。


「……どこも、痛くない……」


 確かめる様に呟いて、次に腕の中の少女を見る。少女は何が起こったのか良く判っていないのか、きょとんとした顔で宗助を見ていた。


「……大丈夫か? 痛いところは?」


 少女は首を左右にぶんぶんと振る。どうやらどこにも怪我はしなかったらしい。


「そっか。良かった」


 無事を確認し、安心した宗助がふぅっと息を一つ吐いて立ち上がったところで、ちさきの母親が慌てて駆け寄ってきた。


「ちさき!」

「おかあさん」

「どこに行っていたの! 心配かけて!」


 母親はちさきを抱きしめ、涙をこらえた声で叱りつける。


「ごめんなさい……」


 母親に大声で叱られたちさきも、母親の腕の中、涙目で謝罪する。宗助がそんな親子のやり取りを見ていると、後ろから肩を優しく叩かれた。白神だ。


「生方さん、怪我はありませんか?」

「はい。怪我どころか、まるでガラスが避けるように落ちて……あの場所、白神さんが何かしてくれたんですか?」


 そう。宗助は白神の「左斜め後ろに二歩」という指示を聞き、それに従ったからこそ、無事にガラスの雨を回避することができたのだ。あのままあの場所に居たら、きっと無事ではあるまい。


「いいえ。僕は何もしていませんよ。ただ、あの場所が一番ましな場所だったから、そこに行けと指示しただけです」

「ましな場所?」

「ええ。でも、絶対に安全な場所じゃあなかった。残りの危険は、生方さん、あなたが自分の力で払いのけたんでしょう。じゃないと、さすがにこんな綺麗に避けて落ちてくれません」


 白神が、右手の人差し指をまっすぐ下に向ける。それにつられて宗助が足元を見ると、自分を中心に直径一メートル程の、ガラス片群で描かれた円ができていた。円の内、すなわち自分の立つ場所には全くガラスが落ちていない。円の外は、大小さまざまなガラスが落ちており、白神が足を動かすたびにパキパキと靴底がガラスを砕く音が聞こえる。


「まだ、説明していませんでしたね。僕のドライブ」

「やっぱり。さっきからの不思議な出来事も、全部ドライブの力だったんですよね」

「別に隠したりもったいぶるつもりは無かったんですが、生方さんの困った顔を見るのが少し楽しくて」


 白神はいたずらっぽく言って眉を下げる。それを聞いた宗助は力なく項垂れた。


「僕のドライブは……『エレメンタル・ドライブ』と呼んでいます。物事には、何にだって全て『前兆』があります。突然降りだしたように感じる雨も、僕達人間にとってはそのサインが微小過ぎて気づくことが出来ないだけで、ちゃんとした前兆があるんですよ」

「前兆……ですか」

「はい。僕のドライブは、物体の状態や情報を『声』として感じ取る事が出来る能力。そしてそういった声を頼りに、少しだけ先の事を予見したり、どこが安全でどこが危ない場所か、なんて事を感知する事が出来るんです。かなり特殊な力なので、生方さんや不破さん達のとは、少し違った物なのかもしれません」


 白神は一通り言い終えると、「何はともあれ、無事でよかった」と、標準装備の笑顔ではなく、心から安堵と無事を喜ぶ笑みを湛えた。同じ男だとは思えない程女性的でやわらかいその笑顔に、少しだけ見惚れてしまった。


「知らない」と「わからない」は違う意味の言葉である。

 宗助は、彼の事を「わからない人」だと言い表したし、つい数分前まではそう思っていたけれども、それは誤りだと認識した。わからないんじゃない。ただ、知らないだけだったのだと。今このとき、白神と接していくうちに、宗助はそんな風に思うようになった。


「あの」


 宗助と白神に向けて声がかけられる。二人が声の方に目を向けると、母親がちさきを胸に抱きかかえたまま見上げていた。


「本当に、本当にありがとうございました……何とお礼を申し上げればよいか……!」


 まだ若いその母親は、ただただ何度も二人に頭を下げ続けた。白神はそうでもないのかもしれないが、宗助にはここまで人に感謝されるという経験は多く無くて、反応に困りただただお礼を受け続けるのみであったが、それを見かねた白神が、


「生方さん。ホラ、お礼を言われたら、なんて返すべきなんでしょう」


 と小声で言って、意味深長な視線を横目で宗助に送る。促された宗助は少し照れながら言う。


「ええっと。その、どういたしまして。……ちさきちゃんの事、しっかり見ていてあげてくださいね」


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