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machine head  作者: 伊勢 周
1章 機械の兵隊
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一文字千咲の任務




「……なるほど。だいたい、把握できた。よしっ」


 彼女は元気よく言うと宗助に背を向け、腰に装着している小型機械のスイッチを押し、イヤホンを右耳に装着し、口元のインカムを指で引き寄せて誰かと通話を始めた。


「あ、不破(ふわ)さん、こちら一文字(いちもんじ)ですけど。…………はい。あ、いや、駆けつけたら既に破壊されてたので。……いや、なんでって言われても……。詳しくは戻りながら。ええ、現場はキレイですよ。清掃班を呼ぶ程じゃないです。さっさと回収したいので、早く迎えに来てくださいね、……はいはい、それじゃ」


 通話を終えて、「一文字」と名乗った彼女は宗助へと向き直る。


「その子、あなたの恋人かなにか?」

「違う。こいつは妹」


 宗助は痛む足を引きずりながら、あおいを担ぎ上げ、頭を揺らさないよう丁寧にベッドに寝かせ、寒くないようにと、肩まで布団をかける。


「そっか。言われてみれば、ちょっと似てるかも。その子、こいつに何されたの?」

「俺と一緒に投げ飛ばされて……頭を打ったのかもしれない。どこかに異常が残ったりしたら大変だから、看護師さんを呼ぼう」


 宗助がナースコールに手を伸ばすが、その手が一文字によって制された。


「……? なんだよ」

「ナースコール。ちょっと待って」


 一文字は、ふむ、とあごに手をやり眠るあおいの顔を覗き込んで、次に口元に掌を近づけて呼吸の様子を確認している。

 宗助は怪訝な表情のままで彼女の次の言葉を待つ。


「うん、大丈夫だと思う。ねぇ、起きて」


 そう言って、気を失っている妹の頬を指でぷにぷにと突いた。


「お、おいっ、そんな見ただけでわかるのか」


 慌てて彼女を止めようとするが、あおいのまぶたがピクリと揺れて、少しずつ持ち上がる。


「……ん、んん……?」

「目が覚めた? 調子はどう? 少しぼんやりするかな?」


 どうやら宗助が心配するほど気絶の度合いは浅かったようだ。朦朧とした様子で瞳を左右に揺らした後、目の前の女性に焦点を合わせる。


「……。え、あなた……誰、ですか……?」

「私は、あなたのお兄さんのお友達でさ。ちょこっと用事があって病院まで付いてきたの。ねぇ?」

「……はぁ?」


 素っ頓狂な声がでてしまう。しかし妹は兄の様子も大して気にする様子もなく。


「そ、そうなんですか……。あ、はじめましてですよね。私、妹のあおいです」

「あおいちゃんね。私は、一文字 千咲(ちさき)。よろしくね」


 千咲は右手をあおいの前に差し出す。あおいは差し出された手の意味を理解して上半身を慌てて起こし、自分の右手で差し出されたその手を掴み取った。


「よ、よろしくおねがいします……!」


 あおいは早口でそう言うと、千咲の顔を見上げて頬を真っ赤に染め、口をぽかんと開いてうっとりしている。


「どうした、顔真っ赤にして。まさかさっきので熱が……」


 宗助が指摘すると、あおいは自分のほっぺたを両手で包み、そわそわと落ち着きない様子で宗助の耳元に顔を持っていき、


「だってだって、お兄ちゃん、この人めちゃくちゃキレイっ、こんな友達いたのっ? モデルさんみたい、大学で会ったの? 本当に友達っ?」


 と、興奮気味に囁いた。


「……。元気そうで安心したよ」


 千咲はそんな兄妹の間に割って入り、握りこぶしを作ってあおいの前に差し出した。


「はいはい、ちょっとごめんね。あおいちゃん、これ見てくれる? あ、あんたはだめだからね、あっち向いといて」


「なんだよ……。っていうか馴れ馴れしいな……」


 除け者にされた宗助は愚痴りつつそっぽを向く。既にすっかり千咲のペースだ。


「……? なんですか?」


 きょとんとした様子でこぶしを見つめた、そのすぐ後。千咲が指を開いた瞬間。ぽん! と小さな小気味いい音が鳴り、あおいは「きゅう」とかわいらしい声を上げてベッドに逆戻りしてしまった。


「ちょっ、何だ今の音! 何をした!?」

「ちょっと眠ってもらっただけだから大丈夫。そんで、今この子が見た事……私に会ったこととか、機械兵に襲われたこと、この子にとって夢見てたってことになるから、もし何か聞かれたら適当に話あわせておいてね」


 宗助はやはり彼女のセリフが理解できず、真顔のまま表情が固まった。


「……それと、妹さんの心配は当然だろうけど、アンタ自分の身体を心配した方がいいよ。ズタボロで、よく立っていられるなって思うけど」

「あ、あ……そういや、っ……」


 指摘された途端に宗助の中でずっと張りつめていた緊張の糸が切れてしまい、安心と共に激痛がドッと押し寄せた。涙がでるくらい痛くて、貧血のような強い眩暈が起きる。聴覚が歪み、鼓動は早まり、夕日のオレンジが急にぼやっと滲んで、紫と溶け合って、視界いっぱいにマーブル模様ができあがり――。


 そのまま前のめりに倒れていく所を、千咲が抱きとめた。


「ほら、言わんこっちゃない」


 だけど、宗助の事を大した物だと思った。荒れた室内を見ればわかるが、妹をかばいながら、まったく未知である機械の化け物と戦ったのだ。彼にとってどれだけ恐怖であっただろうか、想像はつく。

 彼と、床に転がる機械の残骸を見比べる。話を聴く限りは無意識なのだろうが、しかし、間違いなく彼がこの結果をもたらした。


「あんた、才能あるよ。……これから大変だろうけど、きっと大丈夫」


 静かに目を閉じて眠る宗助に、千咲は優しく語りかけた。


「さて…、あとは不破さんを待つだけか。何度も記憶操作使いたくないし、先に看護師さんが来ないと良いけど」


 宗助を一旦ベッドの余ったスペースに寝かせた後、彼女の腰にある連絡機が震える。


「お、きたきた。はい、こちら一文字」

『おう、到着したぞ。仙谷総合病院、合ってるよな』

「ええ、ちゃんと合ってますよ。荷物が多いんで、303までお願いします」

『オーケー、すぐ行く』


 会話を終えて床に転がる鉄人形だったものに視線を向けてみる。そして数秒考える素振りをみせた後、やすらかな顔で眠る兄妹を見て。


「それじゃあ、私も一休みっと。……まだ何もしてないけど」


 呟いて、ベッドの空いたスペースに腰を下ろし、手を組みぐっと真上に伸ばして、背伸びをした。


「わ。綺麗だな……」


 窓いっぱいに広がった燃えるような夕焼け空を見て、ついそんな感想が漏れた。



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