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machine head  作者: 伊勢 周
6章 生方宗助、初任務
58/286

研究所


 時刻は午前八時四十二分。

 あれだけ気を引き締めて置いて、その結果がこれか。

 と、ぼやきたくなるほど何事もなく、車掌の言っていた通り二時間弱で列車は無事研究所すぐ傍の車庫に辿り着いた。

 そもそも何事も無い方が良いに決まっているし、何かあったとしたら自分はどう動けばいいのだろうかと内心不安に塗れていたのだが、ある意味宗助にとっては肩すかしを喰らった形にはなった。

 列車から降りた三人は積荷がその列車から降ろされ搬送されるのを見届けて、続いて自分達も研究所に足を踏み入れる。不破と白神はやはり何度か訪れた事があるらしく、勝手知ったる様子で案内なく入口の方へと歩いて行く。


「おーい、宗助! なにぼぉっとつっ立ってんだ。こっちだぞ、早くしろ!」


 不破に急かされ、辺りの景色や空気を味わう間もなく入口へ小走りで向かった。

 外観は白を基調としたのっぺらぼう、つまりシンプル。その下にはだだっ広い芝生スペースが広がっている。そんな研究所の証明玄関に入り数歩進むと、人が一人分だけ通れる白いゲートが設置されていた。その手前には膝丈まで裾がある白衣を纏い、黒縁眼鏡をかけた黒髪の青年が立っていた。


「失礼ですが、身分証若しくは当研究施設関係者証明書セキュリティカードをご提示ください」

「久し振りだな谷澤たにさわ。ホレ、これだ」

「久し振りって程でもないでしょう。ありがとうございます、すぐに機械に通すので少しお待ちを」

「宗助、こいつは谷澤勇人たにさわはやとってんだ。学者たちの間では、面白い論文書くって最近名前が売れてんだってよ」


 不破はその男とある程度面識があるようで、宗助に彼を紹介した後も人差し指と中指に自らの隊員証を挟んで、まるで呑み屋のレシートを渡すかのように自らの隊員証を彼に手渡す。不破が谷澤と呼んだ男も、不破の砕けた態度に特に気を悪くするでもなく、落ち着いた様子で 隊員証を受け取りスリットにカードを通す。


「OKです。ボディチェックに進んで下さい」

「へいへい。相変わらず面倒くせぇなぁ、ここは」

「規則ですから」


 不破は冗談めかして言いながら、ゲートをくぐる。正面から見ただけではわかりにくいのだが、このゲートは五メートルほどの長さのトンネルで、そこを通過している間にレントゲンのように衣服の内側までモニターに映され、所持物をチェックされる。ちなみに、裸を見られてしまう訳では無いのだが体のラインがくっきり映像化されるので、女性、特に若い女性職員達には概ね不評を喰らっている。

 三人ともが無事入所を済ませ内部へと足を運ぶと、今度はロビーに一人の女性が待ち構えていた。


「ようこそ、スワロウ・京都福知山研究所へ!」


 宗助が先日助けた紺色髪の少女に負けず劣らずの小柄な女性で、頭髪は暗い目の茶、前髪を揃えたボブカット。服装はというと……下はスキニーのジーパン、上着は無地でクリーム色のタートルネックの上にやはり白衣を纏っている。その白衣は裾が長い物なのだが、彼女に合うサイズが無いのか裾が地面すれすれの高さで、袖も数度折って捲り上げている。


「お、シンバルか」


 彼女の姿を確認した不破の第一声が、それ。


「やぁ、おはようございます、亜矢子さん」


 と、続いて白神が彼女に挨拶する。


「いつもシンバルって言うなって言っているだろッ! あ、白神君おはようっ、今日ものんびりしてますね!」


 不破が「シンバル」、白神が『亜矢子さん』と呼ぶ彼女は表情をころころ変えながら二人に対して早口でリアクションをとる。そしてすぐに宗助にも目を向けると、


「あなたが連絡にあった、初めましての人ですね! えっと確か、名前は――」


 やはり少し早目な口調で話しかけた。


「生方宗助です。よろしくお願いします。今日からしばらくお世話になります」


 宗助は自己紹介と挨拶をして、ぺこりと深めに頭をさげて礼をした。すると宗助の隣の不破が、彼女の紹介を始める。


「こいつの名前は新原亜矢子。ここの研究所員だ。早口なうえに、酒飲んだり泣いたり騒いだりすると声がやたらとでかくてうるせーから、ついたあだ名がシンバラとかけて『シンバル』って訳だ。ははは、くだらねーだろ」

「くっ……、余計な事を……! そう呼んでるのは不破さん含めてごくごく一部、マイノリティもマイノリティですのでっ!」


 亜矢子は恨めしそうな目で不破を睨みつけるが、彼は意に介さずにへらへらしている。


「まったく……。それで、今からのスケジュールですけど――」

「あぁ。俺たちは先に宿泊部屋の方へ荷物を置きに行くから、良かったら今から宗助を研究所の中一通り案内してやってくれないか。終わったら宿泊施設の方に連れてきてくれたら良いからさ。よろしく頼む。よし、行こうぜ白神」

「はい。では、亜矢子さん、すいませんがお願いしますね。生方さん、荷物は部屋に持って行っておきますから。また後で」

「あ、ちょっと、何を勝手に……不破さんたちは一緒に来ないんですかっ」

「大丈夫だって、十一時にカレイドスコープの開封作業の立会いだろ? ちゃんとわかってる。今が九時過ぎ、充分時間はあるさ」


 亜矢子が苦情をぶつける暇もなく不破と白神はさっさとその場からいなくなり、宗助と亜矢子だけが取り残されてしまった。


「あ、あのー……」


 宗助が申し訳なさそうに突っ立っていると、亜矢子は「ま、いいです。色々話も聞いてみたいし。じゃあ順に回っていきましょう」と言って歩き始めた。宗助は彼女の背中を追う。



          *



「ここが大講堂です。今日は使っておらんのですけれど、所員全員で会議したりするんです。豆知識なんですけど、こーんなに大きな講堂だけど、使ってるスピーカーは一つだけで事足りているのです。科学技術の進歩ってすごいですよね」


 大学の大講義室よりも更に大きな、まるで国会議事堂のようなその講堂を見ながら、亜矢子の豆知識に感心する。


「ま、こんなところいつまで見ていても楽しくもないでしょーし、次行きましょう」


 さっさと講堂から出て次へと行こうとする亜矢子に宗助は付いて行く。


「ここは第一食堂です。第二食堂はここの建物とは別の場所の三号館にありますがメニューはそんなに変わらんです。生方さんは、好きな食べ物は何ですか?」

「うどんが好きです」

「……若いのに、もっとがっつりしたもの食べないんですか?」

「肉も好きです。あと魚も。白飯も好きです」

「初めからそう言いなさい」



 それから会議室、研究室、リフレッシュルームなんかを回り、最後に今日から宗助たちが宿泊する場所に辿り着いた。宿泊部屋の扉のすぐ前。


「これで研究所の案内は終わりです。ま、大きい割には何もないってのがわかったでしょう」

「いえ、そんな。お忙しい中わざわざありがとうございます」


 顔を横に振って否定してから礼を述べた。ほんの一時間ほどの案内であったが、助けになったのは確かだ。宗助が彼女の事をどう呼べばいいか言いよどんでいると、


「あやこでいいですよ。みんなそうよんでおるので。不破みたいな一部のアホ以外」


 と本人から助け舟が出された。不破みたいな、という部分だけはやけに苦虫を噛んでいるように眉間に皺を寄せていたが。いったい二人はどのような関係なのだろうかと勘ぐり冷や汗を流しながら、それじゃあ、と言いなおす。


「わざわざありがとうございました、亜矢子さん」

「どういたしましてです、生方さん。それじゃあ、私は戻るのでまた後で」


 亜矢子は小さく笑顔を作って、そのまま来た道を戻っていった。


「誰がアホだこの野郎!」


 と、不破が扉を開けて飛び出してくる頃には、彼女は歩き去っており姿が見えなくなっていた。



          *



 研究所内、非破壊解析室。


「あの中に、あのカレイドスコープが……」


 アーセナルのオペレータールームが整然としているようにさえ感じられるほど、それはもう様々な機械―主に計器だとかモニターが置かれており、小さなものも含めればそこに居る人間の数の十倍や二十倍の機械類がその部屋を支配していた。

 その解析室で、研究職員達一同が一心に見守る中、カレイドスコープのお披露目式が始まった。現在は運んできた時のままの状態で、万が一内部で覚醒し暴動を起こした時の対策として、重厚な壁で密閉された状態である。おまけに手動では開ける事ができず、電子ロックパスコードを入力することで開くことができる。


 そして『それ』は研究室の巨大な台上に鎮座していた。


「コアは潰しているし、心配ないと思うんだがなぁ」


 腕を組んで、静かにそれが開封されるのを見守る不破が、そんな事を呟いた。その隣の宗助はそんな不破に何か言おうと思ったが、部屋の中の独特な緊張感に呑まれ口籠る。


『電子ロック解除パスコードを打ち込みます。打ち込み完了後五秒でケースが解錠されますので、職員は有事に備えてください』


 男性の声でアナウンスが流れ、部屋の雰囲気がより一層引き締まる。


『電子ロック解除パスコード、入力しました。五秒後に解錠されます。四、三、二、一、解錠完了しました。展開作業を行ってください』


 空気が抜ける音と共に、カレイドスコープを収めている鉄の箱に隙間が生まれ、天井部が浮き上がる。殆どの人間が固唾を飲んで見守っている中、不破がその箱に近づいて浮き上がった上蓋を両手で持ち上げる。その中には、不破と稲葉が破壊した時のままの姿で、鈍色の金属の塊が収められていた。


 カレイドスコープ。何度破壊しようが形を変えて襲いかかって来た、今までにないタイプのマシンヘッド。いいや、そもそもこの物体は、マシンヘッドと同類だったのか? という疑問さえある。完全に未知の物体なのだ。


 不破は数日ぶりにその姿を目に入れた途端に、彼の目の前で犠牲となった人を思い出した。忌々しい気持ちに、少し心が乱れる。過去の事を引きずっていてはどうにも成らないのは解っているのだが、それでもまだ、不破の気持ちの整理はつきそうにない。

 だが表面的には感情の揺れをおくびにも出さず、ただ淡々とそれを、相当な重量だろうに軽々と持ち上げて、指定された位置にセットする。不破が『ソレ』を持って挙動をとるたびに、周囲の注目が彼に集まり、職員達の呼吸が一瞬止まるのを宗助は肌で感じていた。


「ここで、いいですか」


 不破が研究者たち全員に尋ねるように大きな声でそう言うと、現場責任者が一歩だけ前に出て、「大丈夫だ。ありがとう」と不破に答えた。役目を終えた不破が元に居た位置へ戻ると同時に、再びスピーカーからアナウンスが聞こえてきた。


『コードネーム:カレイドスコープの解析作業、第一行程を開始します』




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